第21話 希望のはじまり
とりあえず、最低限は王女姉妹の仲を取り持てたと思う。今すぐ敵対という事態は避けられるだろう。だからこそ、ここが踏ん張りどころだ。次に失敗すれば、ぜんぶ台無しになりかねない。
「さあ、後はリーナを暗殺から救うことだけだ。原作的には、明日なんだよな。そうなると、今日のうちに準備をしておくか」
今の段階では、俺に打てる手は少ない。暗殺者がやってくるから警戒しろと言って、誰が素直に受け入れるというのか。所詮、俺はただの子どもなんだから。まともな情報源があれば、話は別なのだろうが。
だから、俺個人でできる対策を取るしかない。リスクもあるが、ここで何もせずにリーナが傷ついたら、後悔では済まないのだから。
少なくとも、俺の部屋では何もできない。つまり、外に出ることからだな。
「アリア、少し外の空気を吸ってくる。お前は、部屋の掃除でもしておけ」
「かしこまりました、レックス様」
最悪の場合でも、アリアは巻き込みたくない。だから、部屋の中でおとなしくしてもらうのが良いだろう。とりあえず、俺の独断という話にできれば。
ということで、リーナが暗殺されないように準備を始めた。『デスティニーブラッド』での知識は、明日の可能性が高いこと、物理的に襲いかかられたことだけだ。だから、毒には警戒しなくて良い。状況が見えにくい中で、救いのひとつだな。
「闇の魔力で侵食しておけば、物の状態が分かる。周囲の環境も。便利なことだな」
今の俺は、カミラが剣を振っているのも、メアリが魔法の練習をしているのも、フェリシアが杖を抱えているのも分かる。魔力を通して、俺に情報が伝わるからだ。つまり、同様の手順でリーナの周囲におかしいことがないかを探れば良い。
なので、王宮の中のいくつかの場所に、闇の魔力を侵食させていく。リーナの部屋に入ろうとすれば、必ず通る場所はすべて。
「これで、リーナの部屋に侵入する経路は潰れたはずだ。後は、状況の変化を待つだけだ」
それから、寝ずに王宮の様子を探っていた。闇の魔力を応用すれば、疲労感も取ることができる。徹夜にも便利なんだ。
しばらく待っていると、動きがあった。
「明らかに、足音を消しているような動きがあるな。つまり、暗殺者か。急いで移動しないと」
寝ているアリアに気づかれないように、こっそり部屋から出る。それから、暗殺者の通り道を塞ぐ場所へと先回りした。
すると、剣を持った男がいた。おかしいよな。夜中に王宮で剣を持っているなんて。それも、顔を隠すような格好をしているのだから。警備の可能性は消えるよな。
「そこで何をしている!」
「見られたからには、消えてもらう!」
剣で切りかかってくるが、対処なんて簡単だ。俺にとっては、ただの剣技なんて目をつぶっていても問題ないものだ。
「
俺を包む魔力に剣がぶつかる。当然、防御は抜かれない。
「なぜ、剣が通じない……?」
「しばらく寝てろ!」
全力で殴ったら、相手は気絶した。楽なものではあるが、どうやって言い訳するか。
「さて、どうしたものかな。襲われたと言って、兵士に突き出すか」
周りの魔力を通して人を探していると、巡回らしい兵士がいた。何も知らないふりをして、話しかけていく。
「そこの人、この人が剣を持ってリーナ姫の部屋に入ろうとしていたんです。捕まえてもらえますか?」
「君はどうやって倒して……ああ、闇魔法使いか。確かに、こんな男は名簿にはないな。侵入者で間違いない」
なるほど。来客には名簿なんてものがあるのか。それで、俺が誰なのかも判断したわけだな。
そのまま、詰め所らしき場所へと報告に向かって、明日まで寝ていろと言われる。そして次の日、玉座の間へと呼び出されていた。
王と王女姉妹、そして拘束された犯人がいる。つまり、関係者は全員だ。俺はひざまずいていく。それに合わせて、国王は話し始めた。
「良くぞ、我が娘を助け出してくれた。ところで、どうやって襲撃を知ったのだ? 正直に話せば、罪には問わぬ」
つまり、問題行動を起こしたとみなされている。あるいは、内通者がいたと疑われているのか? いずれにせよ、ごまかすのは悪手だろうな。何か、確信があるような声色なのだから。
「なんとなく嫌な予感がしたので、闇の魔力を建物に侵食しておいたんです」
「レックスよ。我が宮殿を闇の魔力で犯したこと、それは勝手な行いだ。分かっておるな?」
下手をすれば罪人になってもおかしくはない。分かっていた。それでも、リーナを助けたかったんだ。原作での不幸を回避させたかった。最初は、単純に原作より良い未来が見たかっただけだ。でも、リーナと接して、あの子の笑顔を見たいって、そう素直に思えたんだ。だって、いい子なんだから。
「申し訳ありません……」
「それに、侵入者の存在が分かって、お前ひとりで対処しようとしたこともだ」
国王は鋭い目でこちらを見ている。勝手な行動だとは分かっている。だから、死罪でもなければ罰は受けよう。周りを巻き込まれそうなら、全力で逃げるが。
「返す言葉もありません」
「だが、許そう。我が娘を救ってくれた功績は、お前の罪を帳消しにして余りある」
声が柔らかくなって、顔も優しいものになった。つまり、俺のことを許してくれるみたいだ。助かった。罰を受ける覚悟はしていたが、怖かったからな。
「ありがたき幸せです」
俺が言葉を返すと、姉姫ミーアがこちらに向かってきて、軽く微笑んできた。それから、犯人の元へと向かっていく。
「ありがとう、レックス君。リーナちゃんがケガしていたら、私は悲しかったわ。それに、許せない人がいるの」
「ミーア殿下。私は殿下のために……」
「ふざけないで!」
ミーアは、全力で犯人の頬を打った。冷たさすら感じる瞳で、怒りが頂点だと分かる表情で。やはり、妹のことを大切に思っているのだな。だったら、原作のように敵対しない未来は、必ずつかむべきものだよな。
「ミーアよ。軽々しく力を振るうべきではない。我々は、正当な手続きを取った上で、罪人を殺すべきなのだ」
「申し訳ありません、お父様。でも、リーナちゃんを傷つけるような相手、許せなかったの」
「……はあ。これで姉さんに余計なことって言えば、私が悪者じゃないですか。仕方ないですね。姉さんには、少しくらい感謝してあげます。レックスさんも、ありがとうございます」
リーナの言葉を受けて、ミーアは花が咲くような笑顔へと変わっていく。これから先、仲良くできると予感できたのだろうな。実際に、姉妹ふたりで仲良くする姿を見たいものだ。原作ファンとして、友人のひとりとして、心から願っている。
「リーナちゃん、ありがとう!」
「私も、姉さんのことは嫌いじゃないです。少なくとも、今は。仲良くするのも、やぶさかではありませんよ。それで良いんですよね、レックスさん?」
これから先の未来は、まだ分からない。それでも、この姉妹の行く先は明るいものと信じられる。素直に喜んでいるミーアも、ひねくれた言葉を返すリーナも、どちらも笑顔だったからな。
よし、大きな一歩を踏み出すことができたはずだ。これからも、原作で起きる悲劇を防いでみせる。特に、俺の親しい人間に関わることは。生き延びるために、大切な人との未来のために。どんな困難が待っていたって、必ず乗り越えてやる。
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