第17話 獄炎の幼馴染

 次期当主に指名されてからも、俺の生活は特に変わっていなかった。メイド達に世話をされ、師匠達と特訓し、姉や妹と軽く話す。そんな日々だ。


 だが、父が突然やってきてから、いつもと違う日々がやってくることになる。


「レックス、これから挨拶回りに行くぞ。お前が闇魔法を覚えたことを、多くの人に伝えなければならないからな」


 実際、『デスティニーブラッド』でも闇魔法は特別扱いされていた。光は王族が主で、無は主人公だけ。だからこそ、貴族の希望は闇魔法だったんだよな。少なくとも、レプラコーン王国では。


 とはいえ、原作での闇魔法使いは大抵が悪役。だから、あまり喜べる話な気はしない。性能はものすごいのだがな。イメージが良くないんだよ。


「分かったよ、父さん。他に誰を連れて行くの?」

「世話役としてメイドをひとり。そして、カミラとメアリだ」

「兄さんとジャンは?」

「少なくとも、今は必要ないと判断した。それに、全員が家を離れる訳にはいかないからな」


 まあ、ブラック家には敵も多いだろうからな。家を完全に空ければ、帰る場所が無くなっていても、おかしくはない。


 それで、世話役のアリア、そしてカミラとメアリと同じ馬車に乗ることになった。父は、別の馬車に乗っている。おかげで気楽だ。アリアは言わずもがな、カミラとメアリも、接しやすい相手だからな。


「あたし、フェリシアとは仲良くできそうなのよね」

「それはどうして?」

「あんたなんかに教える訳ないでしょ!」


 自分から話を振っておいて酷いものだが、まあ、親愛表現の一部だろう。そう思いたい。カミラの性格なら、本気で嫌っているのなら会話すらしないだろうし。


「お姉様、分かりやすいよね。ずっと、剣は離さないんだから」


 なるほどな。俺は気付かなかったが、それなら、ちゃんと俺を大切に思ってくれているのだろう。ありがたい話だ。教えてくれたメアリには、感謝したい。


「メアリだって、ずっと七曜オーバーリミットを持ってくれているじゃないか」

「うん! メアリの宝物だから!」


 素直に好意を示してくれるメアリの存在は、とてもありがたい。ブラック家の中にも味方を作れていると、信じることができるからな。


「レックス様、困り事はありませんか?」

「強いて言うなら、退屈だということだな」

「すみません。私も、なにか道具を持ってくれば良かったのですが」

「必要ない。メイドごときに退屈しのぎをして貰う必要はないのだから」


 正直に言って、言葉に棘があると思う。それでも、アリアは微笑んでくれている。そのおかげで、今の方針で大丈夫だと思えるんだよな。嫌われていないはずだと。


 そんなこんなで三人と過ごしながら、しばらくして。ようやく始めの挨拶先にたどり着いた。ヴァイオレット家。原作でも登場した、ブラック家と関係のある家だ。


 ここに来て思い出したのだが、敵に回してまずいのは、ブラック家だけじゃないんだよな。その周囲の、協力相手だって同じように危険だ。だからこそ、慎重に行動しないと。


「さあ、到着だ。レックス、私は当主殿と挨拶してくるよ」

「ああ、いってらっしゃい」


 父が去った後、俺の前にはひとりの少女がいた。よく知っているキャラだ。原作での、レックスの幼馴染。フェリシア・ルヴィン・ヴァイオレット。炎帝ブレイズレディと呼ばれていた、炎特化の魔法使いだ。


 外見は銀髪碧眼。縦ロールの、いわゆるお嬢様的なキャラ。紫のドレスが、原作では印象的だった。穏やかな表情が中心だが、原作では苛烈だった。大量の敵を焼き殺していたからな。穏やかそうな外見とのギャップが、強いファンを生んでもいたんだ。


 フェリシアは軽くドレスのスカート部分をつかんだ後、こちらに柔らかく微笑んできた。


「お久しぶりですわね、レックスさん。闇魔法に目覚めたようで、羨ましい限りですわ。わたくしは、炎の一属性モノデカですのに」


 とはいえ、原作でのフェリシアは、単一属性使いではトップクラスで、モブの四属性テトラメガを殺していた。属性が多いほど強いと言われる世界の例外として、活躍の場があったんだ。まあ、悪役だったのだが。


「フェリシアなら、そこらの複数属性使いより強くなるだろうさ」


 どう考えても、原作でも上から数えたほうが早いくらいの強者だったからな。間違いなく、強くなるだろう。下手したら、今でも強いのかもしれない。


「つまらない世辞は……その目、本気ですのね。なら、証をくださいな。剣と杖を、そこの姉君と妹君に贈ったのでしょう? 後は、分かりますわよね」


 杖を作れということなのだろう。ある程度実験を繰り返したから、そこまで難しくはないが。とはいえ、材料がないことにはな。


「杖に魔力を込めるわけだから、元となる杖が必要だぞ」

「なら、こちらをどうぞ」


 そう言って渡されたのは、原作でもフェリシアが使っていた杖。真っ赤で、彼女の身長くらいある。つまり、失敗は許されないわけだ。


「ああ、俺の全てを込めるよ」


 ここで成功すれば、フェリシアとの関係を良くできる可能性が高い。なら、全身全霊をかけるのは当然だよな。


「単一属性の威力を増加させるのなら、姉さんの剣とメアリの杖に使った技術の合わせ技で良いな。よし、行くぞ」


 雷属性に特化した、カミラの雷閃サンダーボルトと、空気中の魔力を吸収する、メアリの七曜オーバーリミット。そのふたつがあったから、理論は完成している。後は、全力で集中するだけだ。


 目を閉じて、杖に魔力を送り込んでいく。そして、フェリシアの炎属性に合うように、魔力の性質を変化させる。手応えとしては、成功だ。目を開いて、フェリシアに杖を手渡す。


「それで、完成ですの?」

「ああ、使ってみてくれ」

「では、行きますわよ。獄炎インフェルノフレイム!」


 凄まじい火柱が上がった。天まで突き抜けるかと錯覚するくらいの。熱と衝撃と風が、こちらまで襲いかかってくる。そこで、近くにいたアリアやカミラ、メアリを闇の魔力で守っていく。まあ、何もしなくても無事だっただろうが。


「どうだ?」

「確かに、今の魔法でしたら、三属性トリキロくらいは打ち破れそうですわね」

「なら、満足してくれたか?」

「ええ、もちろん。あなたが本気でわたくしを愛していることが、伝わりましたわ。紅の輝きクリムゾンスタッフと名付けます。あなたの愛、大切にいたしますわね」


 大切そうに、杖を抱えるフェリシア。それを見て、メアリとカミラがこちらにやってきた。


「お兄様は、メアリのだもん!」

「悪いけど、このバカ弟はよそに出してなんてやれないわ。ダメダメなんだもの」


 家族と幼馴染が修羅場って、色々な意味で間違っているだろう。まあ、メアリは親を独占したいような気持ちで、カミラは弟は姉の奴隷的な感覚なのだろうが。


「ふふっ、面白いですわね。ですが、わたくしを情熱的に口説いたのが、レックスさんですわよ。全てを込めた杖を、贈ってくださったのですから」


 確かに全てを込めるとは言ったが。口説きの言葉じゃないんだがな。というか、メアリとカミラの顔を見たくない。


「いや、フェリシアがちゃんと強いって言いたかっただけで……」

「もちろん、分かっていますわ。冗談ですわよ」


 フェリシアは楽しそうに微笑んでいる。つまり、本気で冗談だったのだろう。焦った。いきなり大変な事態になったかと思ったぞ。


「本気で困ったんだが……まあ、これからもよろしくな」

「ええ。これからも、末永く」


 とてもキレイな笑顔を見せてくれたので、親しくなることには成功したのだと思う。だから、フェリシアだって変えていきたい。原作で、気に食わない人間を焼き殺していた彼女。だから、そうならないように。


 フェリシアは、これから先に周囲の貴族と関わっていく上で、重要な鍵になるだろう。利益を考える自分が嫌ではあるが、それでも、未来のために関係を築き上げてみせる。

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