第18話 陽姫と影姫

 フェリシアとの話を終えて、彼女の両親とも話をして、次に向かうという時、フェリシアが俺の馬車までついてきた。


「レックスさん。わたくしも、あなたの挨拶回りについていきますわ」

「それは構わないが、どうして?」

「まあ、こちらにも色々とありますのよ」

「言えないのなら、それでも構わないが……」


 理由はなんだろうか。まあ、気にしたところで答えは帰ってこないだろう。おそらくは、貴族としてのやりとりとかだろうが。俺の詳しくない分野なんだよな。うかつに質問ができなくて、困っている内容でもある。仮にレックスが教育を受けていたら、そこから違和感につながるだろうし。


 だが、知ったかぶりも危険だ。どうにか、こっそりと誰かに教わることができればな。そういう相手に心当たりがなくて、実行できないのが悩みどころだ。


 まあ、それはいい。俺は挨拶回りとして、複数の家を訪ねていた。どこでもめでたい事だと扱われていて、少しむずがゆかった。とはいえ、ブラック家と関係の深い家だろうからな。油断はできなかった。


 それからしばらく、色々と回って、最後には王都スヴェルにたどり着いた。理由など、言われずとも分かる。王族に、挨拶をするためだろう。


 豪華絢爛ごうかけんらんな王宮を前にして、馬車から降りていく。今から、大変な環境に向かう。そう思うと、緊張でおかしくなりそうだった。全力で、平静を装っていたのだが。


「さあ、レックスはついてこい。残りは、好きにしろ」

「分かったよ、父さん」


 父とふたりで、玉座の間まで向かう。他の知り合いは誰もいなくて、とても心細かった。だが、王に会うのがそう簡単ではないというのは、平民だった俺にも分かる。だから、仕方ないのだろうな。


 たどり着いた先には、守りを固める兵士たちと、その中心に居る、老人じみた王と、二人の王女がいた。王も王女も金髪碧眼で、王家の血筋がどんなものか、よく分かるというものだ。


「よく来たな、ジェームズ・ブライトン・ブラックよ」


 まずは、王から父に話しかけられていく。その間、俺はひざまずいていた。


「はっ、陛下に、我が息子が闇魔法に目覚めたこと、お伝えいたします」


 まあ、事前に情報は伝わっているのだろうがな。儀礼的な内容も大事なのだろう。すでに根回しされた結果を発表するだけの場だろうから、少しは気が楽だ。


「そうか。レックス・ダリア・ブラックよ。よく仕えると良い」

「当然です、陛下。力を尽くして、王国の発展に寄与します」


 俺の言葉に、国王は鷹揚おうようにうなずく。国王たる態度という感じで、威圧感があるな。うかつな行動はできないと、心で思い知らされる。


「そうだな。我が娘たちを紹介しておこうか。ミーア、リーナ。来なさい」


 呼ばれて前に出たのは、二人の同い年の少女。原作でのメインヒロインであるミーアと、その妹のリーナ。


「レックス・ダリア・ブラックと申します。よろしくお願いいたします」


 とても緊張する。王族と会話するという意味でも、メインヒロインと会っているという意味でも。だが、表に出す訳にはいかない。俺は、演じ続ける宿命なんだから。


「ミーア・ブランドル・レプラコーンよ。よろしくね」


 そう言って明るく微笑むのは、姉のミーア。きれいな金髪を長く伸ばしていて、印象深い。いかにも王女様って感じだが、活発さのようなものもある。高い声も合わさって、総じて、太陽のような人だ。


「リーナ・ノイエ・レプラコーンです。ゆっくりして行ってください」


 薄く微笑みながら声をかけてくるのは、妹のリーナ。肩まで伸ばされた髪が、落ち着いた印象を運んでくる。穏やかな感じだな。あまり張っていない声もあって、総じて、月のような人だ。


「明日にはパーティが行われる。それまで、くつろいでいてくれ」

「かしこまりました、陛下」

「また会いましょう、レックス君」

「レックスさん、では、また」


 それから、兵士のひとりに自室まで案内される。おそらく客室なのだろうが、かなり豪華で恐れ多い。


 ひとりになったので、いま王宮にいることで、なにか原作に良い影響を与えられないかを考えていく。王族が味方にできれば、心強いからな。


陽姫トゥループリンセスミーアと、影姫フォルスプリンセスリーナだったよな。残酷なものだ。五属性すべてを使える天才でも、光属性じゃないだけで軽んじられるのだから」


 トゥルー本物フォルス偽物。酷い話もあったものだ。ただ魔法の属性が違うだけで、あまりにも大きい扱いの差があるのだから。光属性を使えるから、誰からも王族の希望として扱われるミーア。そして、5つの属性を扱えるにも関わらず、居ないものとされるリーナ。どれだけ、苦しかったのだろうな。


「『デスティニーブラッド』では、リーナは死んでいた。今なら、防げるんじゃないか? そうすれば、妹を殺したって、ミーアが悲しまなくて済む」


 原作では、リーナが反乱を起こした。自分こそが真の王になるのだと。そこにも、様々な事情があったのだが。とにかくリーナが可哀想だと言われていた。実際、同感ではある。ただ光属性でないだけで、誰からも軽んじられていて、反対に姉はもてはやされていたのだから。


 それに、ミーアも悲しむことになるんだよな。本音のところでは、妹と仲良くしたがっていたから。できればふたりで王国を盛り立てたいと思っていたし、周囲に妹の扱いの改善も求めていた。にもかかわらず、自分自身の手で妹を殺す羽目になったのだから。


 結局、誰も幸福になっていない。そんな未来は、絶対に避けるべきだ。原作ファンのひとりとして、そして何より、ただひとりの人間として。目の前に居る誰かが不幸になると分かっていて、何もしないなんてありえない。


「確か、原作開始1年から2年前くらいのパーティで、リーナの暗殺未遂があるんだよな。そこから、関係がこじれていったはずだ」


 自分だけが愛されなかったと感じる妹と、その反対に誰からも慕われる姉。だからこそ、姉がどれだけ歩み寄っても無駄だった。当然だよな。コンプレックスが服を着て歩いているようなものなのだから。


 それでも、王女たちの関係はどうにかしたい。原作で見られなかった光景を見たいし、単純に、避けられる不幸は避けたい。


「なら、俺のやるべきことは。いったんまとめよう」


 とりあえず、全ての原因はリーナが傷ついていること。だからこそ、そこからだよな。


「第一に、リーナに自信をもたせること。確か、誰にも褒められたことが無かったってセリフがあったはずだ」


 本当に酷い。俺だって、同じ環境なら間違いなく歪む。そして、リーナの才能は本物なんだ。だからこそ、悲しい。本来認められるべきものが、軽んじられているのだから。


「第二に、リーナとミーアを仲良くさせること。原作での技があれば、きっと協力する価値が分かるはずだ」


 光属性と他の属性を混ぜ合わせる技。原作では不可能だと言われていて、それでも実現できたものだ。それがあれば、きっと。


「第三に、リーナの暗殺未遂を防ぐこと。明日が怪しい。だから、準備をしておかないと」


 暗殺未遂など受けて、10歳の子どもが傷つかない訳がないんだ。だからこそ、これだけは絶対に防ぐ。最悪の場合、原作と違って死んでしまう可能性だってあるのだから。


「よし、方針は決まったな。後は全力で駆け抜けるだけだ。まずは、リーナに会いに行こう」


 会えるかどうかが、第一の関門だな。だが、乗り越えてみせる。全ての試練を。

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