第13話 レックスの祈り
カミラに贈った剣は喜んでもらえたようで、これから仲良くしていくための道筋が見えた気がした。
まだ、兄弟たちは目立った悪事を行っていない。だから、俺が少しずつでも変えていけたなら、ブラック家はいずれ悪の家ではなくなるかもしれない。そんな希望を持つことができた。
「頑張って兄弟たちと仲良くすれば、きっと内側から変えていけるはずだ。そう信じよう」
とはいえ、取っ掛かりが思い浮かばない。いきなり善悪の価値観を話したところで、反発されるだけだろう。最悪、不穏分子として父に報告されるかもしれない。そうなれば俺は終わりだ。だからこそ、慎重に動く必要がある。それでも、原作までには軌道修正しなければならない。本当に難題だ。
「急ぎすぎず、ゆっくり過ぎず。難しいが、それでも、俺が生き延びるためだ。全力でやらなくちゃな」
改めて、決意を固めた。それでも、方法が思い浮かんでこない。
数日の間悩んでいると、きっかけは向こうの方からやってきた。妹が、俺のところに話しかけに来たんだ。
「お兄様、お姉様に剣をプレゼントしたって聞いたの。メアリにも、杖をちょうだい?」
上目遣いでねだるメアリは、人形のような可愛らしさがある。俺と同じ黒髪黒目だが、印象はぜんぜん違うな。ボブカットにしていることとか、高めの声とか、低い身長とか、全てが愛らしさに繋がっている。まあ、俺より一歳だけ年下なのだが。その割には子どもっぽい。
こんなに可愛らしいメアリも、『デスティニーブラッド』では悪役なんだけどな。
それにしても、杖か。剣が作れるなら、同じようにと考えたのかもしれない。ただ、うまくいくかどうか、分からないな。
「杖となると、すぐには無理だな。剣とは勝手が違うからな」
「お兄様が頑張ってくれるなら、待つの」
すぐじゃないと嫌だと言わないあたり、いい子の素養は感じるんだよな。良くも悪くも、染まりやすいのかもしれない。だから、原作では悪役になった。なら、俺次第で、善の方向に向かわせられるかもしれない。
「ありがとう。ところで、兄は二人なのに、お兄様では呼びづらくないか?」
「? お兄様は、お兄様だけだよ?」
どういう意味なのだろう。まさか、血が繋がっていない訳ではないだろうし。それなら、父が家族の一員として扱うはずがない。弟という可能性は、薄いだろう。兄の態度から考えたなら。
「よく分からないが、俺だけがお兄様なんだな」
「そうなの。メアリのお兄様は、一人だけ」
状況がよく分からないし、余り深入りしないほうが良さそうだ。兄を兄として扱わないなんて、おかしい。とんでもない地雷が紛れていたら、困る。知った方がいい情報かもしれないが、メアリから聞き出すのはためらわれるな。嫌われるリスクを背負うのと、どっちがマシだろうか。まあ、本人に聞くのは最後の手段だな。自分の手で、情報を集めてみよう。
「なるほどな。じゃあ、杖の用意をするから、しばらくは待っていてくれ。多分、1日2日じゃ無理だ」
「分かったの。待っているね、お兄様」
メアリは俺の言葉を素直に受け入れて去っていく。この感じだと、杖を作ることに成功すれば、きっと仲良くなれるはずだ。そこから、少しずつでも良い方向に向かわせたい。原作のように、魔法使い以外をゴミのように扱うメアリは、見たくない。
ということで、早速どんな形で杖を作るかを考え始めた。剣と明確に役割が違うから、そこから考察していく。
「剣と杖との違いは簡単だよな。直接殴ったりしないし、魔力が通りやすいだけではダメだ」
杖の役割は、魔法を発動しやすくすること。余計な干渉をすれば、逆効果になりかねない。実験できる杖の数にも限界があるし、仮説をある程度まとめておきたい。
「なにか、魔法を強化する手段がほしいよな。やはり、フィリスに相談するか」
ということで、授業を受けている時間に質問することにした。どうすれば闇の魔力で杖を強化できるかを。
「……回答。闇の魔力の侵食を、どう利用するかが鍵。例えば、杖を通った魔力を侵食したら、魔力の特性を変えられる可能性がある」
「ありがとう、フィリス。早速試してみるよ」
ということで実験してみたのだが、結果としては、魔力の性質が変わるだけで、強化とは言い難かった。そもそも、俺の魔力の性質に変化させたら、メアリは複数の性質の魔法を覚えなくちゃいけないんだよな。杖を使う魔法と、使わない魔法とを。
「やはり、難しいな。メアリの魔法を強化するのが大事なんだからな」
結局行き詰まって、数日間は同じところでグルグルしていた。フィリスの考えた手段は、本人の強化には役立ったみたいだ。俺の作った杖で、色々と実験している様子。だが、問題はメアリなんだよな。
そんなこんなで唸っていると、アリアとウェスがやってきた。
「レックス様。紅茶と焼き菓子を用意したしました。休憩されてはいかがでしょうか」
「ご、ご主人さま、きっと、疲れてます。いったん、わたし達と、ゆっくりしましょう」
「ああ、助かる。じゃあ、お茶にするか」
心配させてしまったのだろうし、実際に状況は良くない。少し休むことは、大切かもしれないな。という訳で、メイド達とお茶休憩の時間を取った。
アリアの用意したのだろう紅茶は、前世のものより美味しかった。おそらく、いれ方が違うんだろう。確か、前世で何か聞いたことがあるような。
「ふむ。紅茶は空気を混ぜるといい感じになるんだよな。いや、待て。空気だ!」
空気中にも、魔力は存在する。原作での情報にもあったし、フィリスも授業の中で説明していた。その魔力に、闇の魔力で侵食して、杖の中にとどめておけば、魔法を強化できるんじゃないか?
「アリア、ウェス、手柄だぞ!」
「なにか思いついたのですね。おめでとうございます、レックス様」
「あ、ありがとうございます、ご主人さま」
素直に礼も言えない状況がまどろっこしくはある。それでも、アリアやウェスには俺の感情が伝わっているようで嬉しい。
それはさておき、休憩が終わったらすぐに、思いつきの検証を始めた。まずは、俺自身の魔力に、空気中の魔力を取り込む実験だ。それは簡単に実現できた。
「空気中の魔力に干渉するのは、いま成功した。なら、後は杖に同じ魔力を込めるだけだ」
何回か失敗しつつも、その日のうちに杖は完成した。念のため、次の日にフィリスに検証してもらったが、うまくいった。ということで、メアリに杖を渡すことにした。デザインは、手のひら2本分くらいの長さの、細い杖。それでいて、突き刺さったりしないもの。それで、根本にはダリアの花を彫っている。
贈る用意ができたので、部屋に向かって本人を呼ぶと、嬉しそうな顔で扉を開けてきた。おそらくは、完成したと直感したのだろうな。
「メアリ、これがプレゼントの杖だ。名前は、
「ありがとう、お兄様!」
メアリは飛び込んできて抱きついてくる。それだけで、嬉しくなってしまう俺がいた。これから、もっと仲良くなることができる。そして、俺と同じ未来に向かうことができたら。心から、そう思う。
「そこまで喜んでもらえると、頑張った甲斐があるな」
「大切にするね、お兄様」
言葉通り、メアリは大切そうに杖を抱え込んでいた。この杖が、
「ところで、メアリは魔法を使えるのか?」
「まだだよ、お兄様」
それなのに、杖をねだってきたのか。可愛らしくもあるな。いかにも、子どもって感じ。だからこそ、これからの未来の可能性は無限だ。
「じゃあ、俺が魔法を教えてやる。準備してくるから、楽しみにしていてくれ」
絶対に、カミラとも、目の前にいるメアリとも、ちゃんとした関係を紡いでみせる。そして、理想的な未来へと向かって行ってみせるんだ。
メアリに魔法を教えるのは、そのための一歩。必ず、成功させてみせる。
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