第12話 カミラ・アステル・ブラックの欲望

 あたしは、弟のレックスが気に食わない。別に、死んでほしいとは思わないけれど。理由は簡単。生意気なあいつは、闇属性が使えるのに、遊びで剣を覚えようとしていたから。


 だって、あたしは雷の一属性モノデカ。魔法使いとしては、才能がないと言って良いもの。だから、強くなるための手段として、剣を選んだの。


「あたしは、剣で強くなるのよ……!」


 それからは、必死で訓練したわ。いくら単一の属性とはいえ、力になってくれる魔法も一緒に。その中で、剣と魔法を組み合わせた技を覚えたのよ。雷で、自分を加速しながら剣を叩きつける技を。


「これが、剣と魔法を組み合わせたあたしの必殺技。迅雷剣ボルトスパークよ」


 この技があれば、三属性トリキロの人間くらいには勝てる。そう思えるくらいには、完成度の高いものだと思えたのよ。全力で努力した証。そう思えて、満足感があった。


 あたしは、魔法も剣も、独学で覚えるしかなかった。お父様は、一属性モノデカである私には、まるで期待していなかったから。それなのに、レックスは無音剣サイレントキラーのエリナに剣を教わり、五曜超魔ワイズマンのフィリスに魔法を教わっている。いくら異種族とはいえ、注目するに値する存在に。


 本当に、気に食わなかった。


 レックスが当たり前のように教わっている存在は、あたしが欲しくても手に入れられなかった師匠。彼女たちではなくても、せめて先達の手助けがあれば。あたしはもう少し成長できたはずなのに。


「レックスのやつ、あたしがどれだけ苦労して、剣と魔法を覚えたと思っているのかしら。良い師匠を手に入れて、それは楽に成長できたんでしょうね」


 あたしは、剣も魔法も手探りで上達してきたのに。道が示されているだけで、どれだけ効率が良くなるのか。想像しかできないけれど、全然違うのでしょうね。それでも、レックスになんて負けたりしない。複数属性持ちの魔法使いにだって勝てるように、訓練したんだから。


「思い知らせてやる。あたしの努力を。そうすれば、あのバカ弟だって、あたしを軽く見たりしないわ」


 レックスのやつは、エルフや獣人のメイドを可愛がるばかりで、あたしのことを見もしない。姉と弟だっていうのに。いくら闇属性を使えたって、家族であることは変わらないのに。それなのに、あたしのことを他人みたいに見てくるんだから。許せないわ。


 だから、バカ弟のやつに戦いを挑んだ。あたしの存在を、あいつに刻みつけてやるために。誰を見るべきなのか、思い知らせてやるために。


 けれど、勝てなかった。剣で戦った時は、あたしの剣技に余裕を持って対処して。あまつさえ見せつけるかのように、有名な技の音無しサイレントキルを使って。完敗だった。


 その後、明らかに余裕ぶった顔で、あたしに魔法ありでの戦いを挑んできた。少しくらいは痛い目を見せてやろうと思っていたけれど、うまくいかなかった。魔力の壁に、何も攻撃を通せなかった。その上で、あたしに対して寸止めまでしていたのよ。子供と大人のケンカのようだった。


 悔しいなんてものじゃなかった。感情が抑えきれなくて、涙が止まらなかった。せめて、バカ弟の前では我慢しようと思っていたけれど、それすらもできなかった。


「負けた……負けた! バカ弟に! 剣でも、魔法でも! 始めたばかりのやつに!」


 あたしの努力は何だったのだろうか。ほんのちょっと前に剣や魔法を覚えたばかりの存在に負けるのなら、何のために頑張ってきたというのか。そんな感情があふれて止まらなかった。


 しばらくの間、ずっと泣いていた。だけど、落ち着いたらあたしは別の感情に支配されていたのよ。レックスのやつを、絶対に泣かせてやるって。その顔は、きっと可愛いんでしょうねって。さんざん調子に乗っていたやつだもの。落差でいい顔になるんでしょうねって。


「絶対に、いつかギッタンギッタンにしてやる。それで泣いたら、抱きしめて甘やかすくらい、してあげてもいいわ」


 そのためには、今より遥かに強くならないといけない。ただの五属性ペンタギガなんて、ただ魔法使いとして最高だって言われているだけの存在なんて、軽く倒せるくらいに。きっと、そうじゃないとレックスには勝てない。そう感じるくらいの差があったもの。


「まずは、訓練ね。レックスのやつ、びっくりするくらい強かったもの。勝つには、並大抵の努力じゃ足りないわ」


 それから、今まで以上に努力し始めた。絶対に勝つために、全身全霊をかけて。レックスに勝つために、あたしの人生すべてをかけるくらいに。


 バカ弟のやつは、剣をいっぱい集めて遊んでいたみたいだけど。そう考えていたら、急に剣を贈られた。雷閃サンダーボルトと名付けられた剣を。試しに使ってみたら、切れ味に驚いた。金属だって、軽く切れるほどだったから。あたしの手に馴染む剣だし、よく考えて選ばれたことも分かる。それに、あたしが雷の魔力を剣に送ると、強化してくれるかのような感覚まであった。それだけでなく、魔力も使いやすいようにされていた。


 間違いなく、名剣だと言って良いものだった。それは、疑う理由がない。


「レックスのやつ、あたしに剣をプレゼントなんて、敵に塩を送るつもりかしら」


 あるいは、あたしの機嫌が取りたかったとか。バカ弟の前で泣いていたのを見られていたから、慰めるつもりだったとか。


 理由なんて、なんでも良いか。便利な剣で、使い勝手が良いんだから。大切にするのは当たり前よね。もう一度手に入る保証は無いんだから。


 あいつの顔を思い出すと、少しだけ腹が立つけれどね。でも、許してあげても良いわ。良いものをもらったことは、否定のできない事実なんだから。弟の貢ぎ物なんだから、姉としては受け取ってやるのが優しさよね。


「まあ、良いわ。壊れるまでは、使ってやりましょう。自分の贈った剣が原因で負けるバカ弟は、きっと見ものよね」


 あたしは、雷閃サンダーボルトを使いこなすために、毎日毎日訓練をしていた。絶対に、レックスのやつに勝ってやるために。泣く姿を見るために。そして何より、あたしの存在をもっともっと刻みつけてやるために。


 いくらバカ弟だからって、家族なんだから。弟の一番は、あたしであるべきよね。他のどんな女よりも、あたしを優先するべきなのよ。


 レックスのやつは、生意気で、自惚れ屋で、エルフや獣人なんかをあたしより優先するバカ弟よ。だけど、あいつがあたしを、ちゃんと大切にするのなら。あたしだって、いくらでも大事にしてあげられる。それこそ、どんな敵でも殺してやれるくらいにはね。


「レックスに勝ったら、絶対に屈服させてやるわ。あたしの犬にしてやるんだから。従順な犬でいる限り、大事に可愛がってあげるわ」


 あたしに甘えるレックスの姿を想像すると、なんとなく笑顔になれそうだ。泣きはらした後なら、もっと最高よ。ギッタンギッタンにしてあげて、その後にしっかり慰めてあげる。それだけで、あたしはもっと幸せになれるのよ。


「ねえ、レックス。あんたは弟なんだから、あたしのものになるのが幸せなのよ。遠くない未来に、必ず教えてあげるわ」


 弟が姉のものであるなんて、当たり前よね。レックスの体も、心も。剣も、魔法も。笑う顔も、泣き顔も。全部全部、あたしのものにしてあげるんだから。


 楽しみにしていなさいよね、レックス?

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