第9話 エリナの高揚

 私は、傭兵として身を立ててきた。レプラコーン王国に生まれた以上、真っ当な手段で成り上がるのは、相当難しい。王国では、獣人に生きる手段は少ない。だが、傭兵だけは、実力が物を言うからな。それしか、自分の力で生きていく手段はなかった。他の国なら、あるいは違ったのかもしれない。だが、生まれも育ちも王国だったからな。


 それでも、傭兵としての適性はあったようで、無音剣サイレントキラーという二つ名を得るほどになった。獣人の希望などと呼ばれることもあって、妙な気分だったこともある。私は、自分のために戦ってきただけだったからな。


「これで、ある程度は生活が落ち着いたか。剣の才能があって助かった」


 傭兵になりたての頃は、次の日にどうやって生きるかを考えることが常だった。だが、今では生活にも余裕がある。身の振り方を考えても良い程度には。


 私には野望があった。力こそが全てのスコルピオ帝国で、実力を活かして皇帝にまで成り上がるという目的が。だが、確実に叶うものではない。魔法使いは、とても理不尽だ。魔法を撃たれたら、それだけで勝利は難しくなるほどに。


 とはいえ、それも三属性トリキロ以上の話。ただ魔法を放てるだけの人間など、私の速さには追いつけないし、剣も見切れなかった。


 だから、剣で生きるのだとは決めていた。少なくとも、戦えるうちは。


 そんなある日。とある貴族から依頼を受けることになる。ブラック家。悪名高くもあるが、金払いは悪くないと評判の家だ。


「剣の指南? 私は傭兵であって、教師ではないのだが。それに、貴族か……道楽だろうな」


 レプラコーン王国では、魔法使いしか貴族になれない。つまり、貴族の主な戦闘の手段は魔法。だからこそ、道楽という判断に疑いはなかった。


「まあ、いいか。子供の遊びに付き合うだけで金がもらえるのなら、楽なものだ」


 実際、生活が楽になるのなら、剣術の指南で生きても構わなかった。皇帝になるという野望も、命より優先するほどではなかったのだから。単に、私の剣技が最も活かせるだろうと考えていただけ。


「生か死かの戦いができる体のうちに、蓄えは持っておきたいからな」


 もし、腕を失いでもすれば、それで稼げなくなってしまう。つまり、生きる道は失われてしまうということ。蓄えがあるとはいえ、一生を過ごしていられるほどではないからな。王国にいる限り、弱い獣人に価値はない。


 いや、違うな。獣人の国であるアリエス連邦だって、冶金技術が主だ。つまり、最低でも五体満足でなければ、どうあがいても生きていけない。だからこそ、今のうちに稼ぎたかった。もし未来に何があったとしても、生き延びられるように。


「それにしても、レックスとやらは、闇魔法まで使えるらしいな。これは、本気で遊びだろうな」


 依頼主である、ジェームズ・ブライトン・ブラックに伝えられた。自慢するかのようにな。まあ、闇魔法使いなんて、ほとんど居ないからな。


 かつて聞いた限りだと、闇魔法使いは、下手をすれば五属性ペンタギガ以上の価値がある。噂でしか知らないがな。


 だが、そんな魔法で生きていけるような子どもの遊びだからこそ、楽な部分もあると思えた。


「わざわざ指名されたんだから、音無しサイレントキルでも見せてやれば喜ぶだろうさ」


 なんでも、レックスとやらは無音剣サイレントキラーを指名してきたらしい。だからこそ、簡単な仕事だと考えたんだ。


 だが、実際にレックスを教える段になって、私の考えは変わった。


 レックスは、私が甘く見ていた子どもは、音無しサイレントキルを見た上で、足運びを真似してきた。これまで、誰にも見切られなかった私の技を、十分に観察できていたんだ。


 それだけで、レックスの才能は理解できた。目が良いというだけじゃない。観察した動きを、自分の体を動かす時に反映できるのだから。まあ、剣を初めて振るだけあって、未熟と言って良かったが。


 だが、私は更に驚かされることになる。剣の振りを見て、気になったところを指摘する。ただそれだけのことで、レックスの剣技は目に見えて変わっていった。私が何年もかけてたどり着いた境地に、たった一日でたどり着いていたのだ。


 レックスの使う音無しサイレントキルは、私には及ばない。だが、形にするだけでも、相当な時を費やした剣技だった。にもかかわらず、最低限の形は抑えていた。思わず嫉妬しそうになって、その嫉妬すら軽く越える関心が浮かぶほどに。


「違う。レックスはあまりにも違いすぎる。才能の塊なんて、生易しいものじゃない」


 本当に、心からの言葉だった。私も天才と言われていたが、次元が違いすぎる。全くもって、理解が及ばないほどに。


 レックスとの一日目の訓練を終えてしばらくして、青髪のエルフに話しかけられた。


「……挨拶。レックスに魔法を教えている、フィリス・アクエリアス」


 フィリス・アクエリアス。私でも知っている、化け物エルフだ。五曜超魔ワイズマン。人間の軍勢を軽く葬り去ったとの噂まである、魔法使いとしての頂点。レックスは、そんな存在を師匠にしていて、私にまで剣を教わろうとしていた。それを考えたら、背中が痺れるような興奮があった。


「ところで、レックスの魔法の才能は、どうなんだ? 闇魔法使いなんだろう?」

「……天才。それすらも、レックスを言い表すには足りない」

「恐ろしいものだ。私を軽く超える剣の才能の持ち主が、魔法ですらも天才とは」

「……同感。私だって、魔法の才能ではレックスには及ばない。なのに、剣まで」


 剣技において、私は頂点の一角と言って良いはずだ。そんな私を超える剣の才能と、伝説のエルフを超える魔法の才能。震えそうになるくらい、とんでもない存在だった。


 私の剣技と、フィリスの魔法。どちらも越えていくレックスの姿が、頭に思い浮かんだ。そして、そこから先に進む光景も。


 フィリスと別れてからも、私はレックスについて考えることを止められなかった。


「ふふっ、レックスは、どれほどまで強くなるのだろうな」


 本当に、期待でいっぱいだった。帝国の皇帝になるという目標なんて、どうでもいいと思えてしまうほどの、強い光が目の前にあるかのよう。おそらくは、フィリスも同じ光を見ているのだろうな。顔を思い出せば、無表情だったはずだが。瞳には熱が見えたからな。


 そんな事を考えていると、頭の中にある映像が浮かび上がってきた。


「私より強くなったレックスに、組み伏せられる……。何を考えている! 相手は子どもだぞ!」


 狼の獣人としての本能なのか、強い男に組み伏せられる光景は、ゾクゾクとした高揚感を運んできた。相手が子どもだとわかっていて、抑えきれないほどに。


「だが、大きくなったレックスは、それはそれは男らしいのだろうな……」


 幼さがまだ残る顔つきでありながらも、将来が期待できるだけの顔だったからな。剣も魔法も天才で、顔まで良い。天は、どれほどレックスを愛せば気が済むのだろうな。


 そして、そんな男に求められてしまえば、私は抵抗できないのだろうな。そんな自分が、容易に想像できた。


「未来の話は、これから考えれば良い。とにかく、レックスの才能を最大限に伸ばす。それからだ」


 いくら天才だとしても、努力せずして才能は引き出せないだろう。レックスがどこまでたどり着くのかは、私の指導にかかっている。そう思った瞬間の興奮は、きっと誰にも理解できないのだろうな。


 レックス。お前に私の全てを授ける。だから、誰よりも強くなってくれよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る