第8話 剣技を覚えて

 フィリスとは、毎日訓練していた。魔法が最低限とはいえ形になって、新しい欲求が芽生えてきた。剣技と魔法を、ともに極めたいという欲望だ。


 『デスティニーブラッド』でのレックスは、剣と魔法を両方使うスタイルだった。だからという訳では無いが、剣技にも興味があるんだよな。だから、覚えたい。


「さて、剣を覚えたいと決めたからには、思い立ったら吉日だ。フィリスさんには悪いけど、剣と魔法を両立したいんだよな」


 とはいえ、フィリスに失礼のないように、最低限、相談くらいはしないとな。ということで、いつもの訓練の最中に話を持ちかけてみた。


「フィリス、俺は剣を覚えようと思う。もちろん、魔法の訓練をやめるつもりはない」

「……疑問。レックスほどの魔法の才能があって、どうして剣を?」

「剣と魔法を組み合わせることで、最強になりたいんだよ」

「……男子。最強って、そんなに魅力的?」

「ああ。絶対に最強になりたいね」

「……理解。なら、私も協力する」


 幸い、フィリスは俺の行動に好意的だった。そのおかげで、楽に話が進められたんだよな。まあいい。せっかく剣を覚えられるんだから、最高の師匠に教わりたい。なら、答えは決まっているよな。


 フィリスとの訓練を終えた俺は、父のところへと向かっていった。もちろん、話題は剣技のことだ。


「父さん、フィリスの許可は得たから、剣を覚えたいんだ」

「構わないが、誰を師匠にするつもりだ?」

無音剣サイレントキラーかな」


 無音剣サイレントキラー、エリナ。『デスティニーブラッド』においては、主人公の師匠だった存在だ。魔法を使えないにも関わらず、多くの魔法使いを殺してきた存在。傭兵として、とても活躍しているはずだ。


「なぜ、薄汚い獣人に剣を学ぼうとする?」


 いくら父でも、無音剣サイレントキラーの名前は知っていたか。当然だよな。魔法使いを殺せるほどの存在が、話題にならないはずがない。だからこそ、都合が良いわけだ。まあ、疑われないように気をつける必要もあるのだが。獣人に好意的とか思われたら、何をされるか知れたものじゃない。


「簡単だよ。その獣人の戦い方を学ぶことで、効率よく勝つためさ」

「流石は我が息子。素晴らしい考えだ。なら、呼ぶとしよう」


 それからしばらくの間、フィリスとの訓練を進める日々を続けていた。


 ある日、いつもとは違う時間にアリアとウェスが部屋にやってきた。つまり、なにか特別な用事があるということ。つい期待をしてしまう。


「レックス様、エリナさんがやってきました」

「ご、ご主人さま。剣も覚えるの?」

「俺は最強になるんだからな、当然だ。さあ、案内しろ」


 アリアとウェスに案内されて、庭へと向かう。そこには、犬のような耳と尻尾を生やした獣人の女がいた。原作の知識によると、狼の獣人らしいのだが。俺には犬にしか見えない。短い灰色の髪に灰色の目で、落ち着いた印象の女だ。 身長も、結構高いんだよな。


 こちらを見つけた相手は、すぐに駆け寄ってくる。そして、軽く一礼された。


「はじめまして、だな。私はエリナ。お前の知る通り、無音剣サイレントキラーと呼ばれている」


 低めの声をしていて、いかにも戦士って感じだな。まあ、印象通りなのは間違いない。原作では、最高峰の剣士だったのだから。まあ、闇魔法があれば、簡単に勝てるとは思うが。


「ああ。しっかり俺の糧にしてやるから、楽しみにしていろ」

「なら、まずは見せてやる。これが私の、音無しサイレントキルだ!」


 早速、エリナの代名詞とも言える技が使われた。かろうじて見ることができた中だと、足の動きが印象的だな。何というか、回転するようなというか。踏み込みではあるのだが、真っ直ぐではなかった。


「なるほど、こうか? ……流石に、たった一度見ただけでは難しいか」


 まあ、原作でも最高の剣技を、一度見ただけで使えるとは思っていない。それでも、自信満々な姿でいなければな。演技を途絶えさせないことが、俺の生きる術なのだから。


「レックス、お前……私の必殺技が、見えたのか?」


 とても驚いている様子だ。見えることはおかしいのか。まあ、それでも楽勝だというフリをするしかない。レックスは、そういう性格なんだからな。


「? 何を当たり前のことを」

「そうか……まずは、そうだな。剣を振ってみろ。思うがままでいい」


 言われた通りに剣を振ると、思っていた以上のスピードが出た。本物の剣の重さをしているはずなのに、おもちゃの棒切れを振るよりも素早かったような気がする。やはり、ファンタジーというわけか。


 表に出さないように感動していたつもりだったのだが、エリナにとっては不満だったらしい。すぐに指摘が飛んでくる。


「手だけで剣を振るな。肩を使え」


 その言葉を意識すると、もっと剣筋が鋭くなった気がした。言葉だけで、ここまで変わるものなのか。いや、前世と違いすぎる。俺は運動音痴だったからな。レックスの体が凄まじいのだろう。


「腰も回してみろ。そうすることで、より鋭くなる」


 簡単に、言われたことを実行できる。それだけで、剣を振るという行為が恐ろしく楽しかった。運動をする楽しみというのは、こういうものなのか。前世では味わえなかった喜びに、顔が崩れそうなほどに感動していた。


「踏み込みこそが、基本にして奥義。しっかりと足を利用するんだ」


 やはり、そうだよな。見せてもらった音無しサイレントキルも、足運びが特殊な感じに見えたからな。何度か修正を受けながら、剣を振り続ける。そのたびに剣がうまくなっていく感覚があって、ずっと振り続けていられそうなくらいだった。


「試しに、もう一度さっきの技を真似してみろ」


 もちろん、音無しサイレントキルだよな。原作の技が使えるのなら、最高だよな。全力を込めるしかない。


「ああ、分かった。行くぞ!」


 二度目は、明らかに前回よりうまくなったという感覚があった。それでも、エリナほど素早くはなかったし、鋭くもなかったのだが。


「まだ、未熟ではある。それでも、音無しサイレントキルと呼んでいいだろうさ。もちろん、私には通用しないがな」


 エリナの言葉からすると、最低限のラインには到達しているのか。やはり、この体の才能はとんでもない。これなら、訓練にも力が入るな。やればやるだけ伸びるのだから、当たり前ではあるが。


「なら、通用するまで強くなるだけだ」

「ああ、期待している。お前がどこまで強くなれるのか、私も見てみたい。完璧な音無しサイレントキルを他人が使うのも、一興だろうさ」


 音無しサイレントキルが完璧に扱える瞬間がやってきたら、どれほど楽しいだろうか。想像するだけで、気分が高揚する。だが、人の技を使える程度で喜んでいたら、傲慢な人間とは言えない。エリナには悪いが、うぬぼれている姿を見せよう。


「完璧? その程度で収まるつもりはない。お前の剣技くらい、軽く越えてやるさ」

「はは……。私の剣技を見て、超えるなんて言えた剣士はひとりもいない。面白いよ、レックスは」

「当然だろう? 俺は最強になる男なんだからな」

「最強、か。確かに、お前ならあり得るかもな。よし、決めた。お前に私の剣技を託す。必ず、最強になってくれ」


 つまり、これからもエリナの剣技を教われるということだろう。フィリスの魔法と、エリナの剣技。どちらも全力で吸収しないとな。そうして、言葉通りに最強になってみせる。それなら、もっと生き延びる手段は増えるはずなのだから。

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