第7話 フィリス・アクエリアスの好奇心

 私は、魔法使いとしては最強。少なくとも、火、水、風、土、雷においては。


 五属性ペンタギガとして生まれて、ずっと魔法を研究し続けてきた。新しい魔法を生み出すことも、既存の魔法を洗練させることも、魔力の操作も、あらゆる努力を。


 エルフとしての長い寿命の、そのほとんどを魔法に捧げた結果、右に出る者はいないほどの魔法使いになった。その自負はある。ただ、私でも極めていない魔法がある。光、闇、無属性の魔法。


 魔法使いとして強い種族であるエルフ。そのエルフでも、残りの三属性は知ることができない。光も、闇も、無も。使い手は人間にしか生まれないから。その事実が、とても悔しかった。魔法の全てを極めつくすことは、私にはできないという現実があるから。


 ただ、そんな魔法を知るための機会がやってきた。きっかけは、ジェームズ・ブライトン・ブラックの依頼。


「我が息子、レックスが闇魔法に目覚めた。だから、魔法を教えてやってくれないか?」


 エルフと人間は、必ずしも良好な関係が築けているわけではない。エルフは、魔法使いとして優れているのは自分たちだと考えている。複数属性に目覚めやすいし、すべての民が魔法を使えるから。人間は、光、闇、無属性が扱えるのは人間だから、自分たちが選ばれた存在だと考えている。


 どちらも、ミレアル教の存在があるから。魔法は女神ミレアルの賜りものであるという教義があるから。あるいは、単純に自分が優れていると思いたい、生物の本能なのかもしれない。


 いずれにせよ、エルフには光にも、闇にも、無属性にも、触れる機会が手に入れられなかった。ブラック家は、そんな風習を無視している。悪だと言われている家だから、周りに合わせる能力が欠けているのかもしれない。


 ただ、理由なんてどうでも良かった。闇魔法に触れる機会がある。その事実があるだけで良かった。私は、魔法を極めつくしたい。知りつくしたい。それだけだから。


「……当然。それが事実なら、全力を尽くす」


 間違いなく、私の本音だった。依頼主の息子であるレックス。彼が本当に闇魔法に目覚めているのなら、私の全てをかけて良い。そんなことは、考えるまでもないこと。


「……好機。闇魔法について知る、最高の機会。エルフとして、魔法使いとして、逃せない」


 闇魔法が使えないエルフにとっては、つまり私にとっては、闇魔法に触れる数少ない機会。絶対に、逃す訳にはいかなかった。


「……知りたい。もっと。五属性で、私の右に出る人間はきっといない。それでも、まだ未知がある。素晴らしいこと」


 本音でもあり、強がりでもあった。私自身の手で全ての魔法を極められないことは悔しい。それでも、未知に触れる喜びは本物。私が魔法にのめり込んだのも、触れば触るほど新しい発見があったから。間違いなく、闇魔法と関わることは、新しい発見をくれる。


「……レックス。あなたは、私の期待に応えてくれるだろうか」


 とても大きな期待をしながら、レックスと出会った。彼の使う魔法は、今まで見たことがないものだった。闇の衣グラトニーウェア。闇の魔力による防御。単純な発想ではある。だけど、闇魔法の特性が、あらゆる魔法を、少なくとも五属性は、完全に防ぐ防御を生み出していた。


 闇の魔力は、他の物体に侵食できる。それだけのことで、魔力は効果を失ってしまう。私の傑作魔法、五曜剣チェインブレイドすらも防ぐほどに。手加減していたとはいえ、並大抵の防御なんて紙切れでしかない魔法なのに。私は、興奮が抑えきれていないと自覚した。あるいは、頭が弾けたとすら感じていた。


 レックスに魔法を教えている時間。と言っても、ほとんどは彼の魔法を見ているだけの時間だったけれど。それが、あまりにもすぐに過ぎ去っていった。その日の予定が終わり、レックスと別れてからも、名残惜しさを隠せないくらいに。


「……天才。そんな言葉でも言い表せないくらいの才能。レックスがエルフなら、私なんて足元にも及ばなかった」


 それほどの才能を、私の手で成長させることができる。素晴らしい喜びではある。だけど、もっと大きい感情が、まだ見たことのない景色を見られそうだという感情だった。


「……素晴らしい。闇魔法は、私の想像を遥かに超えている。もっと早く、知りたかったくらい」


 本当に、心からの言葉だった。魔力を侵食できるという性質は、文献などから理解できていた。目にすることで、まるで違う感覚を持ったけれど。百聞は一見にしかずという言葉の正しさは、研究の中で知っていたつもりだった。でも、まだ足りなかった。そう理解するしかない。


 とにかく、レックスの闇魔法をもっと見たい。今の私にあるのは、それだけだった。


「……疑問。ハーフエルフなら、闇魔法も覚えられる? そうだというのなら、掛け合わせる価値はある」


 ふと浮かんだ疑問だった。ハーフエルフが生まれるというのは、歴史的に事実としてある。ただ、個体数は少ない。人間とエルフでは、あまりにも違いすぎて、悲劇が起きるものだと、あらゆる形で言い伝えられてきたから。


 有名なのが、エルフと人間が過ごしていた理想郷が、いつしかエルフだけになっていたという物語。人間は、いつまでも若いエルフがそばに居るという事実に耐えられない。エルフは、一瞬で死ぬ人間よりエルフを優先する。だから、当然の決裂だったのだと、そんなおとぎ話だ。


 もしかしたら、エルフに光、闇、無の魔法を与えないための口実だったのかもしれない。混血が進めば、あるいはそれらの魔法を使えるエルフが生まれるかもしれないから。


 他の可能性としては、結局のところ、仮想敵としてお互いを扱っているということだろうか。レプラコーン王国では、人間が台頭している。サジタリウス聖国では、エルフが台頭している。他の国でも、人間とエルフが対等に接している所などない。だからだろうか。


 理由なんて、どうでもいい。私にとって大切なことは、もっと魔法を深く知ることだけだから。


「……課題。レックスを全力で成長させる。まずはそこから」


 兎にも角にも、レックスが成長すれば、私はもっと闇魔法について知ることができる。そのためならば、私の知識を全て与えても良い。もしかしたら、エルフにとって大きな敵となるかもしれない。そんなことは、私にとってはどうでも良かった。ただ、レックスが見せてくれる景色にしか、興味がなかった。


「……好奇。私とレックスが子供を作れば、最強の魔法使いになるかもしれない」


 私には膨大な魔力がある。五属性を扱える才能がある。何よりも、エルフの中で最も強い。そんな私と、私ですら驚くほどの才能の持ち主。それらが交配すれば、どれほどの才能が生まれるだろうか。


 絶大な魔力と長大な寿命を合わせ持つ、闇属性使い。そんなものが生まれたら、魔法は新たな領域に進むはずだ。レックスが死んだ後も、闇魔法を見続けることができる。とても良い方法のように思えた。


「……期待。闇魔法を使えるハーフエルフ。私は、そんな存在を見てみたい」


 そのためには、まずはレックスの信頼を勝ち取るところから。初めからやる気だった、彼への教導。それに、更に熱が入るような感覚があった。


 私とレックスが交配すれば、私の理想とする存在が生まれてくれるかもしれない。一度だけではなく、何度でも実験したい。それなら、レックスのそばに長く居ることが、大切になるはずだ。


 レックス。私が望むだけの、素晴らしい魔法を見せ続けてほしい。その代わりに、私はあらゆる対価を支払うつもりだから。

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