第10話 うかつな慢心
俺はフィリスに魔法を、エリナに剣を教わりながら充実した日々を過ごしていた。
そんなある日。突然、姉に模擬剣を突きつけられた。改めて顔を見ると、黒髪を後ろでくくっている。いわゆるポニーテールだな。俺と同じくらいの身長で、少しだけ俺の方が高い。見た感じは、凛々しい印象だな。それに違わない、低い声。機嫌を損ねているのもあるのだろうが、普段より低い。
どう見ても、俺を敵視しているような顔だ。そこまでのことをした心当たりがない。なぜなのだろう。
「ねえ、レックス。あたしと戦いなさい。あんたを、ギッタンギッタンにしてあげるわ」
本気でケンカを売られているみたいだな。刺すような目で、鋭い声で、敵意が強く伝わってくる。俺としては、そこまで嫌いではないのだが。父は直接殺している光景を見ているが、姉は今のところは何もしていないのだし。
「カミラ姉さん、どうして。俺たちが戦う理由なんて、無いはずだ」
「闇属性を使えるあんたが、剣に遊びで手を出す。ふざけてるのよ。あたしは本気なのに」
ああ、納得できてしまった。確か、『デスティニーブラッド』での姉は、雷属性の
カミラ・アステル・ブラック。通称は
そうなると、生きるための道として剣を覚えたカミラは、俺が闇属性を使えるのに、必要のない剣に手を出して、カミラ自身の覚悟を踏みにじっているように感じたのか。それは、悪いことをしたな。だが、それでも剣技は楽しいのだから、やめるつもりはない。
仕方ないな。模擬剣を用意してくれていることだし、受けてやらないと。そうじゃなきゃ、カミラは納得できないだろう。
「分かった。じゃあ、剣で戦うってことでいいのか?」
「そうね。ボッコボコにしてあげるわ。一応、模擬剣なんだから大ケガはしないでしょ」
当たりどころが悪ければ、大ケガだってあり得ると思うが。まあ、大丈夫だろう。
「決まりだな。じゃあ、始めようか」
「行くわよ!」
カミラは全力で剣を振ってくるが、俺の師匠であるエリナより明らかに遅い。だから、余裕を持って受けることができた。そのまま連撃を受けるが、どうということはない。足の踏み込み、目線を見れば、どこに攻撃されるのかは簡単に分かるからな。
俺は、確かな成長を実感できていた。カミラは、原作でも複数属性持ちの魔法使いを殺していたほどの存在だからな。そんな相手に対処できるのなら、自信を持って良いはずだ。
流れの中でカミラの剣を受け流すと、明確なスキができた。
「ここだ。
エリナには及ばないものの、十分に素早いと思える一撃。カミラの首元で、寸止めをできた。
「……くっ、あんたなんかに負けるなんて。いずれ、絶対に泣かせてやるんだから!」
涙で目元を濡らしながら、カミラは吠えた。でも、言葉ほどの怒りは感じない。にらまれてはいるが、殺意や悪意が見えるほどではないというか。俗っぽい言い方をすれば、ツンデレみたいというか。
そんなカミラに楽に勝てたことで、同時に俺の実力をもっと試したいという感覚が湧き出てきた。どこまで通用するのか。あるいはブラック家から逃げられたりするのか。確認したい。
「なあ、今度は魔法ありでやらないか? お互いに、全力で」
「……覚悟は良いのね。殺す気はないけれど、事故で死ぬかもしれないわよ」
「俺は姉さんを殺したりはしないけどな」
「あたしだって、殺すつもりはないわよ。それでも、万が一はあるわ」
「大丈夫だ。どうにかなるさ」
「……そう。後悔しても、遅いわよ。じゃあ、始めましょうか」
「さあ、来い!」
カミラは剣を構えて、こちらを鋭く見ている。だが、俺の取るべき手段は単純だ。
「行くわよ。……
「
カミラは雷光とともに、とても素早く突撃してきた。雷のように素早く切りかかる技、
だが、俺の防御を貫けるほどではない。ただ受けるだけで、剣は止まっていった。カミラは驚いた顔をしていて、面白いな。これなら、誰が相手でも勝てるかもしれない。
「くっ、通じないの!? なら、もっとよ!
「同じ手を使っても無駄だ!
闇の魔力で生まれた刃を、またカミラの首元に突きつける。今回も、俺の勝ちだ!
「また、負けた……今に見てなさい! 絶対にあんたを、泣かせるんだから! その時まで、誰にも負けるんじゃないわよ」
「当然だ。俺は最強なんだからな」
実際に、最強になることもできるかもしれない。そんな予感がするほど、今回の戦いでは楽に勝てた。
カミラは走りながら去っていった。きっと、涙を見せたくなかったのだろうな。まあ、一度目の勝利のときにも泣いていたのだが。
俺が慰めようとしても、逆効果だろう。なら、時間が解決することを待つしか無いかな。
カミラが遠ざかっていくと、アリアとウェスが駆け寄ってきた。心配そうな顔をしてくれていて、嬉しくなる。
「レックス様、おケガはありませんか?」
「ご、ご主人さまがケガしたら、わたしは、悲しいです」
「心配なんて必要ない。俺は無敵なんだからな」
実際、アリア達を守れるくらいには、強くなりたいものだ。どれだけ戦えるのかは知らないが、原作には強敵も多いからな。万が一にも、親しい人達は失いたくない。
次に、フィリスとエリナが話しかけてきた。少し、不安そうな表情をしている。なにか失敗でもしただろうか。
「……集中。もっと、効率よく倒すことはできた」
「そうだな。まだまだレックスは未熟だ。それを忘れるなよ」
「当然だ。俺がつまらない慢心をするように見えるか?」
慢心なんてしない。それこそ、原作には理不尽な能力の持ち主もいた。主人公のジュリオは、そんな奴らすらも倒した。ジュリオが敵になるかもしれない以上、油断なんてしていられない。そこらのモブには負けないだろうが、原作キャラには強敵がいくらでもいるのだから。
また今度は、他の兄弟達がやってきた。もしかして、結構、俺達の戦いは広まっていたのか?
「レックス、流石だね。カミラに勝ってしまうんだから」
「お兄様、強いんだね」
「兄さんは僕たちの誇りですよ」
こうして褒められていると、良い家族のような気もする。だが、原作では悪の家だったんだ。気を抜く訳にはいかないよな。いくら勝てそうな相手だからって。
そうして話をして、しばらくしてから。俺たち兄弟は両親に呼び出されていた。カミラとも目があって、そっぽを向かれてしまう。ちょっと悲しい。
なんてのんきに考えていたのだが、父の言葉で、俺は頭が冷えることになる。
「よく、集まってくれた。今回は、敵対するオックス候の暗殺に成功したからな。その祝いだ」
「わたくし達にとって、記念すべき日になるでしょう」
「いくら魔法を鍛えても、毒には対応できなかったようだな。愚かなことだ」
そのセリフが、俺の胸に突き刺さっていた。ブラック家を裏切ったとして、毒殺に対処する手段なんて持っていない。逃げ出したところで、生きる道なんて無い。
さっきまで、俺がうぬぼれていたという事実を、強烈な冷水としてぶっかけられた気分だった。
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