第28話 サプライズ・アタック
「そういうわけで、私も実行委員補佐として空たちのサポートをさせていただきます」
どういうわけなんだよそれは。
ゲーセンで遊び倒した翌日、生徒会会議室に堂々と姿を現した雪菜は、会長を前にそんなことを得意気に言ってのけた。
困惑の視線を一身に受けた生徒会長は胃が痛そうに腹を抱えて机に突っ伏している。不憫なことこの上ない光景だ。
「……実行委員補佐なるポストは存在しないのだが? 水上雪菜さん」
「はい、なので創設の許可をいただこうと」
「……そういうのはだね、目安箱にでも入れてくれるとありがたいんだが」
多分読まずに捨てるやつだな。
生徒会が置いている目安箱がなにかの役に立った話なんて全く聞いたことがない。
大体誰かの不満や鬱憤の捌け口になっていて、それを読まずに書記が捨てているんだろう……というのはいくらなんでも疑いすぎか。
とはいえ、雪菜の要望が目安箱に入っていたら間違いなく読まずに捨てられるだろうけど。
「生徒会長と直接お話がしたかったので持ってきました」
「……私はそこまで暇そうに見えるのかな?」
我が校の生徒会は別に、教師陣と肩を並べるほど権力があったり、自治権という名の特権を持つ愉快な組織じゃない。
ただ、それでもある種教師陣の一部負担を委託される形で背負っているのは事実で、生徒会長ともなれば苦労の一つもするのだろう。
疲れ切って引き攣った笑顔で、会長は額に青筋を浮かべる。まあ、キレるよなそりゃ。
「暇ではないと思いますが、それでもお時間をいただきたいんです」
「その提案は君の乱入によって会議が止まっているのに見合う対価があると?」
キレかけている生徒会長相手に一歩も退くことなく、いつもの無表情で淡々と舌戦を繰り広げている雪菜の心の強さには恐れ入る。
(ちょいちょいちょい、どうすんのさ空)
とうとうこの状況を見かねたのか、千歌が耳元に囁きかけてきた。
どうするもこうするもない。なんで雪菜がこんな奇行に走ったのかも理解できなければ、あの最悪な空気の中に割って入る勇気もないからだ。
我ながら情けないとは思うけど、正直ここで下手にフォローを入れても火に油を注ぎかねない。なら、ここはただ黙って待つしかないだろう。
「メリットならあります」
「……ほう、聞かせてくれないか」
「単純に働き手の数が増えます。作業はより多くの人手を投入した方が効率よく進むと思うのですが」
雪菜が口にしたのは正論といえば正論だ。
面倒な作業をさっさと終わらせたいならマンパワーとリソースを割く。
実にシンプルな構造論だ。そして、学生ならリソースとして消費される賃金も発生しない。
ただ、それならなんでわざわざ実行委員なんて役職を集っているのか、という話だ。
物事には必ず理由がある。過ぎたるは及ばざるが如しということわざがあるように、結局少人数でもなんとかなる作業だからこそ、各クラス男女二名ずつ、という枠が定められているのだろう。
つまり、過剰にマンパワーを増やしても効率は下がる、というのが恐らくは生徒会長の言い分になってくるだろう。
「……君の言うことは理解した。しかし、規則で定められている以上、存在しない役職を今この場で設立するというのは不可能だ。来年度に話を持ち越すことで妥協するから、この場は退いてくれまいか」
「そうですか。では役職の追加は諦めます」
食い下がるかと思いきや、雪菜はあっさりと身を引いた。
それでも来年度にポストの設立を検討させた時点で十分成果は挙げられたと思うけど、果たして。
「そういうわけで補佐の役職にはなれませんでしたが、私も会議を見学させてもらいます」
「ちょいちょいちょい、なに言ってんのさ雪菜」
とうとう堪えきれなくなったのか、当然の権利のように、置いてあったパイプ椅子を俺たちの後ろに持ってきた雪菜に千歌がツッコミを入れる。
「別に見学するだけなら問題ないかと思いますが」
「いやいや問題大アリだって! 会長めっちゃ怒ってんじゃん! 空からもなんか言ってあげてよ!」
えっ、俺から言えることなんかあんの?
いやもう雪菜はこうなったらテコでも動かないみたいな顔してるし、会長はとうとうポケットから取り出した胃薬飲んでるし。
この場を丸く収めろっていくらなんでも無理ゲーがすぎないか。
「……あー、雪菜。ステイだステイ。なんでこんなことを」
「空の手伝いをしたいからです。それなら許可を取った方がいいかと思いまして」
「……気持ちはすごいありがたいけどさ、暗黙の了解に留めておくべきことってあると思うんだ、俺」
純粋な善意でタガが外れたように暴走しているのを見るのが一番いたたまれない。
というか、手伝いがしたいだけなら別に許可とかいらないんだけどな。
暇なやつを現場に呼んで実行委員の仕事手伝ってもらうとか、珍しいことじゃないし。
「そうでしたか、別に友達の仕事を手伝うことは私も普通だと思うので、ここにいることを選んだだけです」
「……わかった。手伝いに来てくれたという君のボランティア精神に免じてここは不問としよう。頼むから会議を進まさせてくれないか?」
あっ、とうとう会長が折れた。
胃痛に耐えながら机に突っ伏して問いかけているその様は悲哀に満ち溢れていて、なんというか非常に申し訳ない気持ちになってくる。
生徒会長の胃を犠牲に勝ち取ったポジションに居座って、雪菜はすっかりご満悦のようだった。
「ではよろしくお願いいたします、生徒会長」
「……もう好きにしてくれたまえよ……」
なんだろうな。これ、大元を辿れば原因と責任の半分以上は俺にあるんじゃなかろうか。
そう考えると途端にいたたまれなくなってくるし、胃が痛くもなってくる。
「ねえ、雪菜。雪菜ってもしかしなくてもさぁ」
「なんですか、千歌」
「けっこーな天然さんだよね」
苦笑と共に千歌が言う。
俺も知らなかったよ、まさかここまで雪菜が天然だったなんて。
「そうでしょうか」
「そうだって、空もそう思うでしょ?」
「……あー、なんだ、その」
「うん?」
「はい?」
「そろそろ会議させてやった方がいいと思うぞ……」
すみません会長。この大惨事の責任の大半は俺にあります。
この程度で罪滅ぼしになるとは思わないけど、とりあえずは議論の流れを元に戻す。
何事もなかったかのように会議を進めてくれたのは多分慈悲かなんかだろう。俺の中で生徒会長の株が爆上がりだ。
なにはともあれ。
雪菜のサプライズは実質成功する形で、事実上一年A組の文化祭実行委員は三人に増えた。
それがいいことなのか悪いことなのかはもう、判断する気力がなかった。
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