第27話 雪菜の策謀
「……と、まあそんなわけでストレスが溜まってるんだよ」
「そうですか」
生徒会の都合で実行委員会議が休みになった放課後、千歌はテニス部の助っ人として練習試合に出場している都合から、俺と雪菜はいつものゲーセンでロボゲーをやっていた。
溜息混じりに呟いた言葉に、雪菜が小首を傾げて相槌を打つ。
確かに当事者でもなければそうですか、の一言だよなあ。
「今日は中止になってくれたから大助かりだ。今日も十連勝狙っていこう、雪菜!」
日頃の鬱憤晴らしとばかりに気合いを入れて、百円を筐体に投入、スマートフォンをタッチパネルにかざす。
ちょっと前に行われたアップデートで、雪菜の持ちキャラだった機体は案の定下方修正を喰らっていた。
だけど、それすら問題ないとばかりに雪菜はいつもの無表情で百円を投入、筐体にスマホをタッチすると、新しく持ちキャラにしたらしい機体を選択する。
「ええ、空がいない間にひたすらトレーニングモードとシャッフルで練習していたので動きに関しては問題ありません」
「シャッフルやるのか……よくやるなあ」
「今作から通信がミュートできるようになりましたので」
マジか、知らなかった。
このゲームのマナー違反行為として、ボタンを押すと通信メッセージを送れる機能があるんだけど、それを悪用してひたすら無意味な通信を連打するっていうのがあるんだけど、運営もそれを問題に思っていたのか対策に打って出たらしい。
シャッフルは見知らぬ誰かとチームを組む都合上、相方に責任をなすりつけやすいからな。俺も何度か初心者の頃に潜ったけど、そりゃもう地獄だった。
思い出話はともかくとして、今は鬱憤晴らしの固定だ固定。
ゲーセンに来るのが久しぶりな状況自体はそこまで珍しくないにしたって、ストレスという抑圧から解放されただけでここまで晴々とした気分になるとは思わなかった。
マッチング成立のアラートが画面に表示されると同時に、俺は雪菜と顔を見合わせる。
「慣らしてきたとはいえ、最初は少し試合展開緩めた方がいいかな」
「ええ、このキャラクターは攻め込まれると少しばかり自衛に難があるので」
「了解、じゃあ俺の仕事はタゲ取るだけのつもりで動くから、釣られた敵を狙撃してくれ」
「わかりました。空ならやれると信じています」
相変わらずどこまで本気かわからない雪菜の激励と共に、俺たちは拳を軽く突き合わせる。
幸いにも相手の編成はオーソドックスな万能寄りな機体と、次の環境機と目されている──雪菜と同じ射撃寄り、狙撃を得意とするタイプの機体だった。
いわゆるミラーマッチだ。純粋に後衛としての腕が試されるだろうけど、雪菜ならきっと大丈夫だ。
組んだのがまだプレイヤースキルが低い相方だったら、俺が射撃寄りの機体をボコボコにしているうちに釣られて出てきた前衛を撃ってもらうという作戦に打って出るけど、今回は真逆の作戦を試してみようと思っている。
即ち、攻め込まれると弱いという欠点を持つ雪菜の持ちキャラを相手の前衛が撃墜しにかかってくるのを俺が体を張って阻止して、あとは後衛同士の腕比べに持ち込む、という算段だ。
それが上手くいくかどうかは、全部俺たちの連携がちゃんと取れているかどうかに全てがかかっている。
「さて、やるか!」
「ええ、やってやりましょう。空」
この通り闘志は万端だから、あとは結果を出すだけだ。
筐体のジョイスティックを握りしめて、俺たちは「Ready go」の表示が画面に浮き上がると同時に、それぞれの機体を走らせた。
◇◆◇
「今日の勝率は……八割超えてるな、さすがだな、雪菜」
「全てフォローしてくれた空のおかげです」
俺たちはライブモニターの前で今日の試合を振り返りながら、スマートフォンで公式サイトを開いて、勝率を確かめる。
計五百円で四十何戦やれたんだ、相変わらずコスパとタイパは最強の一言だ。
謙遜しているけど、雪菜のプレイヤースキルはこの通好みな店舗で個人ランキング三位の座を維持しているだけあって、乗り換えた機体でもなに一つ問題なく動けていた。
俺の方は……なんというか、慣れないことをしたのもあって結構動きに粗があるとでもいうのか、もう少し改善できそうなところばっかりだったように思う。
アグレッシブに攻め込む動きは得意でも、じりじりと相手を追い込んでいくような戦い方は普段あまりやらないのもあってボロボロなんだよなあ。
「やっぱり十連勝逃したのは悔しかったなあ、もう少し俺が上手いこと動けてればよかったんだけど」
「有名プレイヤー相手によく戦えた方だと思いますよ、さすがに相手が悪すぎました」
配信者としても有名な相手と全国マッチで出会したときはマジかよ、と思ったものだし、やっぱりそういうことをしているだけあって、根本的なプレイヤースキルの差をわからせられた、そんな気がする。
まあ、雪菜が言った通り、相手が悪かったといえばその通りなんだけどさ。
でも、全力を出して戦って、あと少しってところで負けるのはやっぱり、相手が誰だろうと悔しいものだ。
「それじゃ、いつも通りの店で反省会でもする?」
時間にはまだ余裕があるし、食べ盛りなのもあって夜飯が食べられなくなることもない。
雪菜は多分ドリンクだけで済ませるだろうし、それがいいんだろうけど。
しかし、それにしたって明日からはまた退屈極まる実行委員会のお仕事か。
そう考えると少しだけ憂鬱になるな。
千歌と駄弁るだけ駄弁ってサボり倒す手もあるけど、一応とはいえ任された手前、変に手を抜くのも気が引ける。
雪菜が俺の袖を引いたのは、微かな憂鬱を胸に、ゲーセンをあとにしようとしたときだった。
「待ってください、空」
「ん、雪菜? まだゲーセンに用事でもあるのか?」
「いえ、ここに用事はありませんが……少しばかり、確認したいことがあります」
確認。
なにか確かめるようなことも確かめられるようなこともあったかな、と首を傾げた俺に対して、雪菜は微かに頬を赤らめながら問いかけてくる。
「空、実行委員の仕事は退屈なんですよね」
「あー……まあ、正直。千歌と喋ってればそんなに退屈しないといえばしないけど、放課後拘束されるっていうのがつらいな」
なんだろうな、職務そのものができなくてつらいとかじゃなく、単純に他のことに時間を使いたい、というわがままだ。
だから、雪菜が気にする必要もない。
そんな風に答えを返そうとする唇を遮るように、雪菜が起伏の少ない胸に右手を当てて、俺より先に口火を切った。
「わかりました。でしたら私に考えがあります」
「……考え?」
「ええ、今は秘密ですが」
くすりと微笑んで踵を返した雪菜の真意は、相変わらずわからない。
ただその氷像のような無表情に春が差し込んだような微笑みは、妙に綺麗で。
呆気に取られた俺をよそに歩き去っていく背中を、ただ見つめることしかできなかった。
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