第26話 引き返せない放課後
「あー、心の底からめんどくせえ……」
「うひひ、そう言うなよぉ、空ぁ。こんな美少女な彼女と二人で実行委員やれるんだから光栄に思えー?」
まだ彼女じゃねえだろうが。
もはやそんなツッコミを入れる気力すらなくなる程度にはかったるい。
大体、高校生の貴重な放課後だぞ。漫画やアニメに出てくる愉快で教師陣に並ぶ権力を持っている生徒会なんてものは生憎うちの高校にはないんだよ。
そんなごくごく平凡な生徒会が教師陣から「自主性」の名目でとりあえずやっといてね的に放り投げられた雑務に従事する時間があるなら、同じ時間で延々とトレモを擦っていた方がまだ生産的だ。
千歌が隣にいるだけまだマシだろうといわれればそれはそうなんだけどな。
一人でやらされてたらと思うと、想像したくもない。どれだけ退屈な時間を過ごす羽目になっていたことやら。
「まあ、千歌が隣にいれば退屈しなくて済むしな」
「おっ、今のセリフはなかなかポイント高いね! 千歌ちゃんポイント六十点ぐらいあげちゃう」
「貯まるとなんかあるのかそれは」
「私を正式な彼女にできるよ」
今の目標と変わらねえだろ、それ。
そもそも、ポイント制になったらこの賭けは成立しないだろう。一応は賭け事って名目で仮初の彼氏彼女をやっているのが俺たちなんだから。
それともこれは千歌からの遠回しな圧力なんだろうか。もう諦めて「世界一可愛い」の一言を口にしてしまえと。
「うひひ、空はどうだと思う?」
「多分圧力だと思う」
「……」
「無言で脛を蹴るな!」
思わせぶりな千歌に、思ったことを正直に答えたら飛んできたのは脛を的確に狙ったローキックだった。
痛てえ。上履きのつま先が弁慶の泣き所に直撃したんだ、お前は俺の脛を足で殴ったんだぞ。
いや、多分俺の解答が不正解も不正解だったからなんだろうけども、もう少しこう、手加減とか手心とか、そういうのはないのか。
「脛蹴ったよ」
「いや事後じゃねえか」
「本当、空ってデリカシーがあるのかないのかわかんないよね」
「そういうのと長らく無縁な人生を送ってきたんだよ、察してくれ」
「えっ、可哀想……」
「ガチ目に同情するのはやめろ、普通に傷つくだろうが!」
小さな掌で口元を覆ってみせた千歌の芝居がかった大仰な仕草に呆れつつも、一応尊厳の問題なので抗議しておく。
うるせえ、彼女いない歴イコール年齢でなにが悪いんだ。しょうがないだろ、今の今まで強がって非リア同盟なんて組んでたのが俺という男だぞ。
自分で言ってて悲しくなってきた。中学生なんて逆張りと理由もない自己陶酔で生きているようなものだとしても、あまりにもさもしい青春がすぎる。
「……君たちは漫才でもしているのか?」
そんな他愛もなければ益体もないやり取りをしているうちに、どうやら俺たちは目的の生徒会会議室に辿り着いていたらしい。
あらかじめ開け放たれていたドアの前でコントを繰り広げていた俺たちを、なんとも言えない顔で紫がかった黒髪をひとつ結びにした生徒会長が渋い顔で出迎える。
いや、なんというか。すみません、先輩。
「そうそう、漫才! 夫婦漫才ですよぅ、先輩!」
「……はあ、いや、仲良きことは美しきこと哉、とはいったものだが、節度を守った交際をしてくれたまえよ」
「うひひ、交際だって、空!」
「こいつはこんなこと言ってるけど、まだ俺たち付き合ってないんですよ」
「蹴るぞ」
「事実だろ!?」
不機嫌そうに頬を膨らませている千歌が足を振りかぶった。
事実は事実なんだから逆ギレは勘弁してくれ。まだ俺たちは正式な恋人同士じゃない。
しかも、置き去りにされた生徒会長がめちゃくちゃ不憫だろ。今も呆気に取られたような顔でこっち見てるんだぞ。
「……漫才をしにきたのなら、文化祭でやってくれないか?」
「いや、会長。うちの千歌がすみません。本当に」
「そうそう、私の空がどーしようもない鈍感男ですみません」
互いを指さして責任をなすりつけ合う俺たちに本気で呆れたのか、生徒会長は小さく溜息をつくと、それ以上はなにも言ってこなかった。
なんだろう、普通に申し訳ないし普通に傷つくな。
生徒会長の隣に立っている長身の先輩……恐らく副会長は笑いを堪えるのに必死になっていたけど、だからなんだっていう話だ。
「……それでは全員揃ったことを確認するため、出欠を取る。まずは──」
どうやら俺たちが一番最後だったらしく、多少気まずさを抱えながら着席したところで、何事もなかったかのように生徒会長が出欠を取り始める。
うーん、なんというか、きてしまったんだな。
正直いうなら俺の意志は変わらない。さっさと帰りたいことこの上ないけど、曲がりなりにも実行委員に選ばれた以上は、この退屈な会議に出席していなければならないのだ。
「一年A組男子代表、土方空」
「はい」
「一年A組女子代表、鏑木千歌」
「はーいっ!」
千歌は妙に乗り気だけどな。
なんでこんなに退屈なことでもここまで楽しそうな顔をできるのか、一度聞いてみたいような気もしたけど、当人にとってはきっと退屈でもなんでもないのだろう。
なら、聞くだけ野暮というものだ。俺は脳裏に浮かんだなんの益体もない考えを振り払って、黒板前の壇上に立った生徒会長に視線を向ける。
「……よし、全員の出席を確認した。ではこれより、第一回体育祭実行委員会を執り行う」
凛とした厳かな声だった。
きっと、真面目に生徒会長として職務に取り組んでいるんだろうな、この人は。
そんなことをぼんやりと考えながら、まずは第一回ということで、定番のお互いの顔合わせから始まった退屈極まりない時間を、あくびを噛み殺しながら過ごす。
俺たちに自己紹介のお鉢が回ってきたときも、簡潔に名前と挨拶だけで終わらせたよ。
千歌はもっと色々喋りたがっていたみたいだけど、ここはクラスの自己紹介よりもいくらか厳粛な場だ。
それは本人もわきまえているらしかったけど、あからさまに退屈そうな表情を浮かべるのはどうかと思うぞ、千歌。
もっとも、暇だし帰りたい、しか考えてない俺がいえた義理はどこにもないんだけどさ。
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