第25話 厄介ごとは降ってくる
二人分の弁当と、二人分のお礼を十分すぎるほどに受け取った俺は満腹からくるものだけではない胃もたれを起こして、机に突っ伏していた。
いや、尋常じゃないボリュームだったのもあるし、いよいよ俺はフランス革命における王室派の如く徹底的に吊し上げられてもおかしくないレベルに達してしまった事実がつらいんだよ。
もっとも、自業自得だからなにもいえないんだけどな。
最近は俺を裏切って彼女を先に作った元親友二人もどこか恨みがましい目で見てくるし、踏んだり蹴ったりだ。
お前らは彼女がいる側だろうがよ。今いる彼女を大事にしてやれ。
そのうち別れ話の種になりかねない話がそうならないことを祈りながら、爆上がりした血糖値がもたらしてくる眠気を噛み殺す。
「そんなわけで今日のロングホームルームは、生徒会からの依頼で体育祭実行委員についての立候補者を募集します」
まだ若いおさげ髪の担任教師──清水先生が、かつかつと音を立てて黒板にチョークで「体育祭実行委員募集」の文字を書き込んでいく。
体育祭か。
ついこの前まで入学したてだった気がするのに、たった一ヶ月でこんな憂鬱なシーズンがやってくるとは全く、時の流れというのは度し難い。
大体どこの高校も五月か十月のどっちかに開催されるその行事は、俺みたいな日陰者にとっては拷問に近いレベルの催しだったりする。
別にクラス一丸となって優勝を目指そうと意気込んでいる連中のことまで否定するつもりはさらさらないけど、晴々とした空の下で長時間運動ないし応援をさせられるくらいなら同じ時間ゲーセンに引きこもっていたい、というのが嘘偽らざる本音だ。
いや、タバコ臭くて治安が悪いゲームセンターで百円を浪費していることの方がよっぽど非生産的だと詰られればぐうの音も出ないんだけども。
ともかく、そんな行事なんか最低限の義理と義務を果たしてあとは放課後になにをするかを考えていればいいのだ。
積極的に関わりあうなんてごめんだ、全く。
どうせやる気のあるやつが勝手に張り切ってくれることだろうと、そのまま机に同化しようとしたときだった。
「先生、土方の野ろ……土方君が昼休みにぜひ実行委員になりたいとか、そんな話をしてた気がします!」
思いっきり捏造された発言を声高々に叫んだのは、いつぞや千歌にしつこく迫っていた……誰だったか。確か法華堂とかそんな感じの名字だった気がする男子だった。
おい、待て。
お前が何堂でも別に構わないけど、さらっと人に責任をおっ被せようとするんじゃあない。
胃もたれを起こしていなかったら起き上がって即座にそう反論しているところだった。しかし最悪なことに俺は今、すこぶる体調が悪いのだ。
「あー、それあたしも聞いた気がします!」
「やはり土方君でしたか。ここは彼の熱意を汲んであげてください、先生」
「土方……俺たちのことを思って立候補してくれるなんて、なんて立派なやつなんだ……!」
少しは擁護してくれるやつがいるかと思ったら、この有様だった。
皆口々に嘘八百を並び立てて、俺を実行委員に仕立て上げようとしてきやがる。
クソっ、だけど仕方あるまい。俺は今、クラスのパブリックエネミーにして賞金首みたいなものなのだ。それを忘れていた己が憎い。
ここで俺が「いや普通にやりたくないです」とでも言ってみろ。次からどうなるかわかったもんじゃない。
それを理解しているよな、とばかりに視線が圧力を伴って四方八方から突き刺さってくる。
俺は別に望んでパブリックエネミーとしての学校生活を送っているわけじゃない。できる限り穏当に、平穏にこの三年間を生きていたいのだ。
ならばどうするか?
答えはいつだって簡単だ。
生徒たちが捏造発言をしているとは一ミリも疑うことなく目を輝かせている清水先生からの視線も感じつつ俺は、ゆっくりと手を挙げて上体を起こす。
「……っす。実行委員、やらせていただきます……」
「本当ですか? ありがとうございます、土方君。でも、なんだかとっても体調が悪そうですけど……」
「……これは昼間に食べすぎただけなんで気にしないでください。胃もたれです」
その簡単な解答とはこうだ。
日和見主義。寄らば大樹の陰、長いものには巻かれろ、である。
正直な話をするならめちゃくちゃ嫌だ。なぜ貴重な放課後をこんなどうでもいい催しのために費やさなければならないのかと猛抗議したい。
しかしそれをすることで害を被るのが俺だけならまだしも、千歌や雪菜になにかあったら、と思うと、寒気がする。
つまり生贄の羊に自ら選ばれることでクラス中の意志という荒ぶる神の怒りを鎮める、それこそが平和的解答なのだ。
わかっているよな、というクラスメイトたちの皮肉に親指を立てて溶鉱炉に沈んでいく覚悟こそ、真の平和のためには必要なのである。
「では、男子の方が土方君で決まりましたので、女子の方は……」
「はいはーい! 私がやります、先生!」
案の定とでもいうべきか、フレーム単位の速度で挙手した千歌が身を乗り出して、実行委員の女子枠に爆速で立候補する。
少しは痛い目を見ろ、ということでクラスメイトは俺を実行委員に仕立て上げたのだろう。
ただその計画には問題があって、これが各クラス一人ずつならまだしも、蓋を開けてみればきっちり男女二枠で募集しているのがうちの高校だったのだ。
正直俺の方も聞くまで忘れてたけど、あまりにも俺を敵視しすぎてそこを見落としていたな、円堂……で、合ってたかな。
どうでもいいけどさ。
そして、その事実を理解するなり秒速を超えた動きで立候補した千歌の頭の回転の速さと動体視力といったらあるまい。
二枠あって俺が片方にエントリーしているなら、今はもう片方に千歌が入ってこない理由がないのだから。
「そういえば土方君と鏑木さんは幼馴染でしたね。では二人が立候補してくれたということで、皆さん。二人に拍手をお願いします」
なにも知らない清水先生はぱちぱちとやる気のない、心からしらけたような拍手を送っている生徒にも気づかずににこにこと笑っていた。
悪い人じゃないんだ。間違いなく悪人じゃないんだけど、教師としてはそれでいいのか清水先生。
心の中でそっと問い詰める。
そんな益体もないことをぼんやりと考えながら、俺はやる気のない拍手と怨嗟の視線に晒されながら、音に紛れて小さな溜息をつく。
スケープゴートになるとはいったけど、別に実行委員の仕事をやりたいわけじゃないんだよなあ。
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