第23話 移りゆく日々の中で side雪菜

「そんなことがあって、もうしばらくポテトの面は拝みたくないんだ」

「そうですか」


 心底どうでもよさそうな無表情で、俺の言葉に雪菜がそう返す。

 そんな話を私に振ってどうするんですか、と言わなかったのは多分優しさなのかもしれない。


 ゲーセン帰りに食べるファストフードのジャンキーな味といったらこれ以上ないぐらい格別だ。

 ハンバーガーにポテトにコーラ。糖質と脂質の暴力、遠慮なく食べられるのは若い頃の特権だと大人たちがいうそれを、俺たちは思い切り謳歌しようとしていたところだった。


 ただし、俺のトレーの上にポテトの姿はないけどな。

 この前のカラオケデートで一生分食った気がするし、千歌とのあれこれを思い出しかねないから当分は食べたくないんだよ。


 そんなどうでもいい事情はさておくとして、この一ヶ月で俺たちが過ごす放課後のサイクルは固定されつつあった。

 千歌が部活の助っ人とかでいない日はこうして雪菜とゲーセンでひたすら固定戦をやったり、時にはファミレスで駄弁ったりとか、いたって普通の友達同士がやるような放課後を過ごす。

 逆に、千歌の予定が空いている日は千歌に合わせる。概ねそんな感じだ。


「もったいないですね」

「そうかな」

「はい。ハンバーガーにはポテトとコーラと相場が決まっていますから」


 雪菜は、仏頂面の俺に微笑みを投げかけると、クラスの男子が聞いたらイメージが崩壊して、三日は寝込みそうなくらいに俗っぽいことを呟く。

 雪菜といえばクールで清楚な、朝昼晩三食米と味噌汁以外は食べないような大和撫子、というイメージが付き纏っているし、なんならこうしてよく遊ぶようになる前は俺も大分そんな偏見を抱いていたからな。


 まあ、そもそも週の大半は昼飯に弁当と称してカロリーブロック食べてるけど。

 たまに思い出したように普通の弁当を持ってくることもあるけど、あれは手作りなのかそれとも両親のどっちかに持たせてもらったのか。

 多分後者だろうな、と大分失礼なことを考えながら、コーラを啜った。


「空も大概こだわりが強い人ですよね」

「ん? ポテトの件?」

「いえ、そのコーラは氷を抜いてもらうように頼んでいたでしょう」


 そういえばそうだったな。

 それほどこだわりが強い、ってわけじゃないと自分では思うんだけど、言われてみればそんな節もあるのかもしれない。


「氷が入ってると、食べてる間に味が薄まるのが嫌なんだよ。夏とかは確かに冷たいコーラでハンバーガーとポテトを流し込みたくなるけどさ」


 厄介なのは、ちょうどキリよくハンバーガーとポテトを片付け終わった辺りの最後の一口が絶妙に薄まっていて、水っぽくなることだ。

 いかにコーラがぬるくなろうとも、あの食事への没入感を損なう感覚を味わうよりはマシだと、俺はそう考えている。


「そうですか……ふふっ」

「おかしいかな」

「いえ、思っていたより空が愉快な人だというのがわかったので」


 雪菜は楚々とした笑みを口元に浮かべて、からかうように言った。

 そんな不意の仕草にやっぱり少しだけ、どきりとさせられる。

 そもそも雪菜に微笑みかけられてそう感じないやつなんてそうそういないといわれてしまえばそこまでの話だけど、まだ自分の中に未練だとか、そういうものが残っているんじゃないかと疑いたくなってしまう。


 今の雪菜と俺はあくまでもゲーセン仲間であり、友達だ。


 そこから先に、例えば千歌がやってくるようにお互いべたべたした距離感を抱くまでに進むとは思わないし、別にそんなことを期待しているわけでもない。


 ただ、こういう不意の瞬間に芽生えてくるこの心は、頭で考えていることを全て否定するに足る材料なんじゃないかと、少しだけ不安になる。

 もし、万が一。

 雪菜が千歌みたいになったとしたら、俺はこれまで通り、一緒に固定相方としてゲーセンで遊んだり、ファストフード店やファミレスで駄弁ったりするような日常を維持できるのか。


 正直にいってしまえば、少しだけ自信がない。

 今目の前にいるのは、しょうもない理由だったとはいえ、曲がりなりにも男女として付き合ってほしいと申し込んだ相手なのだから。


「空は気難しい顔をしますね」

「ああ、うん……ごめん。少し考え込んでた」

「次のアップデートのキャラ対策ですか?」


 そんなズレた答えを返してくる辺り、まだ雪菜にはバレていないのは幸いだった。

 とはいえ、雪菜が切り出してきた問題も深刻といえば深刻だ。

 アーケードゲームは、宿命として最終アップデートまではバランス調整から逃れられない。


 強すぎるキャラは弱体化の調整を受けて、逆に弱過ぎるキャラは上方修正を受けたり、場合によっては別物レベルな魔改造を受けることになる。

 それは俺たちのやっているロボゲーでも同じことだ。アプデまでには環境を席巻していたキャラが、次のシーズンからは産廃の烙印を押されることも決して珍しいことじゃないのだ。


 さすがに最近は運営側もこなれてきたのか、そこまで極端な調整をされることは少ないけど。

 それはそれとして、持ちキャラがそのハズレくじを引かされたときの悲惨さといったらない。


 基礎ができていれば別の強キャラに乗り換えるのはそんなに難しいことじゃないとはいえ、今まで乗り込んできた愛着とかそういうのを、まとめてドブに捨てることになるんだからな。


「多分だけど、俺の持ちキャラは大丈夫だと思う」

「そうですか? 空を見ていると、とてもそうは思えないのですが」

「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、キャラ単体で見たら良くも悪くも上の下って感じだからな。今シーズンは見逃してもらえると思ってる」


 代わりに次回作が稼働したとき、大分悲惨なことになりそうだけど。

 俺の言葉に、雪菜は釈然としないとでも言いたげに眉をひそめる。

 いや、実際やり込みと雪菜のアシストでどうにかしてもらっているだけで、環境最上位のキャラ対面はマジでキツいんだって。


「雪菜の持ちキャラは……多分下方されると思う」


 申し訳ないけど使用率が四パーセント越えで勝率約五十四パーセントは明らかにやりすぎだ。


「はい。私もそう考えています」

「乗り換えるの?」

「ええ、特に愛着とかもありませんので」


 随分とざっくり言ったな。

 だけど、実際雪菜のような考えを抱くプレイヤーは珍しくない……というか、このゲームの全国大会に出られるような層は大体皆そんな感じだ。

 中にはキャラ愛とプレイヤースキルだけでなんとかしてしまう猛者もいるけど、あれはもう修行僧とか人外の領域だ。人間の枠にカウントしていいものじゃない。


 冷徹な勝利至上主義。思わず熱くなりすぎることもある対戦ゲームでも、常に頭は冷静でいないと、勝ち続けることは極めて難しいのだ。


「空」

「ん? なに、雪菜……って、むぐ」


 そんな具合に腕組みしながら唸っていたら、口元に何かを押しつけられる。

 押し付けられたのは、噛み跡が残っているストローだった。


「熱くなりすぎたでしょう? 冷たいものでも飲んで今日の振り返りに移りましょう」

「あ、ああ……」


 チュゴゴゴ、と微妙に薄まったコーラを啜りながら、雪菜の突然すぎる行動に俺は戸惑うことしかできなかった。


 ……待てよ、微妙に薄まったコーラ?


「……あの、雪菜」

「なんですか、空」

「これって、その……」

「間接キスともいいますね」

「そうとしかいわないんだよなあ!?」


 ふふふ、と、必死になった俺の言葉に心底愉快そうな微笑みを浮かべた雪菜の真意は、相変わらずわからないままだった。

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