第20話 千歌'sジェラシー
「空の浮気者」
帰宅するなりそんな言葉で幼馴染から罵られた俺の気持ちを答えよ、配点五点。
いや、そんなしょうもない独り言はどうでもいい。
なんで俺の家に千歌が当然のようにいるんだよ。しかもご丁寧にエプロンまでつけて。
「主語があるだけ進歩したとは思うけど、まずは状況を説明してくれないか」
説明は大事だぞ。周りがなにも説明しなかったから主人公のせいで世界がまた滅びの危機に瀕して阿鼻叫喚だったアニメ映画だってあるんだからな。
そんな話はともかくとしても、帰ってくるなり幼馴染が家にいて、エプロンをつけて俺を浮気者だと罵ってくるというのは一体どんな状況なんだ。
説明なしに理解できたらそいつはニュータイプだぞ。
「ふんっ、自分の胸に聞けー」
「浮気って……俺はただ、ゆき……水上さんとゲーセンで遊んでただけだぞ」
この程度のことが浮気に入るなら、世の中生きづらすぎるだろ。
膨れっ面の千歌に呆れ半分、溜息混じりにそう答えると、わかってないなこいつ、みたいな目で睨みつけられた。なんでだ。
「練習試合で頑張ってる彼女を応援もしないでほっといて、他の女の子と遊びに行く男なんだ、空は。おかげで負けちゃったじゃん!」
ああ、そういうことか。
確かに言われてみれば半分ぐらいはその通りだし、ソフト部には申し訳ないけど、例え千歌の助けがあったとしても、万年一回戦負けから抜け出せないくらい弱いチームの応援をなんでしなきゃならないんだ。
それに加えて、千歌の発言には不可解なところがある。
確かに俺は水上さん……じゃなかった、雪菜とゲーセンで遊んでいたけど、練習試合に出ていたはずのこいつがなんでそれを知っているのかがわからない。
「それについては悪かった。ただ、そもそもなんで俺が水上さんとゲーセンで遊んでたことをお前が知ってるんだよ」
「空が雪菜と二人でゲーセンから出てきたのを見たって写真が送られてきたからだよ!」
千歌が自信たっぷりにメッセージアプリのタイムラインを見せつけてきた通り、画面の中には確かに俺と雪菜が二人でゲーセンを出る瞬間が収められた写真が貼り付けられていた。
普通に盗撮じゃねえか。俺のプライバシーはどこにいったんだよ。
百歩譲って俺はいいとしても雪菜が可哀想だろうがよ、雪菜が。盗撮とか普通に怖いし泣くぞ。
「別に俺はいいけどお前、さすがに盗撮は雪菜に申し訳ないと──」
「……雪菜?」
「あっ」
勢いに任せて喋っていたら自ら地雷を踏み抜いてしまった。我ながらアホなこと極まりないけど、そういうことになる。
「ちょっと晩御飯の前にお話し合いしよっか、空」
「断る、長くなりそうだから」
「残念だけど断る権利も黙秘権も空にはないからね? ご飯冷めちゃう前に洗いざらい吐けー? 雪菜と二人っきりで、なにしてたのさー?」
じりじりと殺気を滲ませながら詰め寄ってくる千歌に若干の恐怖を感じながらも、俺は抵抗を試みる。
こちとら断じて、誓ってやましいことはなにもしていないのだ。
それどころかむしろ健全極まる遊びをしてたんだぞ。ゲーセンに行くこと自体不健全だといわれたらそれまでではあるけど。
「なにって、俺がやってるゲームを二人でチーム組んでやっただけだ。やましいことはなにもしてない」
「本当かー? 本当は隠れて二人でプリとか撮ったりしてたんじゃないのー?」
撮ってねえよ。
やたらと女子やカップルが吸い込まれていくあの箱がどんな機能を持っているのかすら知らないんだぞ、こっちは。
「ちょっとジャンプしてみてよ、プリがポケットから落ちてくるかもしれないから」
「カツアゲじゃねえか、やめろ」
「本当にやましいことがないって言えるなら、それぐらいはできるはずだよねー? それにさ、雪菜があんなゲームやるわけないじゃん。あの雪菜だよ?」
言葉の弾みだろうけどあんなゲームとはなんだあんなゲームとは。俺は真剣にやってるゲームなんだぞ。
確かにプレイヤーの治安が最悪なゲームではあるから仕方ないけども。
そう考えたらボロクソに言われても反論できないな、ちくしょう。
「そうはいっても事実は事実だから仕方ないだろ、それこそ雪菜本人にメッセージアプリで聞けばいい」
「むぅ……なんか上手く丸め込まれた気分」
釈然としなさそうに千歌は唇を尖らせながら、スマートフォンをタップする。
恐ろしく早い行動だ。
別に雪菜も変な答えを返したりはしないだろうし、これで誤解が溶ければ幸いだからなにもいうことはないけどな。
「さて、俺は質問に答えたぞ。次は千歌が質問に答えてもらう番だからな」
「む……なにさ、空」
「なんで俺の家にいてエプロンつけてるんだお前は」
そして父さんと母さんはどこ行ったんだ。
状況からして大方予想はつくけどさ。
「晩御飯作ってたからだよ? お義父さんとお義母さんは私が空の分の晩御飯作るからお二人でディナーに行ってみたらどうですか? って聞いたら全部任せてくれた感じ」
「まあ、そうなるか……」
父さん、母さん、いくらなんでも幼馴染への信頼が厚すぎやしないか。
そしてそんなことがあるなら息子に連絡の一つもよこしてくれよ。頼むから説明をしてくれ。
「そんなわけで今日の晩御飯は私謹製! 冷めないうちに食べちゃおう?」
「別に構わないけどさ」
「うひひ、空が夢にまで見た朝ごはんだけじゃなくて晩御飯まで面倒見てくれる美少女だぞー? 泣いて喜べー?」
夢にまでは見てねえかなあ。
でもまあ、事実は事実だし、「出されたものは食え」の家訓もある。
今日はありがたく千歌の晩御飯にあずかるとしよう。
踵を返すとふわりと漂うシャンプーの柔らかな香りに俺は苦笑を浮かべながら……ちょっと待て、シャンプーの香り?
「……そういえばお前、練習試合やってきた割に身なりが綺麗だけどもしかして」
「えっ? うん、空ん
当然の権利のようにしれっとそんなことを言ってのける千歌に、俺はただ愕然としてかける言葉が見つからなかった。
父さんも母さんもよく許可したよな。いくらなんでも幼馴染への信頼が厚すぎるだろ。
「うひひ、そっかそっかぁ、今日空が入るお風呂は私の残り湯になるのかぁ」
いたずらっぽい笑みを浮かべて、千歌は口元を掌で覆う。
こいつ、人がわざわざ意識の外に外そうとしていたことを。
「……飲むなよー?」
「飲むかバカ!」
ふざけた発言を秒で否定して、食卓につく。
並んでいたメニューは例によって味噌汁以外はレトルトのハンバーグやらサラダだったけど、作ってくれるだけありがたい。
まあ、他愛もない話に花を咲かせながら二人で夜飯を食べるのも悪くはない、か。
そんなことをぼんやり考えながら、俺は千歌と一緒に食事を終えて、皿を洗って、帰っていくのを見届けてから風呂に入った。
当然、残り湯は飲まなかったけどな。というか飲むやつなんかこの世にいるか。いてたまるか。
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