第12話 可愛さとはなんぞや
新しい朝がきた。希望がそこにあるかどうかは置いておくとして、一切眠れないままに。
いや、学生特有の寝てないアピールをしたいわけじゃない。俺は本来なら規則正しく二十四時には寝るようにしているんだから。
ただ、昨日ばかりは事情が違う。少なくとも言い訳の余地が残されている程度には。
つまるところだな、幼馴染から風呂上がりの自撮りを送られてきて、俺は一体どんな顔をすればいいんだ、という話だ。
笑って流せて幸せな気分で一眠りできるならそいつはリア充というかもうそういう領域も超越したなにかだろう。
想像もつかない領域の怪物にはかしこみかしこみお幸せになさってくださいとしかいいようがないとして、こっちは恋愛のれの字もわからないような
千歌がどこまで本気なのかよくわからない行動を取るのは割と昔からのことだった。
修学旅行の自由行動中にカラオケに行こうとか言い出したり、俺の読書感想文を丸コピさせてくれとか言い出したりとか。
枚挙にいとまがないとまではいわなくても、心当たりは結構ある。
だから今回の件も千歌の暴走、大方ろくでもないことしか書いてない恋愛情報サイトだとか雑誌だとかを見てのことだろう、と、脳の八割ぐらいそう理解できていた。
ただ、残り二割が冷静でいられないようで、俺の眠りは見事に妨げられていたし、今もメッセージアプリのタイムライン上には幼馴染の自撮りが残っている。
「これで俺になにをしろっていうんだ……」
開くつもりはない添付画像のURLを眺めて、頭を抱え込む。
なにってそりゃあ……言うだけ野暮なんだろうけどさ、千歌の中に本気でそういう期待が存在しているのか、それとも耳年増と暴走癖と深夜テンションがかけ合わさった結果なのか、まるで判断がつかないんだよ。
このメッセージアプリは、基本的に送ったメッセージを削除できない。
できたとしてもそれは自分の画面に表示されているタイムライン上だけの話で、送信先にはばっちり残されているのだ。
つまり、それだけの覚悟を持って千歌はあれを送ってきた。
そう見るのが多分妥当なのだろう。
だとすると、千歌の中にはそういう期待があるって話になってくるけど……正直死ぬほど複雑だ。
幼馴染を恋愛対象として見られるかどうか。
これがこの三ヶ月における賭けの全てなのに、そこをすっ飛ばしていきなりあれはいくらなんでもアクセル踏みすぎなんじゃないか。
まあ、概ねそんなことを一晩中悶々と考えていたせいで眠れなかったんだけどな。
一晩経っても頭に残っている辺り、結果がどうあれ強烈なインパクトを残すことには成功している。
そういう意味では、今回は千歌の方が一枚上手だったってことだろう。
「……でも、正直あれは『可愛い』と繋がるのか?」
「おっはよー、空! 朝からぶつぶつなに呟いてんの?」
ああでもないこうでもないと、垂れ流される思考を口にしていたら、モーニングコールをしにきた千歌が、いつの間にか部屋のドアを開け放っていた。
「お前が昨日やったことが『可愛い』と繋がるのかどうかを考えてた」
「よく撮れてたでしょ?」
ふふん、と鼻を鳴らして胸を張ってみせた千歌のことが一瞬わからなくなりかけたけど、よく見たら僅かに顔が赤い。
やっぱりろくでもない雑誌の記事でも斜め読みして、ことに及んだのだろう。
そう考えると少しはチャーミング……なのか? 昨日の夜から考え込みすぎて、なにがなんだかよくわからなくなってきた。
「な、なんだよぅ……そんなにじろじろ見るもんでもないでしょー?」
「恥ずかしがるくらいなら最初からやるなよ……」
「い、いいじゃん別に! それとも私、そこまで魅力ない……?」
赤い瞳を潤ませて、千歌は問いかけてくる。
やめろ、どう答えてもめんどくさい方向に転んでいく質問は卑怯だろ。
いやまあ、俺だって健全な高校生男子なんだから、正直思うところがないわけじゃあない。
だからといってだな、ここで素直に首を縦に振るのも負けた気がするし、プライドを優先して首を横に振るのは論外だ。
一体どうするのが正解なのか、知っているやつがいるなら神様だろうが悪魔だろうが教えてほしい。
気持ちに正直になるのならそれはもう、魅力的だよ。
千歌の陶磁器みたいにシミひとつない滑らかで白い肌とか、きゅっと引き締まったウェストラインとは対照的に自己主張が激しい胸と尻とかさ。
でもそれはやっぱり「可愛いと思うかどうか」とは微妙にズレてる気がするんだよな。
「魅力はある、めっちゃある。でも昨日の自撮りはお前が意図してる方向とは大分違う気がする」
「……むぅ、そっか……でもさ、空は私のこと魅力的な女の子だって思ってくれてるんだよねー? うひひ」
「……いや、そりゃあ俺も健全な男子高校生だし」
「うひひ、素直じゃないなぁ……でもいっか。空がそう思ってくれてるならあとは私のこと、世界で一番可愛いって思わせれば勝ちだもんね」
勝ち負けの問題じゃない気がするんだけどな。
なんて、嬉しそうに一階へと降りていく千歌の背中を見ていると、とてもじゃないけど言えなかった。
俺もまた、どこかこそばゆい気持ちを抱えながら一階まで降りる。
今日もまた炒飯なんだろうか、とぼんやり考えながらリビングのドアを開くと、漂ってきたのは中華風の香り……ではなく、実に「日本人の朝食」然とした、味噌汁と焼き魚の香りだった。
「すごいな、なんかこう……感動的なくらい普通の朝飯だ」
「そうだろそうだろ〜? いやー、昨日の炒飯から考えられないくらいには成長したよね、私」
ふふん、と得意げに、千歌は豊かな胸を張った。
多分この焼き魚はコンビニとかで売っている最初から骨を抜いてある、温めるだけで食べられるやつだろう。どことなく見覚えがある。
それでも朝からカニカマ炒飯で昼も同じものを食べることになった昨日よりは破格の大進歩だ。
「そうだな、めっちゃ驚いた」
「うひひ、それじゃあ今日のお弁当も楽しみにしといてよね、空!」
きっと頑張って手作りしたのであろう、不揃いに切られた大根が転がっている味噌汁を啜りながら、俺は千歌の言葉に頷いてみせる。
なんとなくだけど、自撮りをもらったときよりも、その言葉の方が心の奥底をくすぐられたような感じがしたのは、多分気のせいだろう。
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