第2章 クラスで一番可愛い君の

第11話 反省会とご褒美と

 家に帰ってまで千歌が押しかけてくるようなことはなく、無事平穏に夜飯と風呂を終えた俺は、ベッドの上に寝転がっていた。


 なんだか憑き物が落ちたような……っていったら流石に失礼か。気を張りっぱなしだったのもあって、一気に力が抜けていく。


 ああ、このまま微睡みの淵にダイブするのも悪くはないな。

 なにも考えずに布団と同化して朝までぐっすり眠ってしまいたいところだったけど、さすがにそれはまずいことぐらいは俺でも理解している。


 キャビネットの充電コードに繋いでいたスマートフォンを手に取って、メッセージアプリのアイコンをタップ。

 そして、そのまま友達リストの一覧から、堂々たる自撮りな千歌のアイコンを選択してトークルームに入室する。


「……開いたまではいいけど、なに言えばいいんだろうな」


 よくよく考えてみたらタイムライン上にずらっと並んでいるメッセージの大半、九割ぐらいは千歌から送られてきたもので、俺はそれに対して返信をしているだけだった。


 うーん、我ながらひどいコミュ症だ。

 コミュニケーションは得意な方だと自負してたけど、その認識はどうやら間違っていたらしい。

 一つだけ言い訳の余地があるとするなら、今の俺と千歌は幼馴染じゃなく、三ヶ月という期限つきの、仮初の恋人ってところだけど。


「都合よく立場を使い分けるなって話なんだよな……よし、適当に送っておくか」


 こういうときだけ擬似的な交際関係だから仕方ないと自分を甘やかしているようでは情けないにも程がある。

 千歌がなにを考えているかはわからないけど、元々俺が引き金を引いて始めたことなんだから、始末は自分でつけなきゃならない。


『土方:元気か?』


 ぽこん、とタイムラインに新しく打ち込んだ簡素なメッセージが浮かび上がる。

 これが正解なのか不正解なのかでいわれたらまあ恐らく不正解なんだろうけど、天気の話を振るよりマシだろう。

 そんなことをぼんやり考えているうちに、一分も経たず既読の二文字が送信時刻の上に表示された。


『ちか⭐︎:空から連絡なんて珍しいじゃん』

『ちか⭐︎:で、どしたの?』


 ぽこんぽこん、と電子音が二つ。

 千歌からの返事はほとんどノータイムだった。

 女子という生き物はとにかくメッセージを送るのが早いものだという、根拠もない俗説を信じてみたくなる。信じたところでなんだって話ではあるけどさ。


 それにしてもどうしたの、か。

 千歌からの問いに対して、俺はスマホを宙に掲げながらしばらくごろごろと考え込む。

 いや、考えるというよりは現実逃避に近いか。


 聞きたいことはあるんだけど、自分から聞きにいくのはちょっと恥ずかしいと会う思春期特有の感情が邪魔をするからだ。

 とはいえ、このまま恥ずかしがっていたところで埒が開かないのも確かだった。

 だから、俺は腹を括って返事を打ち込む。


『土方:いや、一応デートなのに台無しにしちまって悪かったな、と思って』


 ゲーセンで遊ぶといったって、他人がゲームしてるとこなんて見てもあんまり楽しくはないだろう。

 そういう意味では、俺が苦手だろうとも金を犠牲にしようとも千歌と歩調を合わせるべきだったのだ。

 ゲームが上手いのに女の子の扱いが下手。まさしく帰り際、からかわれた通りだった。


『ちか⭐︎:ねえ、ちょっと通話いい?』


 そんな俺の些細でどうでもいいプライドと罪悪感との葛藤の末に出てきた言葉に対して返事は保留して、千歌はそんな疑問を投げかけてくる。

 別にテキストチャットでも通話でも俺としては構わなかったし、こっちのわがままを通した都合、あっちの要望も聞いて然るべきだろう。


『土方:別に構わないけど』


 ぽこん、とタイムライン上にメッセージが浮上したあと、一秒も経たない内にスマートフォンが奇妙な電子音と共に震え始める。

 その速さに驚きつつも応答のアイコンをスライドさせて、俺は千歌との通話を繋いだ。


『やっほー、空』

「ああ、うん。元気そうだな千歌も」

『元気元気、超元気だよ私』


 なんでそんなに元気なのかは知らないけど、めちゃくちゃ調子がよさそうに千歌は電話越しにそう答える。

 俺は結構後ろめたいというか申し訳なさで背中が重いんだけどな。


「さっきの件だけどさ」

『ああうん、デートのこと? まーそうだね、空が言う通り女の子ほっといてゲームしてたら減点も減点、大減点だよ』


 千歌は苦笑気味に冗談めかして喋っていたけど、彼女がほしい彼女がほしいとあれだけ嘯いていて、いざ仮初とはいえ彼女ができたのにその子を放ってゲームしてたっていうのは結構な大罪なんじゃなかろうか。


 そう考えると、胃が痛くなってくる。


「……ごめん」

『いやいや、私実は結構嬉しかったんだよ? 空がさ、自分からそういうことに気づいてくれたり、一応とはいえ私を彼女扱いしてくれたりさ』

「そんなもんなのか……?」


 よく鈍感だとかは千歌に怒られてるから、そう考えると進歩はした方なのか?

 それにしたって、あまりにも小さな一歩すぎて気づかないようなレベルだけどさ。


『そんなもんだよー? うひひ、鈍感な空もちゃんと男の子してくれたんだなって』

「それは……一応だけど付き合ってるから」


 まだ千歌のことを恋愛対象としては正直見られていない。

 それでも、名前だけだとしてもそういう関係になったのなら、相応の立ち振る舞い方があるというものだ。


『……お、おぉ。意外……そうだよね、私たち一応付き合ってるよね』

「なんでそっちが自信なさげなんだよ」


 それこそこっちが意外だよ、その反応は。

 妙にしおらしい千歌のリアクションに、思わず苦笑してしまう。

 どっちかというと、俺のことを散々からかってくるもんだと思っていたからな。


『空が塩対応ばっかしてくるからでしょーが』

「それは……まあ」

『全く……ま、でも気づいてくれたってことで、それだけでもご褒美あげちゃう』

「そりゃどうも」

『ってことで通話切るね!』


 ……ん?

 話がどうにも繋がっていないような違和感がある。

 ぷつり、と回線が切れる音を立てたスマートフォンは沈黙したままで、一体千歌はなにを企んでいるんだと身構えた、刹那。


『ちか⭐︎:そんなわけで彼女からのご褒美だぞー? 泣いて喜べー?』


 そんなメッセージが、画像のURL付きでポップアップしてくる。

 なんだろう、ろくでもないことがする予感があった。

 嫌な予感に身構えながら、恐る恐る、そのURLをタップしてみると。


 ──スマートフォンの画面いっぱいに表示されたのは、バスタオル一枚だけを巻いて姿見の前で自撮りをしている千歌の写真だった。


「げほっ、げほっ! あ、あの野郎……!」


 ご丁寧に深い谷間まで写してあるこれをどうすればいいんだ、俺は。

 今頃千歌は大爆笑しているところだろうか。

 だとしたら、してやられた。


 とりあえずその画像を保存したものかどうか小一時間悩みつつ、結局タイムライン上に置いたまま端末には保存せず、眠りについた。


 まあ、なんだ。結局寝られなかったけどな。

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