第3話 : 飛ばせないタイプのチュートリアル
◇
「ただしピンを刺したモンスターを3分以内に倒せないと、君は死ぬ。」
告げられた代償に、俺は暫し啞然としていた。
「こう、もっと他に何かない?例えばそのスキルのデメリットない版とかさ。」
「そんなものはない。これより強くてデメリットがないスキルなんて、
前任の強者たちが全部持って行ってしまったからな。
例えば全身を機械みたいに変形出来るスキルとか。
まあ残り物には福があると言うし、気楽に行こう。」
口ぶりからして、俺が来る前は他のスキルもあったらしい。
それもこれより強力で使い勝手も良いやつだろう、例を聞くだけで分かる。
「まあ使用感が分からなくて即死されても困る。
ここらでチュートリアルくらいはやっておこうじゃないか。」
少女が指を鳴らすと同時に、自分達の少し右方向に、木で出来たマネキンが出現した。
頭には点と線で出来た目と口が描かれている。
「まずは指鉄砲のポーズを取ってみよう。指鉄砲は知ってるな?」
俺は手のひらを開け、そこから小指と薬指を閉じた。
そうして出来た手を傾け、腕をピンと伸ばし、ゆっくりマネキンのほうに向ける。
「そう、それでいい。そうしたら腕に力を込めろ。軽くでいい。」
言われた通り軽く力を込めると、パァン!という音とともに、
マネキンの胸元に何かが刺さった。
弾らしきものは見えなかったが、当たったようだ。
見れば、胸元に刺さっているのはまちばりのような形をした赤色のマーク、
そしてその上に浮かぶようにして表示されるのは [3 : 00] という数字。
「今は念のためカウントを止めている。ピンを刺せたようなので進めるぞ。
ちなみにそのピンは君にしか見えない。」
少女がそう言うと、マーク上の数字が進み始めた。
と同時に、身体にとてつもない高揚感が漲る。
「ピンを刺した相手が視界に入っている間だけ身体能力が急上昇する。
試しにマネキンに向かって走ってみてくれ。」
マネキンに視線を合わせ、クラウチングスタートの姿勢を取る。
もし本番の戦闘なら、こんな悠長なことをしていたらあっさり死んでしまうが、
幸いここはチュートリアル。
何かあっても少女が止めてくれるだろうという、根拠のない安心感があった。
頭の中で鳴らした空砲に合わせ立ち上がる。
そして駆け出した瞬間。
俺はマネキンがいる位置を通り過ぎ、空間の壁に激突した。
マネキンが視界から外れたため、高揚感が消える。
幸い激突による負傷は無い。
早すぎる、いくらなんでも。
もう一度マネキンのほうを向き直し、再び駆け出す。
今度は駆け出した瞬間にかかとを落とし、ブレーキをかける。
結果は上出来、マネキンの眼前で止まることに成功した。
「お、上達が早いじゃないか君。じゃあ次はそのマネキンを殴ってみてくれ。
蹴りでもいいぞ。」
言われた通りマネキンを殴ってみる。
拳が当たってすぐ、マネキンの木目に沢山のひびが入る。
すかさずもう一度拳を入れると、マネキンはそのまま大破した。
辺り一面に木くずと木の板が散らばる。同時にマークと高揚感も消えた。
「使いこなせているじゃないか。
そのマネキン、
一番最初の奴は2発拳を当てれば倒せると思っておいていい。」
2発拳を当てた程度で倒せるような奴が、何人もの強者を返り討ちに出来るわけがない。
本当にこの程度の耐久力なのだろうか、俺は訝しんだ。
「あとはそうだな。まず一度ピンを刺してから再度刺すまでには、10秒間の猶予が必要だ。連続で刺し放題というわけではない。
次にこのピンは、分裂したとかの例外を除いて、絶対に1つまでしか存在出来ない。複数のモンスターを相手する時は気を付ける事だ。
そして最後、君は賢いから、
『モンスターに交互にピン刺せば実質代償を帳消しに出来るのでは』等と思ったかもしれない。
もしそう思ったのなら訂正しておくが、制限時間はピン側で記憶される。
つまりどういう事かというと、ピンが刺さっているモンスターを倒すまで、
いくらピンを刺し変えても制限時間はリセットされない。」
「へい。」
返事はしたが、ほとんど聞いちゃいなかった。
「スキルのチュートリアルも終わったところで、いよいよ君を異世界に送る。
ついたらまずは『パーティー結成お手伝いします』と書かれた看板を掲げている店へ行き、仲間を集めることをお進めする。
旅のお供は1人より2人のほうがいいからな。
あとそうだな、学生服だと馴染みづらいだろう。
服も君が普段使っている私服に変えておく。」
そう言うと少女は何かを唱えた。
直後、少しづつ目の前が光に包まれていく。
眩しくて、とっさに目を閉じた。
◇
目を開けるとそこには中世のような街並みが広がっていた。
高揚感が消えていることを確認し、歩き始める。
今いる場所は街の中心辺りだろうか。
ふと、ポケットに何かの感触がした。取り出してみると、金貨が入っている麻袋が出てきた。
あの少女が持たせてくれたのだろう、大事に使おう。
横を見てみると偶然立てかけられていた鏡が目に入る。
そこには学生服でなく私服を身につけた俺がいた。
ここに来る前に少女が言っていたので、
これも少女がしてくれたもので間違いないだろう。
そういえば、『パーティー結成お手伝いします』と書かれた看板を掲げている店に行けと言われた気がする。
1人で
探そう、一緒に戦ってくれる仲間を。
こうして、俺の異世界ライフが幕を開けた。
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