第9話 ユーフォリック
7月中旬。琵琶くんが釈放された。俺たちは、琵琶くんを警察署に迎えに行った。
冷房の効いた署内。椅子に座って待つ。
しばらくすると、署員に連れられて、琵琶くんが歩いて来た。
琵琶くんは、こちらを見ると、怯えたような表情を見せて、頭を下げた。
「俺らのことなら気にすんな。またバンドやろうぜ。」
「ダメです、俺はもう、高校も退学になったし…一緒に居るとみんなに迷惑がかかる…」
「大丈夫だ。とりあえず、行こうぜ。」
署を出ると、暑い日差し。四人で夏の街を歩く。
実は俺たちは、百鬼さんから四人で「FOOLISH」に来い、と言われていた。
街を歩いていると、道行く人たちが、俺たちに携帯を向ける。世界は変わってしまった。
「え?ここって…」
「そ。」
駅前のビルに入る。階段を登る。事務所のドアを開ける。
「よく来たな、お前ら。」
百鬼さんが、ブラインドを下した窓際に座っていた。
「ええ。それで、用事って?」
「お前らの‘‘死に場所‘‘を用意してやったから、聞け。」
「な、今から殺されるんですか⁉」
「アホか。」
百鬼さんに笑われる。
「お前らのバンドの、死に場所だ。」
「俺らのバンドの、死に場所…?」
百鬼さんが、一枚のフライヤーを机に投げる。全員で見る。
『或町文化会館 夏の音楽フェスティバル ‘‘TROPICAL LOVE‘‘ 2024』
「…これって。」
「うちの市が毎年夏にやってる、音楽フェスじゃないですか。」
「俺らにこれに出ろ、って言うんですか?」
百鬼さんが無言で頷く。
「近年、こいつは客の入りが悪くて開催が危ぶまれててな。ラストチャンス。
今年、客を集められないと、来年から開催が、パーだ。そこで目玉になる演者が欲しいそうだ。」
「まさか、その目玉になるバンドってのが…いやいやいや。」
「チケットもTシャツもなんもかんも俺らが売ってやる。お前ら、これに出ろ。」
「出れるわけないでしょ。僕、逮捕されたんですよ。」
「コネがある。」
「…」
「ここでケリつけろ。」
メンバー全員、顔を見合わせる。しかし…
俺はふと、思い付いたことを口にした。
「言われて見りゃ、俺らまだ、一度も人前でライブしてない、よな。」
「え?」
「おい。」
「あっ。」
全員が、そう言えば、という顔をする。
「待て、社会的影響がデカすぎる。俺ら全員、下手すると一生、笑われるぞ。」
「…」
「それでもやるのか?」
「馬鹿な事、言っていい?」
「なんだよ。」
「ここでやらなくて、何がロックだよ。」
「いや、お前はロックの定義を履き違え…はぁー。つまらん大人になったな、俺も。」
「私も、ロックぶちかましたい。」
「鹿嶋…お前。」
「僕、ライブしたい。」
俺たちは、稀代のアホ、いや、向こう見ずだった。俺たちは。
「出ます。」
気付けば、こう答えていた。
百鬼さんが、ニヤッと、笑う。
「よし。んじゃ、合宿行ってこい。」
「合宿?」
「トリが下手クソな演奏じゃ、締まらんだろう?」
そりゃそうだ。
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