第8話 少年D

その日の夜。ある公園で。松下はある男に呼び出されていた。

「よう、松下。」

「佐竹。今更、なんの用だ。」

男は煙草を手に戻すと、言った。

「単刀直入に言う。松下。もう一度、バンドに戻ってくれないか。」

「何、言ってんだ。」

「俺ら、今すげぇ調子よくてさ。今度、メジャーに行かないかって話が出てるんだ。」

「…っで?」

「プロデューサーがさ、前のドラムを呼び戻せ、って言ってんだ。」

「…そんな理由かよ。」

「けどよ、アルマジロ・ガーデンを作ったのはお前だろ?

誰よりも売れたがってたのはお前じゃねーか。」

「昔の話だ…もう辟易したんだよ。」

「みんな、お前に戻ってきてほしいんだよ。」

「…」

「いい返事、待ってるぜ。」

…男は去っていった。ひとり、公園に残された松下は舌打ちした。

心のどこかで、誘いに喜んでいる自分に。

6月末。季節は夏に移り変わろうとしていた。

高校にて。昼休み、琵琶は、人気のない廊下を歩いている。

背後から他の男子生徒が三人。

「おい、健次~、お前、バンドやってんだって?」

「…」

「お前がお仲間とつるんでスタジオ入ってくとこ見たやつがいんだよ。

お前ごときがバンドとか、生意気なんだよコラッ!」

琵琶は突然、殴られる。

「うッ。」

「お前は黙って勉強してろ、親父にいじめられてろ!」

「…何?」

「知ってんだよオ。お前、父親に虐待されてたんだろ?ハハハッ。

一生、施設にひきこもってろ!」

琵琶はカッとなって、持っていた筆箱の中にあったカッターナイフを、

その生徒に振りかざした。偶然、首に当たってしまった。

「うわあああ!おい、おいおいおい、血ぃ出てんぞ~ッ!」

「こいつ、やっぱやりやがった!」

「ハハハ、父親と同じだ、同じだあ~ッ!」

「やめろおお!」

琵琶は、さらにカッターを振り回す。カッターの先端は、別の生徒の腹部に刺さった。

「う…!いってええ…」

生徒が倒れる。そこに、騒ぎを聞きつけた教師が駆け込んできた。

「何をやってる、やめないか!」

琵琶はその場で取り押さえられた。

…結果的に、他生徒からの常習的ないじめが把握され、刺された生徒も一命を取り留めたものの、琵琶は逮捕された。

7月。学校での騒ぎを、ニュースで見た。と、俺の携帯に松下さんから連絡があった。

『至急:逮捕されたのは琵琶らしい。今、俺のところにFOOLISHから連絡があって、

ライブはダメになった。』

琵琶くんが…⁉その時。鹿嶋からもメールが来た。

『三人で話そう。私の家に来てください。場所はここです。』

俺は、家から出て、街を歩き、指定された場所に行く。そこには、小さな平屋があった。

チャイムを鳴らす。鹿嶋が、玄関から出てきた。

「いらっしゃい。」

「ああ、上がらせてもらうわ。」

庭を眺める部屋には、陽射しが舞い込んでいる。部屋はかなり散らかっていた。

「そこ、お母さん寝てるから、気を付けて。」

見ると、鹿嶋の母親が、床でごろ寝していた。

「お、おう。」

玄関のチャイムが鳴る。

「あ、松下くんかな。」

鹿嶋は、玄関に向かった。

「おじゃまします。」

律ちゃんが部屋に来る。三人で、机の周りに座る。

「話は、バンドの今後だよな…」

「そう。そうなんだけど、これ、知ってる?」

「ん?」

鹿嶋が、携帯を差し出す。

「…なんだこれ。」

『同級生を刺した少年B、まさかのバンドを組んでいた。これが実際の写真である。』

見ると、タイムラインから出てくる、俺、鹿嶋、律ちゃん、琵琶くんの姿が捉えられた画像が、

画面いっぱいに出ている。目にはモザイクがかかっている。

「今、私たち、炎上してるんだってさ。」

「炎上、だあ?」

「面白半分で、私たちを特定して拡散してる人たちもいる、って。実際、私らの名前も出てるの。」

「マジか…」

「私、さっきバイト、クビになっちゃった。」

「チッ、ふざけた社会だな。」

「どうする。ん?」

律ちゃんの携帯が鳴った。

「ああ、やっぱな。」

「どうしたん?」

「いや、ただのくだらん宣伝のメールだった。」

「そっか…」

俺たち三人、床にゴロンと仰向けになる。若干煤けた、白い天井が見える。

「…」

そのまま、日が暮れた。

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