第5話 錬金術
「そうなの?」
「はい。あんま外出ないんで…」
「へぇー、はじめてなんですね。」
古島さんと鹿嶋さんが顔を見合わせる。
「とりあえずアンプ、鳴らしてみなよ。」
アンプ…?よく見ると、部屋の隅にはどでかいアンプ、あれだ、マーシャルのアンプだ。
があった。俺はケースを開く。中から飛び出るテレキャスター。
「あ、テレキャスだ。」
鹿嶋さんがなにやら目を輝かせてギターを見ている。
「君、テレキャスター使ってるんだ。そのギター、随分年季入ってるね。」
わかりますか。そりゃそうだ。
「おじさんがくれたんです。」
「へぇー。」
「じゃあ、アンプと繋ぐよ。」
「はい。」
古島さんはテレキャスとアンプを、シールドというケーブルで繋ぐ。
「真空管温まるまで、ちょっと待っててね。」
3分後。
つまみをいじる。徐々に、アンプから音が出てくる。
「これで弾いてみな。」
「いいんですか?」
「そのためのスタジオさ。」
俺は、つまみを上げる。すごい、なんかやべー音の予感がする。
「…」
息を吸って、右手を振り上げる。
弾く。────雷鳴。瞬間、俺の半径5メートルに、雷鳴が轟いた。それは、地響きにも似ていた。
なんだ、この音は。今まで結構弾いたけど、こんなギターの音、聴いたことがねぇ。
しばし、謎の放心状態。振り返ると、2人が驚いていた。
「すごい音…」
「久しぶりに、とんでもないもんを聴いたよ。」
「俺が…ですか?」
俺は、ひょっとして稀代のギタリス、
「いや、そのギター。」
「ですよね。」
「もっと弾いてみて。」
「はい。」
俺は、手癖満載のギターを弾く。尚も、恐ろしい音が鳴り響く。
古島さんが、真剣な表情で俺を見る。
「串田くん。このギターでバンドやれ。」
「え?」
「あの。私、合わせてもいいですか?」
「ああ、やってみよう。」
‘‘ジャズマスターがログインしました‘‘。ってな感じで、鹿嶋さんも参加する。
自前のアンプと、エフェクターボード。
「私、準備OKです。」
「じゃあ、Eのキーで行こう。」
「ええ。」
「1、2、3、サッ」
打ち鳴らされる、鋭角な雷鳴と幻想の歪み。そこには、俺の求めるオルタナの音があった。
俺は今、求めていたものを奏でている。すげぇ。
────二時間は、あっという間だった。
そして、終わった頃に、俺と鹿嶋さんは、ひとつの結論に達した。
「俺たち、」
「私たち、」
同時に。
「バンド組もう。」
「バンド組みましょう。」
かくして、ギターが、仲間に加わった。
セッションの興奮も冷めやらぬ翌日。
俺は、夜の街を歩いていた。缶コーヒーを飲みながら歩いていると。
俺の横を、なんか見覚えのある人が通り過ぎた。
「あれ?」
向こうも俺に気が付いたのか、こっちを振り向く。
「あっ。」
「あの、一休書店の店員さんですよね。」
「ああ、やっぱ、‘‘聖書のお兄さん‘‘。」
…聖書?あ、そういえば、前に買ったっけな。
「今、別のバイトの帰りで。偶然だね。」
「ほんとですね。」
「ちょっと話でもする?」
「是非。」
という訳で、近くの公園で雑談が始まった。
「へー、俺の二個上なんですね。」
「そ。大学やめてからは、しがないフリーターよ。」
「はぁー。ひょっとしてお兄さん、音楽好きなんですか?」
「なんで?」
「いや、中に着ているTシャツがバンドTなので。」
「はは。バレたか。そ。一応、好きだよ。」
「そういえば、音楽といえば、なんですけど。」
俺は、最近のことをお兄さんに話した。すると、お兄さんの目の色が変わった。
「え?お前、鹿嶋えい子とセッション、いや、バンド組んだの?」
「え?そうですけど。鹿嶋さんのこと、ご存じなんですか?」
「ああ。あの子、俺、密かに注目してて。すげぇギター弾くよな。」
「ええ、ええ。」
「あのさ。」
「?」
「俺、ドラム叩いてるって言ったら、笑う?」
「お兄さん、ドラムやってるんですか?」
「まぁ、ちょっと、な。」
こ、これは、まさか…
「今度、俺、お前とスタジオ入っていい?」
「是非!よかったら、後で鹿嶋さんにも連絡してみます。」
「マジか。俺、松下っていうんだ。松下 律(まつした りつ)。」
「あ、俺、串田秀太です。よろしくお願いします。」
「よろしく。」
俺たちは、握手を交わした。
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