23.継承式、それから婚約式(1)

 あっという間に男爵位の継承式の当日がやってきた。


 あっいやもちろん、それまではラルフ様と打ち合わせたりレティシア様にお礼に伺ったり、アルトマイヤー伯爵つまりお義父様にご挨拶したり、ラルフ様の妹君にご挨拶したりと、息つく間もない忙しさだったんだけど。

 そのせいでお嬢様の侍女の仕事が休みがちになってしまって、お詫びするハメになった。


「いいのよ。爵位の新規継承式典の準備なんて忙しいに決まっているのだから、終わるまではそちらに集中なさい」


 いつものように澄ました顔でお嬢様は仰った。それでも婚約式が延期になっただけまだ楽になった方だと思うわ、とも仰られて、なるほどそれもそうかと納得してしまった。


 婚約発表は1年先延ばしになった。亡くなられたのがお義兄にい様なので、服喪期間もけっこう長いのだ。

 まあでも、これが仮にお義父様やお義母様だと3年だったので、そうではなくて良かったと思うようにしよう。……と言ってしまうと、お義兄様には申し訳ないけれど。


 あとぶっちゃけてしまえば、公式発表が・・・・・されただけ・・・・・なので、事実上私はすでにラルフ様の婚約者と認定されている。アルトマイヤー伯爵家だけでなく、社交界全体がそういう認識なのだそうだ。

 ただ、ラルフ様は正式にウェルジー男爵になるわけだけれど、私を婚約者として夜会に連れ出すことはない。お義母かあ様の私への“後継者教育”が始まっていることを分かってらっしゃるので、本当に必要な場面以外は誘ってくださらない。教育の一環で夜会に出る必要がある際にはお義母様からご指示があるので、それまでは待機だ。

 あと、ラルフ様も私も公爵家の奉公は続けている。私は賠償があるから当然だし、ラルフ様は寄子として、次期アルトマイヤー伯爵として立場をはっきりさせるためにも辞めるわけにはいかない。



 会場として提供していただいたリュクサンブール宮殿は、規模こそ小さいけれど壮麗にして豪奢、リュクサンブール大公家の栄耀栄華が詰まっていると万人に思わせる離宮だ。実際にお借りしたのは小ホールだけど、当たり前のようにアクイタニア公爵家の夜会用の大広間よりも広くて豪華だった。小でこれなら大ホールってどんなんや。


「ご機嫌よう、コリンヌさま」


 式典の前、控室にレティシア様がご挨拶に来てくださった。

 ろくに交流もできてないのに、本当にこの方にはお世話になりっぱなしで、頭が上がらない。というかむしろ、なんで?って気持ちの方が強い。


「このたびは本当に、ありがとうございましたレティシア様。この御恩は、必ずどこかでお返ししますから」

「いいのよ、お気になさらないで」


 そう言ってころころと微笑わらうレティシア様は相変わらず女神様みたい。本当に私とひとつ違いなのかこの方。


「ふふ。わたくしがなぜこうも貴女に執心しているか、実は少しだけ疑ってらっしゃるのではないかしら?」

「えっ、ええと……」


 やっべ、また顔に出てたかな?


「貴女はね、わたくしと“つい”になる方なの」


 内心で焦っていると、女神様がなんかヘンなことを言い出した。


「対、とは…………?」


「貴女のその白銀の瞳。珍しいって言われるでしょう?」

「え?ええ、まあ」


 確かに、私以外で見たことがないくらい、この瞳は珍しい。けれど私は白加護だし、瞳もどちらかと言えば銀じゃなくて明るい灰色と言ったほうが正しい気がする。

 ちょっと輝きを含んだだけの、ただの白灰の瞳。そう考えた方が、平凡な私には似つかわしい。


「貴女はね、“銀の加護”をお持ちなの」

「えっ?……なんです、それ?」


 銀の加護とか聞いたことない。加護と言えば黒、青、赤、黄、白の五色のはず。


「そしてわたくしは“金の加護”なのよ」


 確かにレティシア様の瞳は眩しいくらいにキラッキラの金色で、これもまた見たこともないほどだけど。

 でもそれって、リュクサンブール家の血統とかそういうもんだと思ってたのだけど。


「金の加護は陽神太陽、銀の加護は陰神の力を得ているの」


「えっ、陽神って黄加護の神様じゃ?そして陰神は白加護の神様ですよね?」

「世間ではそう言われているわよね。でも本当は独立した加護なの」


 じゃあ加護って本当は七色あるってこと?


「世間ではまだ知られていないことよ。知られたらきっと大騒ぎね」


 ただ残念なことに、どちらの加護もほとんど持つ人間がいないのだと、残念そうに仰るレティシア様。比較的金加護の多いリュクサンブール大公家でもレティシア様ほど強い金加護はおられないのだそう。


「でもわたくしは、白加護だと言われて自分でもずっとそう信じていたのですが……」

「そうね、貴女は白加護が強くて、銀加護は少しだけね」

「えっ、じゃあ“二重加護”なんですか私!?」


 二重加護なんて蒼薔薇騎士団当代勇者パーティの法術師ミカエラ様くらいしか知られてないと思うけど!?


「ふふ。実は多くの人は何かしらの二重加護なの。三重の方もいらっしゃるわ。世間ではほとんど知られていないし、どちらかに偏っていると強い方のみで判定されることも多いのだけれど」


 あ。それで私、白加護だって言われるのか。


「加護の研究はまだ明らかになっていないことも多くって、学者たちも発表できない話が多いそうなの。だから今の話も、わたくしと貴女の秘密にしてね」

「はっ、はい……」


 うわーそんなキラッキラの笑顔で言われたら逆らえないよう!


「でもとにかく、こんなに身近に銀の加護を見つけられてわたくしとっても嬉しかったの!だからこれからも、仲良くしてくだされば嬉しいわ!」

「は、はあ。わたくしで良ければ……」

「それにね、わたくしは金の加護が強すぎて、他の加護を持っていなくて。世間では“加護なし”だって思われているの。ですから二色お持ちのコリンヌさまが羨ましくって!」

「えっ、そ、そうですか?」


 そんなこと言われても。

 銀加護になんの力があるかさえ分からないのに。


「しばらくはお互い忙しいと思うけれど、そのうち私たちで加護の研究がしてみたいと思って。どうかしら?」

「い、いやあ、わたくし程度がお役に立てますかどうか……」


 そりゃレティシア様は〈賢者の学院〉の“知識の塔”の首席ですから色々お知りでしょうけど、私なんて淑女教育もまだまだ途中ですからね……。


「ふふ。あくまでもまだまだ先の話だから、今は覚えていてくださるだけでいいわ。とにかく、そういうことですから!」


 うわあ、もしかして私、メンドクサイお嬢様に捕まっちゃったんじゃ……?


 そう言って手を振って離れて行ったレティシア様は、すぐに灰熊くまみたいな巨人の騎士様に駆け寄られて、そのままおふたりで去っていかれた。いやあの騎士様?めっちゃ強面で超デカくてマジ怖かったんだけど。あんな人?について行って大丈夫なのあの方!?


「ああ、今の方は西方騎士団にその人ありと謳われる“大巨人アンドレアンドレ・ザ・ジャイアント”だな」

「えっ何ですかそれ!?」


 後ろからラルフ様にお声をかけられ、ビックリして振り返りざまに聞き返してしまった。

 お願いですから内心を後ろから読むのやめてください!


「聞いて驚け、レティシア様の婚約者だそうだ」

「ウッソぉ!?」

「本当だ。なんでもレティシア様が5歳の頃に一目惚れされたそうでな、その頃から一途に想いを寄せられて、最近ようやく口説き落とされたともっぱらの噂だ」

「マジなんだ…………」


 ていうか足かけ…………12年!?

 一途にも程があるでしょそれ!!



  ー ー ー ー ー ー ー ー ー


【注】

レティシアは金8:黄2で金加護(単独)。コリンヌは白7:銀3で白と銀の二重加護です。

ちなみに今回名前の出てきた法術師(=聖職者)のミカエラは、青6:赤4で青と赤の二重加護。加護の色は瞳の色に反映される設定で、ミカエラは青みの強い紫の珍しい瞳をしています。


そんなミカエラと蒼薔薇騎士団がメインキャラとして出てくる長編『落第冒険者“薬草殺し”は人の縁で成り上がる』もよろしくお願いします!

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