20.まさかの再会

 次の週、つまり花季かき上月じょうげつ下週げしゅうに入って、私はラルフ様に連れられてアルトマイヤー伯爵家の首都公邸にやってきた。

 ブロイス帝国からの投降貴族らしく、伯爵家にしては慎ましやかな目立たないお邸だ。まあ普段から公爵家の壮麗なお邸を見慣れている分、余計にそう・・見え・・てしまう・・・・のかも知れないけど。

 馬車が正門を潜って、正面玄関前の馬車停まりで停まる。ほぼ同時に玄関が開いて、執事以下使用人たちが総出で出迎えてくれた。

 その中を、ラルフ様にエスコートされて馬車から降りる。


「ようこそいらっしゃいました、コリンヌ様。アルトマイヤー伯爵家使用人一同、心より歓迎申し上げます」


「あの、わたくしは姓なき平民ですので、過分なお心遣いはどうか無用にお願い致します」

「何を仰いますか。貴女様はゆくゆくは伯爵夫人、この邸の女主人となられるお方でございます。ゆえに現在のご身分など関係なく、我ら使用人は取るべき態度を取らせて頂くのみでございます」


 やだもう。お義母かあ様の前に執事さんが手強いわ!そりゃ蔑まれるより何倍もいいけど、これはこれで逆にムズムズする!


「カールマン、早速で済まないが母上にお会いしたい。どちらにおられるだろうか」


 あっ執事さんのお名前、カールマンさんって言うんだ。お顔立ちからしてもやっぱりブロイス系よね?もしかしてこのお邸の使用人みんなそう・・なの?

 とかちょっと思ったけれど、もちろん口にも顔にも出さない。ガリオン我が国は元々西方世界各地から多くの民族が集まっている多民族国家だし、人の出自を過度に気にするのは民族差別にも繋がりかねないから忌避すべきこと。

 でも、同郷の人たちが集まって固まるのも自然なことだから、そういう意味でブロイス出身者で固めている可能性はあると思う。


 そうなると、生粋のガリオン系である私は異物となる可能性も捨てきれない。これはちょっと心しないと。


「奥様は応接室にてお待ちです」

「分かった」


 私が内心で仮定に仮定を重ねているうちに、ラルフ様とカールマン執事のやり取りが終わったみたい。「行こうか」と背にを添えられて、ラルフ様に導かれるように応接室に辿り着いた。背中ポカポカする。

 うん、もう考えたって仕方ないや。覚悟決めろ、私!


 ラルフ様が扉をノックして入室を求め、中からやや高い、とても神経質そうな硬質な声で許可が返ってきた。それを聞いて先導してくれたカールマン執事がノブを回して扉を開きにかかる。


 ………………ん?今の声、聞き覚えのある声のような?


「我がアルトマイヤー伯爵家へようこそいらっしゃいました。さあ、お掛けになって」




 開かれたドアの先。

 ニコリとも笑わない、その人はいた。




 質素だが上質なロングドレスを身に纏い、背筋を真っ直ぐ伸ばした直立不動の姿勢はさすがの一言。そして今日の彼女・・・・・は冷たい印象の逆三角形の眼鏡ではなく、片眼鏡モノクルをかけていらっしゃった。


「ろ、ロッチンマイヤー先生!?」

「久しいですね、コリンヌ嬢。お変わりありませんか?」


 そう。

 そこにいたのは、あの・・ロッチンマイヤー先生。

 私の黒歴史のど真ん中に今でも燦然と居座ってらっしゃるお方だ!


 いやいやいやいや!待ってくださいよ!

 ロッチンマイヤーって姓じゃなくて名前なの!?


「一応、誤解なきよう申し上げておきますが、わたくし仕事中・・・は旧姓で通しておりますの。

改めまして、わたくしはエーデルヴァイス・ド・アルトマイヤー。アルトマイヤー伯爵夫人を名乗らせて頂いておりますわ」

「そ、そうなんですか!?」


 ていうことは。

 もしかして、ホントに!?


 日頃の淑女教育も忘れてしまって、不躾にも先生とラルフ様のお顔を交互に見比べる私を見て、やっぱり知らなかったかというお顔のラルフ様。


「母だ」


 と彼は一言だけ仰った。


 いやあああああそうだ!そうだよ!

 家族全員・・・・私のことを・・・・・よく・・知っている・・・・・、ってラルフ様言ってたじゃん!よく考えればあの時お母様の話が出てなかったのに、なんで気付かなかったの私!?

 ていうか先生の名前初めて聞いたけどずいぶん可愛いな!ちっちゃくて可憐な白い花だよね!?ガリオンの東、ブロイスの南にあるヘルバティア共和国の国花じゃなかったっけ!?元は北部ゲール語で「高貴な白」って意味よね!?


「コリンヌ嬢」

「あっハイ」


 めた声で名前を呼ばれて、驚きと興奮は一気にえた。


「驚くだろうとは思っていましたが、それにしても驚き過ぎです。どうやらデュボワ夫人の教育が足りていないようですね」

「あっいえ、違います!今のはわたくしがまだまだ未熟なせいであって!デュボワ先生のご責任ではありません!」

「同じことです。もう1年近く任せているというのに、表情ひとつ保たせられないとなると、交代も視野に入れなければなりません」


 やっばー!あたしのせいでデュボワ先生がクビになる!

 ていうか、それを言うならここで出てくるロッチンマイヤー先生が反則なんじゃん!こんなんビックリするに決まってるよ!


「ですがまあ、どのみち交代する予定でしたから良いでしょう」


「……えっ?」

「今後はわたくしが直々に鍛えて差し上げます」

「えっ先生が!?」


 いやでも、先生は我が国の全ての淑女教育の総監であって、最初にお願いした時に報酬額がまるで払えないほど高額で契約できなかったのに!?


「い、いえ、先生にお支払いできるほど稼いでいなくて⸺」

「何を言っているのですか?」


 冷ややかな先生の声に肝が冷える。

 同時に背中にヤバい汗が吹き出す。


「我が家の嫁になる人から、授業料など取れ・・訳がない・・・・でしょう?」


「……………………は?」


 えっ、まさか、無料タダで!?


「3年です」


 先生はおもむろに指を3本立てて私に突き付けてきた。


「今年からの3年間で貴女をどこに出しても恥ずかしくない本物の・・・淑女・・に鍛え上げてみせましょう。ラルフが伯爵位を継いで、貴女が伯爵夫人となるのはその後です」


 え、それって。


「それまではウェルジー男爵夫人として、貴女には社交の場も経験してもらいます。当然、次期・・アルトマイヤー・・・・・・・伯爵夫人・・・・として、です」


 貴女の教育修了が遅れるほどラルフの伯爵襲位が遠のきますからそのつもりで、と決定事項みたいに宣告する先生。

 いや決定事項なんだろう。


 うわあマジか!?責任重大!


「うわあマジか、という顔をしていますね。多少はマシになったとはいえ、相変わらず貴女は淑女には程遠い・・・。先が思いやられますわね」


 ゲッ完璧に表情読まれてる!


「今度は完璧に表情読まれてる、という顔になりましたね。全く、これではしばらくは扇が欠かせませんね……」


 ううう、さすがロッチンマイヤー先生。あの時の恐怖と絶望が蘇るなあ……。

 でも、お願いですから打鞭だべんだけはカンベンしてくださいよう…………!

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