19.公爵家侍女の変わりゆく日常

 年が明けて、フェル暦676年になった。

 私は16歳に、お嬢様や殿下は17歳に、ラルフ様は20歳に、それぞれ歳を重ねた。

 年が明けると同時に花季はるになる。けれどさすがにすぐ暖かくなるわけではなくて、少しずつ、寒い日と暖かい日を何度か繰り返しながら、ゆっくり季節が進んでいく。


 この世界、年明けとともにどの国でも一律に年齢が加算される。誕生日はそれぞれ記録され当日にはちゃんとお祝いもするのだけれど、年齢だけは分け隔てなく揃えられる。だから同じ年に生まれた人は、全員が年中通して同い年だ。

 これは大昔の、大半の人が個人の誕生日を記録できなかったような古い時代からの名残の風習なんだけど、まあ分かりやすいし、廃止しようとするような話も聞かないから、きっとこの先もずっと続いていく風習なんだろう。


 ってことで、私とラルフ様は永遠に4歳差のままである。


 年末年始は越年祭。迎寒祭から2ヶ月足らずでまた祭りかよ!?と思わなくもないけれど、寒季ふゆは娯楽が少ないからねえ。厳しい寒さを乗り切るために昔の人もあれこれ考えたのだろう。まあ楽しいことはたくさんあっても困ることはないし、私もラルフ様とデートできたし、何も文句はない。

 あるとすれば、彼がどんどん蕩かしてくるたびに顔が真っ赤になってからかわれるのが困るだけ。

 …………うーん、考えてみれば死活問題かも。



 まあそれはいいとして、年が明けてすぐにひとつハプニングがあった。


 ある日、ラルフ様に談話室に呼び出された。

 そこで私はとんでもない話を聞かされるハメになったのだ。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「兄が亡くなった」

「えっ!?」


 ラルフ様のお兄様。お会いしたことはなかったけれど、私が弟の嫁に来ることをとても喜んでくださっていたとお聞きしている。私も婚約式でお会いする予定で、ちょっと楽しみにしていた。

 なのに、そのお兄様が亡くなられただなんて。


「兄は元々身体が弱いところがあってな。それもあって父も爵位を継がせるのを躊躇っていた部分があったんだ。せめてもう少し体調が改善しなければ、伯爵としての責務も果たせないからと」

「そうだったんですか……」

「年末の冷え込んだ時季から体調を崩して臥せっていたのだが、先日容態が急変してな。[治癒]も[回復]も間に合わなかったらしい」


 青加護の加護魔術の[治癒]はそもそも身体的な怪我に対応する術式で、病気に対しては効きが悪かったり効かなかったりする。

 黒加護の加護魔術の[回復]は病気の対処療法としては一般的だけれど、そもそも患者の体力や霊力が弱っていたらやはり効きが悪い。患者の持っている生命力を活性化させる術式だから、弱りすぎると効かなくなるのだ。

 魔術は別に万能じゃない。だからこそ街には施療院があり、魔術に頼らない医術を駆使するお医者様がいるし薬も各種ある。わが公爵家に専属の侍医たちがいるのもそのためだ。そして普段から健康に留意して不摂生や無理をしないよう、子供の頃から何度も教えられながら私たちは大人になる。


 だからお義兄にい様のことは残念で悲しいけれど、きっとこれが彼の運命だったんだと考えるしかない。とても寂しく辛く、心が痛むけれど、私にはどうすることもできない。

 だけどせめて、ラルフ様のお心だけはお慰めしないと。そう思ったら、私は無意識のうちに彼の握られた拳に手を添えていた。


「それでだな、」


 辛そうな顔のラルフ様が言葉を続ける。


「私がアルトマイヤー伯爵家を継ぐことになる」

「えっ?」


 ………………あっそっか!ラルフ様は次男で、ご長男のお兄様が亡くなられたんだからラルフ様が新しく嫡男になるんだ!

 あっ、てことは……



 私、伯爵夫人になるの!?

 マジか!?


「すまない」


 驚愕する私の顔を見て、申し訳なさそうに彼が呟く。


「元々男爵家の生まれで、貴族復帰後も男爵夫人だったはずなのに、いきなり高位貴族の夫人になれと言われても戸惑うばかりだというのは分かっている。だが父の息子は私と兄だけだったから、兄が亡くなった今、他に選択の余地がないんだ」

「いや、まあ……お兄様がそんな状態だったのなら嫡子の変更も充分考えられたでしょうし、そのうちそういうお話にもなっていたかも知れませんけど……」


 でも心の準備のあるなしじゃ大違いだよう!

 お義兄様!そこだけはお恨み申し上げますわ!!


 あっ、でも待って?


「あの、お兄様はご結婚などは……?」


「病状が数年前から一進一退だったから婚姻も済ませていない。婚約者は一応おられるが、こうなることを見越して待って頂いていた」


 あーそうなるよねえ。

 じゃあお兄様のお子とかもいないわけか。


「その婚約者さまは?」

「我が伯爵家で責任持って縁談をまとめる算段が整っている。服喪期間があるからすぐにとはいかないが、彼女の次の婚約予定の相手とも顔合わせの予定が決まっている」


 うわフォローばっちりじゃん。


「私に婚約者がいないままであれば、私が婚約を引き継ぐ予定ではあったのだが、もしもどうしても婚約したい相手が出来たなら考慮すると言われていてな。それで私が貴女と婚約することになったため、彼女の方も話を進めることになった。彼女も了承済みだ」


 ますますもってラルフ様が後継になるのに支障なさそうね!詰んだ!

 てか私もしかして、お義兄様のご婚約者様のお立場奪っちゃった!?


「そう不安がらずとも大丈夫だ。元々私が伯爵家を継ぐ予定ではなかったから貴女との婚約も決めたわけだし、その婚約が先で兄の死による予定変更のほうが後なのだから、彼女もそれは分かって下さっているよ」


 そっか、良かったぁ。私また人の人生狂わせたかと思っちゃった。


「えっと、じゃあ、今度の婚約式と継承式は家督相続になる…………んですよね?」


 婚約式まであと1ヶ月。

 1ヶ月後には“将来の伯爵夫人”かあ……。


「それなんだがな、服喪期間があるから婚約式の方は延期になる」


 あ、それもそうか。


「そして継承式はそのままウェルジー男爵位の継承ということで話を進めているところだ」


 …………はい?


「それでな、その、」


 唐突にラルフ様が気まずそうな顔になる。

 えっいやちょっと?そんな顔されたら急に不安になるじゃない!?


「将来伯爵位を継ぐことに関して、話があるから是非一度我が家へお呼びするようにと、母が」


 ギャアアアア!お姑さまとの対決イベントキターーーー!!

 そりゃ避けては通れない道だけど!

 そっちも心の準備がしたかったわ!!

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