14.公爵家侍女と“三大淑女”
「あら、すっかり遅れてしまったようで」
その時、知らない声がした。
まるで鈴を鳴らすかのような可憐で美しい声。思わず声のした方を振り向くと、そこには鮮やかな美しい
そのあまりの美しさに、私は思わず息も忘れて魅入ってしまう。お嬢様よりもやや華奢で小柄なその方は、神の造形だとでも言わんばかりの神々しい美しさに溢れていた。お嬢様も王太子妃殿下もそりゃあお美しい方だけれど、忌憚無く言わせて貰えればこの方は
「皆様ご機嫌よう。ノルマンド公爵家が娘レティシア、お召しにより罷り越しましてございます」
あっ、この方がレティシア公女さま。
お嬢様が『まだまだ及ばない』と仰る、真の淑女。
「まあまあ、お待ちしてましたのよレティシア様。さあ、お座りになって」
王太子妃殿下にそう勧められて、公女様はスッとテーブルに歩み寄り、侍女が引いた最後の椅子にふんわりとお座りになられた。
お座りになったところで、控えていた王宮侍女の方がサッとカップを用意し紅茶を注いで、音もなく公女様のお席に供した。アルヴァイオン式にまず
うわ凄い。あんな高い位置から注いでるのに音も全然立てないし飛沫も上げないなんて!さすがは王宮侍女、技術が半端ないし所作から何からめっちゃ洗練されてる!
てか公女様顔ちっちゃ!肩ほっっそ!肌しっっろ!まつ毛なっっっが!しかもまつ毛まで
豪奢なドレスのスカートに隠れて見えなかったけれど、この分だと絶対脚も綺麗でなっっっがいわ!
ていうか何このいい匂い!?香水!?体臭!?嘘でしょ何なの!?マジで人間なの!?美の女神様が転生してるって言われたって信じられるんだけど!?
「それで?こちらが例の方?」
「はい、公女さま。今はわたくしの元で侍女をしておりますの」
「まあ。ブランディーヌ様も“公女”でいらっしゃるのに。ふふ」
……………………ハッ。
その時私は唐突に気付いた。
レティシア様はノルマンド公爵家のご令嬢、つまり公女さま。
お嬢様はアクイタニア公爵家のご令嬢で、やはり公女さま。
そして王太子妃殿下は我がガリオン王家、つまりロベール家のお妃で、お生まれはアルヴァイオン大公家のご令嬢、すなわち公女さま。
ついでに言えば、たしかレティシア様はお母上がリュクサンブール大公家のご令嬢、要するに公女さまだったはず。
いやいやいや!
おかしい!絶対有り得ない!
私ひとりだけ場違い過ぎるでしょー!?なんで我が国の“三大淑女”とお茶してるのよ私!!??
「ああ、そんなに畏まらないで。王妃様からも『この場は無礼講で良い』とお言葉を頂いているのよ」
思わず涙目でガタガタ震えだす私にそう仰ったのは王太子妃殿下。いやそんなこと言われたって!むしろ余計に畏れ多いです!
ていうか王妃様って確か、アウストリー公国を治めるアウストリー公爵家から輿入れされたから……やっぱり“公女さま”じゃない!
「そうよ、もっと気楽になさいな。あの時の“昼餐”ではないのだし」
お嬢様!?私の
「わたくし、同年代のお友達があまりおりませんの。ですからお友達になってくださると嬉しいわ」
レティシア公女さま!?そんな畏れ多いですぅ〜!!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
結局、そのあとどんな会話をしたのかほとんど憶えていない。気がつけば公爵家の馬車に乗せられて帰る途中で、何故かラルフ様に手を握られていた。
いやなにこの状況!?
「もう、気楽にしていいと言ったのに」
やや不満そうな、ちょっとむくれたお嬢様。
「い、いや無理ですって!我が国の三大淑女に囲まれるとかなんの拷問なんですか!?」
「でも、
そう言われてハッとする。
確かに言われてみれば王太子妃殿下も公女様も、会話から手指の動きまで全てが洗練されていて、淑女とはかく有るべし、というのを全身で表現なさっていた…………ように思う。
まあほとんど憶えてないけれど!
「しかしそんな事より、貴女は貴女らしく在るべきだ、と私は思います」
ラルフ様が急にそんなことを仰って、それで思わず首を傾げてしまう。
「ラルフ。その言は
冷ややかなお声でお嬢様が言葉を放つ。
その声でラルフ様は慌てて、馬車の車内にも関わらず床に跪く。
「申し訳ございませんお嬢様。そのような意図ではありませんが、誤解を招いたならばお詫び申し上げます」
ですが、とそれでもなおラルフ様は続けた。
「私はコリンヌ嬢におかれては、もっと彼女の長所を活かすべきであろうと存じます。誰しもがお嬢様や王太子妃殿下のごとき“完璧”は目指せませぬゆえに」
ちなみに、この間も彼は私の手を握ったままだ。
いい加減放して欲しい。
そのラルフ様の言葉に思うところがあったのか、お嬢様はそれ以上彼を叱らなかった。そして許されたと思ったのかラルフ様は、私の隣に座り直して手も握り直してくる。なぜだ。
「ラルフ様。いい加減手を放してください。そしてお向かいのお席にお戻りください」
「いいえ、貴女が落ち着くまではこうさせて下さい」
ですから!逆に落ち着かないんですけど!?
ていうかブンブン振られる尻尾が幻視できちゃうんですけど!?
そんな私とラルフ様を、横目でチラチラ見ながら笑いを堪えているの、見えてますからねお嬢様?そして笑うくらいなら助けてくださいよ!
そんな私たちを乗せて公爵家の馬車はルテティアの街中をゆったりと走る。きっと帰り着いたらお邸の侍女仲間に根掘り葉掘り聞き出されるんだろうし、もうこのあと仕事にならないなぁ。
はぁ、なんだかすごく疲れた。もうお部屋に戻って寝てしまいたいわ……。
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