13.公爵家侍女は王宮に呼ばれる

 仕事に復帰したあとは、しばらく忙しい日々が続いた。

 お嬢様に随伴して王宮へも行ったし、お嬢様に侍ってお話のお相手も務めたし、お嬢様のお茶係に任命されて淹れる度に「まだまだね」とダメ出しされては練習を重ねたし、お茶のご相伴を命じられて拘束されたし、そんな合間合間にローラン様にお嬢様のご予定を流し続けたし。


 そう、王宮へ誰も随伴しようとしなかったお嬢様が、私だけは連れて行ったのだ。

 そりゃまあ、王妃様や王太子妃殿下から連れてくるよう言われてるのは聞いてるけどさ。いいのかなあ、私罪人なんだけど?


「だからこそ、よ」

「えっ?」

「だって監視しないと、でしょう?」


 えー。

 まあそう言われると言い返せない。

 でもまあ、それはいいとして。


「なぜラルフ様まで?」

「私は護衛ですから」


 いや、お嬢様って護衛も普段連れ歩かないのに。

 そもそも王家から影をつけてもらってるのよお嬢様は?


「……言っても聞かないから、仕方ないのよ」

「えっ?」

「何でもないわ」


 なんかお嬢様が呆れてる気がする。

 なんで?


「それより、お身体の具合はいかがですか?」

「えっ私ですか?」


 いやいかが・・・も何も。あれから何日経ったと思ってるんですか?もう寒季ふゆになろうかって時季ですけど?


「ずいぶん寒くなってきましたし、傷に響くといけません。念のために上着を羽織っておいて下さい」

「いえ、私などよりまずお嬢様を気遣うべきでしょう!?」


 ホントなんなの?なんかあれ以来、やけにラルフ様が世話焼こうとしてくるんだけど!貴方、お嬢様の護衛でしょう!?


「…………やっぱり過保護だわ」

「何か仰いましたかお嬢様?」

「いいえ、何でもないわ」


 話してる間に馬車が王宮に着いたみたい。そう、今日も私はお嬢様に連れられて、王宮にお邪魔することになっているのです。

 馬車が停まると同時にラルフ様が扉を開けて外に出て、王宮のお迎えの侍従が寄ってくる前にお嬢様をエスコートして馬車からお降ろしした。


「さあ、お手をどうぞ」


 いやだから、なんで私にまでエスコートしようとしてるのよ!?


「必要ありません」


 わざと手を取らずにひとりで降りる。

 なんかちょっと、気持ち悪い。


 って、ああもう!だから叱られた大型犬みたいにシュンとするのやめなさいよ!


「ラルフ様、もう散々聞いてらっしゃるでしょう?私は罪人、監視対象なんです。貴族のご令嬢を相手にするみたいになさらなくていいんですよ?」


「しかし、貴女は淑女ダームだ」

「…………はい?」


「私は日頃から、貴女がどれほど努力しているか知っています。貴女はお嬢様の侍女として日々スキルを磨きつつ、ご自身の勉学と淑女教育も疎かにしていない」


 えっ?


「男爵家のご出身でありながらご自身のせいでご実家を没落させ、自ら離籍しながらも、今でもご実家に援助を行っているのも知っています。ご自身も賠償の支払いで苦しんでいながら、貴女は自分自身よりも常に周囲を優先しようとなさる」


 いやいや待って待って?

 こんな王宮の入口で何言い出してるのこの人!?


「不埒者どもに拉致された際にも、貴女は公爵家侍女としての矜持を忘れずに毅然とした態度を取り続けた。自らを罪人と卑しめながらも、その実貴女は立派なひとりの淑女ダームだ」


「いえ、その……そんな」


 ちょっともう貶されてるのか褒められてるのか分かんない。

 なにこれ?なんの罰なの!?


「どうか貴女には、その矜持に相応しい態度を取って頂きたい。誰が何と言おうと、貴女は⸺」

「ラルフ、そのくらいになさい。そして貴方の仕事はここまで・・・・よ。あとは控室で待っていなさい」


「…………は、申し訳ありません。お帰りをお待ち致しております」


 お嬢様に止められて、それでようやくラルフ様は頭を下げて護衛騎士の控室へと下がっていった。

 ホントもう、なんなのよ。


「あの人一体なんなんですか…………」

「分からない?」


 疲れ果てて呟いた言葉に、お嬢様が目ざとく反応なさる。


「分からない、って何がですか?」

「彼の気持ちよ」


 彼の気持ち?


 あっ、そうか。まだ私のことを公爵家に仕えるべきでないと思っておられるのね。

 だからこんな公衆の面前で辱めようと。


 うわ、最低。

 もしかして褒められてるのかと思ってちょっとドキドキして損した!


「……その顔は、分かってないわね……」


 呆れたようなため息とともにこぼれた、お嬢様の呟き。

 聞き返す間もなくお嬢様が“淑女の歩法”で進みだしたので、私も慌てて追随する。それとともにそれ以上聞けなくなった。

 だって移動中は私語厳禁だから。淑女ははしたなくお喋りなどしないのです!



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「それで?最近どうなの?」


 王宮のお茶室では、なぜか王太子妃殿下とお嬢様と私とでテーブルを囲んでお茶会になっていた。

 いや……なんで!?


「それがこの子ったら、かつてあれだけ浮名を流したというのに、向けられる感情にすっかり疎くなってしまっておりまして」

「まあ、そうなの?」


 いやなんの話ですか?


「ほら、ご覧くださいなこのキョトンとした表情」

「あら、まあ。ふふふ」

「もうそろそろ、自分を許してもいい頃合いだと思うのですけれど……」

「それで?ご執心なのはどちら?」

「我が家の護衛騎士です。伯爵家の次男なのですが」

「あら。それじゃあ子爵位でも用意した方がいいかしら?」

「いえ、実家の持ち株を継げるようなので心配ありませんわ」


 えっ、護衛騎士?

 伯爵家のご次男?

 それって……?


「あの、どなたのことをお話しなのですか?」


これ・・ですのよ、全く」

「あらあら。困ったわねえ」


 いや困ってるのは私です。

 なんでそんな可哀想な・・・・子を・・見る目・・・をされなきゃならないんですか!?


「あの。というか、なぜ私はこの場でご相伴にあずかっているのでしょう?」


「そんなの、わたくしが聞きたかった・・・・・・からに決まっているわ」


 いえ、ですから王太子妃殿下。

 何を・・聞きたかった・・・・・・のか教えて頂きたいのですが。


「本当は王妃様もご同席なさる気満々だったのだけれど。直前でご公務が入られて」


 ヒェッ。


「あら、まあ。そうでしたか」

「だから、後で全部・・報告する・・・・ように・・・と」

「それでは、わたくしからもお話し申し上げた方がよろしいでしょうか」

「ええ、そうしてくださるときっとお喜びになるわ」


 怖い怖い怖い怖い!

 私また何かしちゃったの!?

 ていうか席がひとつ・・・・・空いてる・・・・のって、そういう事だったのね!?


「それにしても、怪我の具合はもうずいぶん良さそうね?」

「はい、もうすっかり回復いたしまして。ねえ?」


「えっ?あ、はい!」


「あらあら。ふふ、そんなに怯えなくたって、取って食べたりしないわよ」


 そんなこと言われたって!

 怖いものは怖いもん!

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