15.迎寒祭

 季節はすっかり稔季あきから寒季ふゆになり、街にはチラチラと白いものも舞うようになって。

 公爵家での仕事にも、季節ならではの仕事が追加された。


 そう、雪かきである。


 とはいえ、敷地内の大半のそれは使用人や下男たちの仕事。私たち侍女がやるのは、奥様とお嬢様のお部屋のバルコニーバルコンだけなのだけど。

 でもこれがまた、寒いのよねえ。だってお部屋の外だし、一応お仕着せの上から防寒着は羽織るんだけど。


「うう、っぶぅ!」


 オーレリア先輩は寒いのが苦手らしい。


「先輩、お部屋で休んでて下さい」

「そうはいかないわよ。貴女たち下の者にやらせて自分だけ部屋の中でぬくぬくしてたなんて、お嬢様に知られたら大目玉よ」


 寒いのが苦手なくせに、こうやって率先してやってくれるのだから、やっぱり先輩はお優しい。

 先輩はお嬢様付き上級侍女の補充として配置換えされていた。シュザンヌ先輩がいなくなったことに加えて、私が一番仲がいい先輩侍女だから、だと思う。

 ただ、その配置換えにはなんか気を使われてる感じがしないでもない。別に罪人に気を使う必要なんてないと思うのだけど。うーん。


 そして何故かラルフ様までお嬢様付きの護衛になっている。わざわざそれをお教えくださった奥様とお嬢様がなんだかニヤニヤしていらしたけれど、正直こっちはありがた迷惑。どう考えてもお嬢様より私を護衛してる雰囲気だし。

 さっきだって私たちがバルコンの雪かきをやるって聞いて、「男手が必要でしょう」とか言いながらお嬢様のお部屋に入ろうとするものだから、侍女たち全員で追い返した。

 お嬢様のお部屋に、緊急時以外で男なんか入れられるものですか!ちゃんと自分の仕事しろー!


 とはいえ、お嬢様は今王宮へ行かれててお留守なのだけどね。


 私が随伴してなくていいのか、って?

 私だって毎回お供するわけじゃないのよ!


 ていうかお嬢様ももう王太子妃教育がほぼ修了して、王宮に上がらない日だって増えてるんだよね。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 寒季ふゆに入っておよそ1ヶ月。街はすっかり冬の祭り一色に染まっていた。

 毎年この時期は、これから深まる寒季に備えて盛大に飲んで食べて夜通しの宴が開かれる。迎寒げいかん祭というやつで、稔季の新たな収穫を神々に感謝し、前年までの残った蓄えを放出し使い切ることで、これから深まる厳しい寒季を乗り越える活力とするのだとか。

 何やら矛盾している気がしなくもないけれど、これも厳しい寒さを乗り切るためのモチベーションを維持するための先人の知恵というやつなのだろう。


 で。

 そんなお祭りなのだけど、私たち若い世代にとっては恋人と・・・熱い夜を・・・・過ごすための・・・・・・特別・・1日・・だったりするわけなのだ。

 迎寒祭の夜を特に「星夜祭」というのだけど、この夜をともに過ごしたカップルクプルは永遠の愛で結ばれるって言われていて、だから意中の相手がいる男女はその相手と過ごしたがるし、最近では平民だけじゃなくて貴族の子女でもそうした傾向がある。本来は家族で家に籠って、祈りを込めて星を眺めながら静かに過ごすものだったそうだけど。

 まあ相手のいない私には、関係ない話ですけどね!


「ねえ貴女、今年の迎寒祭は誰と過ごすの?」


 どこかウキウキしながら、仕事の合間にオーレリア先輩がそんなことを聞いてくる。


「その日はお仕事です」


 私は素っ気ない。

 そりゃそうでしょ。一緒に過ごす相手なんていないし、そもそも働かなければお手当がもらえない。賠償と淑女教育の先生への謝礼のために働いているんだから、浮かれてる暇なんて私にはないのだ。


「ていうか、先輩も仕事じゃないですか」

「まあそうだけどー」


 先輩が働くのに私が休むとか、普通に有り得ないんですが?


「私はほら、寒いの苦手だからお邸の中にいた方がいいのよ」


 うん、まあ、先輩も今のところい人いませんしね。わざわざ口にするなんて野暮なことはしないけど。


「でも貴女はラルフ様を誘って遊びに行けばいいじゃない」

「なんでよりによってあの方なんですか!?」


 私、あの方は苦手だって何度も言ってますよね?


「じゃあ、もし誘われても断っちゃうんだ?」


 当然です、と言おうとして、先輩の視線に気がついて振り向いた。

 振り向いてしまった。


 そこに、ものすごく気まずそうな顔をしたラルフ様が立っていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



「………………。」

「………………。」


 なんなのこの気まずい雰囲気?

 なにか切り出してくれないと話すに話せないんですが?

 ていうか、何しに来たのこの人?今お互い仕事中のはずなんだけどね!?


 ほら、さっきからずっと黙ったままだからオーレリア先輩でさえ虚無の顔になってるじゃん!


 はあ、とひとつ大きな溜め息をついて、オーレリア先輩がラルフ様に歩み寄る。と、いきなり彼女が左拳を力任せにラルフ様の腹筋に突き刺した!?

 いやまあ女の細腕だし、そもそも利き手と違うしで屈強な騎士様にはダメージなんて皆無のはずだけど、何故かラルフ様は「うぐ」とか呻いて顔を青くなさる。

 え、まさか効いてる!?

 と思う間もなく先輩は前かがみになったラルフ様の背中をバシ!と勢いよく右掌で張って、そのまま部屋を出ていこうとする。


 いやー!待って待って先輩!この人とふたりっきりにしないで〜!

 いや扉は開けとくから、ってそういう問題じゃなーい!!


「っく、済まない」


 目に見えて狼狽しだした私を見て、ようやっとラルフ様が声を発した。


「私に急に迫られても貴女が困るだけだと分かってはいるのだが」


 ホントですよ!いい加減空気読んでくださいよ!


「その、……今度の迎寒祭、私と街を回ってもらえないだろうか」


「…………………………は?」


 あ、やっべ。我ながらめっちゃ冷めた声が出た。

 さすがにちょっと失礼だったかも。


「いや、だからだな。

……その、祭りをエスコートさせて欲しい」


「あの、本気で仰ってます?」


 どこの世界に罪人を“恋人の祭り”に誘う男がいるのよ!?

 いやまあ今目の前にいるけど!


「貴女を誘いたい、とずっと思っていた」

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