08.ルテティア観光のススメ

「別にお店とか寄らなくたって、ただぶらりと散歩してみるのもいいものよ?観光名所もたくさんあるしね。⸺例えば凱旋門アルク・ド・トリヨンフとか行ってみた?」

「あ、凱旋門は行ったことあります」


 凱旋門は200年くらい前のブロイス帝国との戦の戦勝記念に建てられたっていう巨大な門で、城壁もない広場の真ん中にポツンと建っている。ガリオンに生まれたなら一度はその目で見なければ国民と名乗れない、とまで言われる超有名な観光名所だ。

 そう、学園に入って最初に行った観光名所がこの凱旋門だった。やっぱ首都に来たなら見ないとね!ってことで地方出のご令嬢が何人も連れ立って見学に行って、帰りに見事に迷ったっけ。

 首都出身の同級生に「さすがに凱旋門で迷うのはアリエナイ」とか言われたけど、道知らないんだから迷うよ!学園から遠かったし!


「じゃあルーヴェ美術館ミュゼ・ド・ルーヴェは?」

「そこも行きました」


 ルーヴェ美術館はこの世界の全ての秘宝を納めたと言われる壮麗な美術館で、全部見ようと思ったら遭難する、なんて言われるほど広い。当然、その当時やってた入口付近の特別展だけ見てそそくさと退散した。入場料けっこう高かったから惜しかったけど、遭難するよりマシでしょ。

 元はガリオン王家の王宮だったそうで、そりゃあ広いのも納得だよね。


「なら、ガルニエ宮パラス・ガルニエは?」

「外見だけなら見たことは」

「…………外見だけ?」


 だってあそこで上演されてる歌劇のチケットなんて、超プレミアもので絶対手に入んないもん。


「まあわたしもあそこで歌劇なんて鑑賞したことないけどね!」

「だったら意外そうに言わないでくださいよ」

「そんなに怒らないでよ。じゃあ、リュクサンブール宮殿…………いえ、何でもないわ」


 そこはリュクサンブール大公家の別荘・・ですよ先輩。

 まあ分かってるみたいですけど。

 それにしても、他国の王族の私有地が自国の観光名所みたいになってるのも考えたら凄いよね。


「とにかくまあ、色々あるから!」

「いいですけど、私アクセサリーアクセスワールが見たいです」

「だったら、普通に商人通りの宝飾街かしらね」

「いやキラッキラの有名工房ラ・マルク品とかじゃなくていいんで」

「ランクを落としたいなら服飾街とか職人街に行けば、手頃な値段でそれなりの品があるわね」

「じゃあ、そうします」


 商人通りなら場所も行き方も分かるし、それでいいや。


「ちなみに、なんでアクセスワールなんて欲しくなったの?」


 あーまあ当然の疑問。

 私、公爵家でお仕えし始めてから今までそんなの欲しがったことなかったからなあ。


「侍女の仕事が一通り身についてきたので、お嬢様が王宮に私を連れてくと言い出されまして」

「あーそれなら、自分で見繕って買うよりもお邸の出入りの商人に見立てさせた方がいいと思うわよ?」

「だってそれだと高くて買えません」

「お嬢様が買ってくださるわよ」


 だからそれを避けたいんですってば。


「遠慮しなくていいのに。王宮の夜会とかに侍女私達が随伴する時だって、ドレスから何から一式全部公爵家が用意するのよ?」

「着せられるだけじゃなくて、何かひとつでいいので私物を身に着けたいな、と思って」

「あーそれ、わかる」

「だから髪留めはムリにしても、耳飾りブクル・ドレイユとかネックレスコリエなら、いいかなと」


 お父様にも身なりに気を配れ、って言われてるしね。


「うん、いいんじゃない?ドレスによっては使えない場合もあるでしょうけど、誕生石にしておけば無難に使えると思うわ」

「はい、そうしようかと」

「で?貴女の誕生日っていつなの?」

「えっと、花季下月4月中週の5日15日です」


ダイヤモンドディアマンじゃない!」

「えっ?」

「誕生石よ!ディアマンのアクセスワールなんてどれもかなり値が張るものだけれど、貴女買えるの?」

「……………あっ。」


 とてもじゃないけど手が出ないことが判明しました。残念。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 結局、私はそのままオーレリア先輩と一旦別れて、街をぶらりと散策した。と言っても先ほどの話のままに商人通りの服飾街とか市場とかの見慣れた場所を見て回っただけで、特に冒険はしなかったし買い物もしなかった。

 冒険、というのも少々大袈裟かな。要するに知らない場所には行かなかった、というだけの話。だって本当に迷子になってお邸に迷惑かけるのは良くないと思ったから。先輩はああ言っていたけれど、罪人の私がもし本当にそうなったら、また陰で色々言われるんだと思うし。


 ちなみに今日はふたりとも休日の扱いなので、護衛騎士は帯同していない。それでもお邸からここまで出てくるのに公爵家の馬車と馭者さんを動かしてるし、いくら公爵家が太っ腹で侍女の私用しようであっても馬車の使用許可が出されているとはいえ、もうそれだけで充分迷惑かけちゃってるわけだし。

 これ以上は、ちょっとね。


 もうホント、シュザンヌ先輩とかラルフ様の時みたいに詰られるのは可能な限り避けたいのが本音なのよね。罪人だから仕方ないと思ってはいるけれど、だからといって積極的に絡まれる要因を作りたくはないし、作る必要もないわけで。

 本当に、世の中平和が一番よね。



 なんて、思ってた時が私にもありました。

 でもまさか、その後すぐ救難信号を発する羽目になるなんて思っても見なかった。世の中なんでこう、思い通りにいかないことばっかりなんだろうね。なんていうか、理不尽だなあ。

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