04.公爵家侍女への処罰
「死罰すら、賜れなかったんですよ、私」
先輩が息を呑む。
そりゃそうだ。だって私、今自分を抑えきれてると思えないもの。
「死ぬことさえ許されなかったのに、私が勝手に死ねるとでも?それって
「な⸺」
「
「あ、んた、この私を脅すつも⸺」
「ご実家の伯爵家だってただでは済みませんよ?
どんどん青褪めていく先輩。私の言い分の方が
「うちの父なんてねえ、娘が首都で何やってるのかすら知らなかったんですよ。私が『学園での生活は順調で、友人も多くできて楽しい』としか伝えなかったもので。
それなのにある日突然、娘が死罪を犯したって聞かされて、それでも勝手に自害なんかせずに首都まで裁かれに出頭したんですよ」
先輩の襟元を掴む拳に力が入る。
もうこうなれば最後まで言わせてもらおう。
「父は陛下に直々に褒められましたよ。『安易に自死を選ばぬその忠を
先輩、貴女言いましたね?『無知で愚かだから名誉も尊厳も分からない』って。
でも
先輩はすっかり怯えが顔に出てしまって、もう伯爵家令嬢がしちゃいけない顔になっていた。
でも知るもんですか。自分の卑しい感情に飲まれて下に見た相手を貶めようとしたのだから。
自分の軽々しい言動が、周囲にどれほどの影響を及ぼし迷惑をかけるのか、嫌というほど身に沁みた私が教えてあげましょうかね。
「オーレリア先輩」
「ん、なに?」
先輩、反応が遅れたってことはもしかして唖然としてました?
「奥様にご注進を。王家の決定に異を唱える不忠者は外に知られる前に手を打たないと、公爵家の存続に関わります」
右手で掴んだシュザンヌ先輩の胸ぐらをそのままに、無防備な彼女の右手首を左手で掴み、右手を離すと同時に後ろ手に捩じり上げながらオーレリア先輩にそう告げる。
さすが伯爵家のご令嬢、荒事は全くお得意でないご様子。私は王子妃教育の話を聞いてたからお嬢様に体術の基礎訓練の内容を教わっていて、少しだけ自分でも始めてたから、咄嗟の判断だったけど上手くできた。
「痛っ!ちょ、離しなさ⸺」
「そうね、分かったわ」
「えっ嘘オーレリア?待って!」
シュザンヌ先輩が止めるのも聞かずに、オーレリア先輩はさっさと立ち去ってしまった。あの顔は私の意図したところを正確に察してくれたと信じよう。
……察してくれた、のよね?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
中庭の私たちの所に最初にやって来たのは公爵家の護衛騎士たちだけで、オーレリア先輩は来なかった。多分、途中で騎士たちにシュザンヌ先輩を拘束するように言ってそのまま奥様の所に行ったのだろう。
先輩が何をどう伝えたのか分からないけれど、シュザンヌ先輩はかなり荒々しく引っ立てられ、悲鳴を上げながら奥様の元へ引きずられて行った。もちろん私も事情聴取のため連行されたけど。
結局、シュザンヌ先輩が泣いて許しを乞うたのでその場での処分は見送られた。けれど自室に軟禁され、夜にお帰りになった旦那様が伯爵家へお戻しになると決定なさった。シュザンヌ先輩はまさか本当に自分の軽はずみな発言で責任を追及されるとは思っていなかったようで、旦那様に泣いて縋ったらしい。
いやいや先輩。いい大人なんだから、冗談でしたでは済まないんですよ?本当に分かってなかったんですか?
ちなみに私はと言えば、最初の奥様の裁定の時にお褒めの言葉を頂いた。もしも私が先輩の言葉に萎縮して従ってたり、黙って隠していたりしたら私も処分対象になりかねなかったと言われて、やっぱり間違ってなかったんだと胸を撫で下ろした。
シュザンヌ先輩のご実家の伯爵家は、翌朝一番で報せを受けて執事さんが大慌てで飛んできた。本来ならばご当主でお父様の伯爵様が自ら来るべき重大な案件なのだけど、ちょうどその日は朝から重要な予算会議があってどうしても外せなかったらしい。
執事さんは可哀想なほど平身低頭しながら、絹帯で縛られたままのシュザンヌ先輩を馬車に乗せて連れ帰ったそうだ。私はそのお帰りは見てなかったけれど、見てた先輩が教えてくれた。
「いやあ、それにしてもさあ。貴女も案外言いたいこと言うじゃない」
その日の夜。オーレリア先輩がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「私のことだけなら、まだ我慢したかも知れません。けどシュザンヌ先輩は父のことまで馬鹿にしましたから」
だって父には本当に頭が上がらないのだ。首都の国立学園に進学したいとねだった私のために苦しい家計をやりくりしてまで家庭教師を付けてくれて、にも関わらず私のせいで爵位を失う羽目になった父。
もちろん叱られはしたけれど、それでも最後は「おまえが死を賜らなくて良かった」と言って抱きしめてくれたのだ。
こんな愚かな娘を、それでも愛し許してくれた父。陛下にもお褒め頂いたその父を愚弄されたことだけは許せなかったのだ。
まあ私だって、シュザンヌ先輩がまさかお
「まあでもあれは仕方ないわ。公爵家の面子も、伯爵家の立場も危うくさせる不敬発言だったもの。
だから、貴女が気にする必要はないわ。それまでがどんなに優等生でもたったひとつのミスで全てを失いかねないって、貴女は解っていて彼女は解っていなかった。それだけのことよ」
「でも、それでも私のせいでまたひとり、将来を棒に振った人が出てしまいました」
そう、私が気にしているのはそこだ。多くの人の人生を台無しにして、それがどれだけ罪深いのか解っていながら、それでも
「ああいうのはね、自業自得っていうのよ。貴女を責めたいばっかりに冷静に物事を考えられなかった彼女のミスであって、貴女のせいじゃないわ。
だからもう、忘れなさい?」
オーレリア先輩の言葉は、どこまでも優しい。
「シュザンヌにもさあ、貴女が受けたっていう“お試し教育”、受けさせた方がいいのかも知れないわね」
先輩はそう言って、穏やかに微笑んでくれた。
それで少しだけ、私も救われた気持ちになった。
お嬢様は、ご自分付きの侍女がひとり減ったことに関して特に何も仰らなかった。ただ「そう」とだけ呟いて、私にも何のお咎めもなかった。
お嬢様が何も仰らないのなら、それ以上私にできることはない。今までどおりに、真面目に仕事に取り組むだけ。
結局、シュザンヌ先輩は公爵家に二度と戻ってこなかった。
彼女がどうなったのか、怖くて聞けないままでいる。
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