05.公爵家侍女と護衛騎士
公爵家の侍女になってから約2ヶ月が過ぎた。
心配していたお手当の使い道も、淑女教育の先生に3割、賠償の支払いに6割で、元実家へと送る分がきちんと残せたので一安心だ。
早速仕送りしたらすぐに元父から感謝を伝える手紙が来て、大変ありがたいが仕送りはいいから公爵家の侍女として身なりを整えることも考えなさいと書いてあって、なるほどそれも必要かと思い直した。ということで元実家への仕送りは数ヶ月に一度程度になると思う。
あと変わったことと言えば、ローラン第二王子殿下が内々に連絡を取って来られて大変驚いた。なんで私なんかに!?と思ったけれど、よくよく聞けばお嬢様が恥ずかしがって殿下になかなか会おうとしないのだとか。
なるほど、それでお嬢様の動向を流してほしいわけね。専属侍女としてもお嬢様と殿下のお仲を取り持つことにやぶさかではないし、いっちょ殿下に協力しますか。
まあお嬢様は恥ずかしがって逃げ回るでしょうけど、おふたりが睦まじくすることは国の将来のためにも必要だし?そこはもう諦めてもらうしかないよね!
ただまあ、そんな私のことをよく思わない人はやはり多いわけで。
今もこうして、
「貴女は自分の仕出かしたことを、本当に解っているのか」
もちろん。それが分からないほど愚かなら、今頃処刑場の露と消えてます。
「お嬢様の温情に甘えてばかりいないで、少しは身を引くことも考えてはどうか?」
でも私をお嬢様専属にしたのは、お嬢様だけでなく奥様も侍女長さまも了承なさったことですし?私ごときが否やを言えるとでも?
「黙っていないで、何とか言ったらどうなんだ」
そう言って目の前で腕を組んで偉そうに見下ろしてくるのは、公爵家の護衛騎士のおひとり。確かアルトマイヤー伯爵家の次男ラルフ様と仰ったはず。
詰られているとは言っても、別に声を荒げて非難されてるわけじゃない。高位貴族特有の、『空気を読んで身を引け』の圧力アピールだ。
まあこの方は日頃からお嬢様はじめ多くの人たちから忠義を称えられているから、今回もその一環で
「ご忠告、痛み入ります」
だから習い覚えた
「ですが、お嬢様のお決めになった事ですので。わたくしが勝手に命に背くわけにも参りませんし」
「貴女はそうやって、何かといえばすぐ
「では、」
私が言葉を被せたら、彼の言葉も止まる。
多分、目下の者から発言を遮られる経験なんてほとんどないのだろう。少しだけ驚いた顔をされていた。
「騎士様の方でご注進なさって下さいませ。家中の大半がわたくしの雇用に反対するとなれば、お嬢様も奥様もお考え直しくださるやもしれません」
まあオーレリア先輩をはじめ侍女の先輩方とは仲良くやっているし、お嬢様にも奥様にもお褒め頂いてますけどね。
「い、いや、そこまでは⸺」
そこまでは、何?告発する勇気も正当性もないから、お前が自分で身を引けって?
「……なるほど。
そうハッキリ口にすれば、ラルフ様は気まずそうに目を逸らされた。ご自身で泥を被るつもりもないのに人のことを思い通りにしようとか、ちょっと褒められた話ではないですよ?まあ私も人のこと言えた義理じゃないけれど。
というか、高位貴族なのに腹芸のひとつもできないとか、他人事ながら心配になるんだけど。確か今年19歳でいらっしゃいましたよね?伯爵家は継げずとも、
「……っ。あ、貴女が従うつもりのないことは分かった。だがこのままで⸺」
「違います」
「…………なに?」
「『従うつもりがない』のではなく『従えない』のです。そもそもわたくしが公爵家で雇って頂いているのは、多額の賠償を確実に支払い続けるためです。わたくしを雇うアクイタニアの名があってこそ、賠償を受け入れてくださった貴族家の皆様にもご納得して頂けたのです。
それとも騎士様は、公爵家の用意する高いお手当と、公爵家に匹敵する信用を兼ね備えた働き口を他にご存知なのですか?ご存知であればぜひお教え願いたいものですわ」
「い、いや、そんな働き口は⸺」
「ありませんよね?」
黙ってしまわれるラルフ様。
そもそもお嬢様が私を手元に置いてらっしゃるのは、私への監視監督の意味合いも含んでいるというのに。どうしてそんな簡単なことも分からないのだろうか。
「さて。わたくしお仕事がありますので、これで失礼致します」
話が終わったようなので切り上げに入る。本当はお嬢様の登城をお見送りした後なのでこれからは待機時間なのだけど。
「では、ご機嫌よ⸺」
「⸺分かった」
「っえ?」
「お嬢様と奥様にご納得頂ければよいのだろう?確かに、自分では動かずに貴女に身を引かせようとするのはいささか傲慢であったかも知れぬ。きちんと具申を申し上げて、ご理解とご納得を頂いてくる」
ラルフ様はそう言って踵を返される。
「えっ、あ、ちょっと⸺」
そして止める間もなく立ち去ってしまわれたのだった。
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