03.公爵家侍女は責められる

「ちょっと貴女」


 ある日、いつものように登城されるお嬢様の馬車をお見送りして邸内に戻ったところで、先輩侍女のひとりに呼び止められた。


「はい、なんでしょうか」


 この方は伯爵家の次女で、代々公爵家に娘を行儀見習いに出しているお家のご出身。彼女のお母様は、若かりし頃は奥様の侍女をなさっていたと聞いている。

 この方自身も古株の侍女で、私と同じ、お嬢様の専属。つまり私を指導監督して下さっている先輩のひとりだ。


「少し話があるわ。この後いいでしょう?」


 この後は他の見習いたちと奥様の元に御用聞きに行く予定だったのだけど。

 でも、先輩に呼ばれたのなら無視するわけにもいかない。


「畏まりました」


 だからそれだけ言って、大人しく先輩の後をついて行った。



「貴女、何様のつもり?」


 邸の中庭の、植え込みがあって目立ちにくい一角まで連れて行かれて、振り返った先輩に唐突にそう言われて面食らう。


「何様、と言われましても」


 別に何者でもないよね。元男爵家の娘で、今はお嬢様のお情けで侍女をやってる、元罪人の平民の娘です。伯爵家のご令嬢が気にかけるほどの存在ではございませんよ?


「よくもいけしゃあしゃあと。ほんっと、面の皮だけは分厚いわね」


 何だろう、怒らせてるのは分かるけど、なんで怒られてるのかが分からない。気付かないうちに何かヘマやっちゃった?


「何のことだか分かってないってその顔がまたムカつくわ」


 そんなに憎々しげに睨まれたって、本当に分からないのだから仕方ない。

 というかこの先輩は、思えば最初から私を良く思ってなかったような気もしてきた。

 でも先輩、なんだか言葉遣いが平民のそれみたいになってますけど……?


「貴女が何をやったのか、知られてないとでも思ってるのかしら?でも残念だったわね、こっちは全部知ってるのよ」


 ああ、そうか。

 一度はお嬢様を追い落とそうとした私を、この人は憎んでるんだ。それなのにお嬢様に拾われて目をかけられている私のことが赦せないのね。


「あれだけのことを仕出かしておいて、何故まだ貴女生きてるの?死んで償うべきとは思わないのかしら?」


「ですが、私にはまだ賠償の支払いが残っていますから」

「そんなもの、貴女の命で償えばいいでしょう?」


 でもそれだとお金にはなりません。

 肩代わりをして下さったお嬢様の出費も丸ごと損になってしまいます。これ以上、ご迷惑はかけられません。


 それに、こんな私の安否をそれでも気遣ってくださる殿下の御心にもまだお返しができていないので。

 だから私は、死ぬわけにはいかないのです。


「だいたい、あんな大それたことを企んで、それでも平気な顔をして生きてられるその神経が信じられないわ」


 平気ではないのだけど。

 泣いて暮らす暇があるのならいいけど、働かなければ賠償がお返しできないから働いているのだし。


 でも、そんなことを言っても納得しなさそう。


「みっともなく浅ましくも生き恥を晒して。どこまで強欲なのかしら?まあ所詮は男爵の娘ね。どこまでも無知で愚かだから、名誉とか尊厳とかそういった事さえ理解できないのね」


 罪人わたしに名誉なんてあるはずがない。

 尊厳なんてなおのこと。


 でも、男爵家じっかのそれを貶められるのは我慢ならない。無知で愚かだったのは私個人であって、お父様や実家は関係ないじゃない!


「そこまでにしときなよシュザンヌ」


 不意に声をかけられて、先輩とふたり、声のした方を見る。植え込みの向こうから姿を現したのは、私をいつも気にかけてくれているあの先輩。何でもない顔をして、真面目に働けばいいと言って下さった、優しいほうの先輩。

 そういえば奥様の御用聞きに一緒に行ってくださるはずだったわ。私が来ないから探しに来てくださったのかしら。


「なによオーレリア。貴女には関係ない話よ」


 シュザンヌ先輩が暗に「邪魔だ」と言っている。同格の伯爵家でオーレリア先輩のほうが歳上で、彼女には強く出られないから話に入って欲しくないんだろう。

 私としても、オーレリア先輩にまで迷惑をかけるのはちょっと避けたいなあ。普段から優しくしてくれる、恩ある先輩なだけに。


「その娘の素性・・、知っているのは貴女だけではないのよ」


 でもオーレリア先輩は引く様子はない。それどころか。


「お嬢様も奥様も旦那様も、お分かりになった上でその娘を雇ってらっしゃるの。貴女がどうこう言うことではなくてよ?」


 そう。公爵家の方々だけでなく、家令さまも執事さまも侍女長さまも、全員私のことを、私が何をした女なのか分かった上で、その上で黙って働かせてくださっているのだ。

 それなのに、いやそれだからこそ、私は自死を選んではダメなのだ。生き恥を晒そうがこうして非難を浴びようが、生きて償わなくてはならない。

 それが、私を生かす決断をしてくださった殿下や王太子妃殿下や陛下、何よりもお嬢様のご恩に報いるただひとつの道だと、私は信じている。


「……っ、そんなもの、この娘がそれに甘えているだけじゃない!礼儀も何も知らない男爵家の娘ごときが、お情けで生かしてもらったことにいい気になって!」


 シュザンヌ先輩。その先はダメです。

 それ以上は我慢が利かなくなります。


「田舎者の小娘ごときが調子に乗って!どうせすぐにご恩も何もかも忘れて」


 先輩の言葉は、私が彼女の胸ぐらを掴んで引き寄せたことでピタリと止まった。


「死罰すら、賜れなかったんですよ、私」


 そのまま私は抑揚をおさえて、よおく聞き取れるようにゆっくりと囁いてやった。

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