〖番外2〗かくしてお試し教育は公務化され、今日も王子がグイグイ来る

「やっぱり私には、王子妃なんて無理ですねー…」


 改めて王子妃教育の詳細を聞けば聞くほど、とてもではないが自分には荷が重すぎるとしか言いようがなくなる。そう改めて嘆息するコリンヌである。


「こんなもの、そもそも務まる・・・方が・・おかしい・・・・のよ」


 そんな彼女を見つつブランディーヌはそう言って、手に持ったままだった短剣をスカートの中に差し込んだ。その手が再び出てきた時にはもう短剣はどこにも見当たらない。

 スカートをはぐって目視で確かめているわけでもないのに、彼女は問題なく短剣を鞘に納めたようである。脚も服も傷つけずになんとも器用なことだが、実はそうした技術も武術講習で教えていたりする。

 というか、王子妃や王太子妃でもなければ武器を隠し持っている時点でアウト・・・のはずである。そういう意味では、王家にとって武器・・持たせても・・・・・心配ない・・・・ほどに心から信頼できる者でなければ、王子妃や王太子妃の候補にすることも出来ないのだろう。


 そういう意味でもやはりあの時、コリンヌが目論見通りに王子妃になることなど最初からあり得なかったのだ。


 だが王子妃教育や王太子妃教育に関する実態は、それこそ機密事項であって一般には知られていない。だからこそコリンヌも知らずに大それた望みを抱いたし、これからもきっと彼女と同じ過ちを繰り返す者が出るだろう。


「あの」

「まだ何か?」

「私の受けた1日無料体験ですけど、あれ定期開催に出来ないでしょうか」


 唐突にも思えるコリンヌの提案に、ブランディーヌは少しだけ首を傾げた。


「あの時も言ったけれど、王子の婚約者候補は6歳の頃から王子妃教育を受けて育つわ。だからわざわざ別途に無料体験など必要ないと思わなくて?」

「無料体験が必要なのはそういった候補者の皆様ではありません。私のような、候補にも選ばれないのに分不相応な高望みをするような者たちにこそ、きちんと現実を・・・教える・・・必要・・がある・・・と思います」

「……ああ、そういうこと」


 確かにそれは、身をもって身の程を思い知らされたコリンヌならではの発案だと、ブランディーヌも得心する。


「けれど貴女にもあの時殿下がお教え下さったと思うのだけれど、あれ結構費用が嵩むのよ?」

「それは急に組み込まれた予定外の・・・・業務・・だったからですよね?正式に公務化して、きちんと予算を組めばずいぶん変わるのではありませんか?」


 なるほど、確かに一理ある。


「それに、あの時は王太子妃さまやロッチンマイヤー先生までお出まし頂いたから、それもあって高くついたのではありませんか?」


 つまりコリンヌは、無料体験教育を公務化して関わるホスト側のグレードを落とせば、その分経費も抑えられるのではないかと言っているのだ。

 確かにそれは間違いないだろう。そして経費を圧縮できるなら、継続業務として認められる可能性も上がるだろう。


「つまりあのお試し教育を一般業務化して、希望者を募って定期的に開催するようにすれば、貴女やシャルル殿下のように将来を狂わす者も減るはずだと、貴女はそう言いたいのね?」

「はい。私は自業自得ですが殿下は本当に巻き込んでしまったようなものですし、今にして思えばエドモン様たちも私が将来を奪ってしまったわけですから」


 そう。コリンヌはブランディーヌに拾われてやり直す機会を与えられただけまだ幸せなのだ。その一方で彼女を取り巻き愛でてくれた男子たちは、軒並み将来を棒に振って辛い状況下に置かれている。

 だがそうした不幸に陥る者を今後少しでも減らすことができるなら、彼らの不幸な境遇も、貴重な前例として無駄にはならなくなるに違いない。


「……そう。それも貴女の“贖罪”なのね」


「…………はい?」


 かすかに呟いたブランディーヌの声は、コリンヌには届かなかったようである。


「分かりました。では貴女の提案はもう少し詳細を詰めて、わたくしが正式に政務議会に提議することに致しましょう」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 でも提議は貴女の名前で出しますからね。

 パッと花開くような笑みになるコリンヌを見ながら、声に出さずにブランディーヌは微笑む。


「それにしても、そろそろいらっしゃるはずなのですが……」

「えっ?」


「ブランディーヌ!」


 コリンヌが呟き、それにブランディーヌが反応しかけたところでガゼボに響く声。以前より少しだけ低くなって、男らしくよく通るようになったその声の主は、もちろん。


「ロ、ローラン様!?」

「また今日も来ちゃいました♪」

「ででででですから!先触れをお出し下さいといつも申し上げているではありませんか!」

「だって知らせたら、貴女恥ずかしがって逃げちゃうじゃないですか」


 会話しつつ歩み寄ったローラン王子は、いつものようにサッと跪いてブランディーヌの右手にキスを落とす。

 近付いて来たときに彼が一瞬だけコリンヌを見て、コリンヌもそれに微笑みを返したのをブランディーヌは見逃さなかった。


「コッ、コリンヌ!?貴女もしかして、わたくしの居場所を殿下にお伝えしたの!?」

「えっ、だってブランディーヌ様がご自宅にいらっしゃるのはいつものこと・・・・・・でしょう?」

「こ、この裏切り者ぉ〜!」

「いいえ、私はブランディーヌ様の“心のお声”に従っただけですわ」


 満面の笑みで、習い覚えた淑女礼カーテシーをしてみせるコリンヌ。ブランディーヌから見ても腹立つくらいに、それは完璧に決まっていた。

 あの時の礼儀も知らなかった無礼者が、よくぞここまで。そう思うと同時に、どんどん手強い存在になっていくコリンヌに少しだけ戦々恐々としないでもないブランディーヌである。


「私の存在も、忘れないでくださいね?」

「キャアッ!?ででで殿下!お顔、お顔が近すぎますわ〜!」

「このままくっつけたいのだけど、ダメ?」

「〜〜〜〜〜!?」



 今日もローラン殿下がグイグイくる。

 しかもいつの間にか自分の侍女コリンヌまで味方につけて。


 ブランディーヌが殿下に陥落するまでそう遠くない、というかもう陥ちてるだろ。と控えるコリンヌも他の侍女たちも護衛も影たちも、ブランディーヌとローラン以外の全員が、微笑ましい気持ちで若い恋人たちの甘すぎるやり取りを眺めているのだった。

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