10.それぞれの処遇
「ああ、それとね」
ブランディーヌかコリンヌか、どちらかが死を賜らなければならない。その絶望的な二者択一を聞いて絶句したまま立ち尽くすシャルルに向かって、何でもない事のようにジェニファーが声をかけた。
「シャルル殿下、貴方の王位継承権はおそらく剥奪されることになります。もちろんブランディーヌ様との婚約を貴方の有責で破棄された上でね」
「…………は?」
「詳細は陛下と王太子殿下がお決めになることだけれど、シャルル殿下の継承権と“第二王子”の地位の剥奪、そしてゆくゆくは臣籍降下か、あるいはどこかの貴族家へ婿入り、ということになるのではないかしら」
一方的に突き付けられる内容に、さすがのシャルルも言葉が出ない。
「な……義姉上、何を……」
「だってそうでしょう?貴方の
そう言われてしまっては、シャルルには返す言葉がない。今日これまでコリンヌの醜態を見せつけられて改めてブランディーヌの淑女ぶりを再確認するとともに、コリンヌに王子妃は務まらないと思い知ったばかりである。しかも国秘教育を含む王太子妃教育まで始まっているとなれば、それを含む王太子教育にまだ進んでいないシャルル自身よりもブランディーヌの方が
「……私の継承権の剥奪が、ブランディーヌの助命に繋がるというわけですか」
「ええそう。ブランディーヌ様には
悔しげに声を絞り出すしかないシャルル。
何でもない事のように返すジェニファー。
しかも、そうすればブランディーヌの
「それでね」
ジェニファーはそのままブランディーヌに向き直る。
「貴女には、改めてローラン殿下の婚約者として話が上がっているの」
そしてまたもや爆弾発言を飛ばしたのだった。
「ローラン殿下、ですか………」
ローランはシャルルの異母弟で第三王子、今年14歳で学園の1年生である。まだ成人前ながら兄シャルルよりも優秀だと一部で密かに噂されている。
そしてブランディーヌも王家の私的な茶会などで何度も面識があり、全く知らない間柄でもなかった。
しかもローランにはまだ婚約者がいない。本人の意思なのか王家の意向なのかは分からないが、どうにでも動ける身軽な立場を保っているのがローラン王子だ。
だがシャルルが第二王子、つまり王太子の
そういう意味では、極めて妥当な落とし所と言えよう。
「それは、わたくしの一存では何とも……」
「ええそう、そうよね。アクイタニア公のご意向も伺わなければね」
戸惑うブランディーヌの迷いを的確に言い当てるジェニファー。だがおそらく、ブランディーヌの父であるアクイタニア公爵に否やはないだろうことも、解っている口ぶりである。
実際、アクイタニア公爵がこの話を拒否することはないとこの場の全員、そう、コリンヌにすら分かることでもある。どう考えても自明の理というやつだ。
「というわけで」
パン、と手をひとつ叩いてジェニファーが席を立つ。
「この話は決まり次第お沙汰があると思うので、全員それを待つように。
それとロッチンマイヤー夫人、今回の教育はもうここで終わりにして構いません。結論は出たようですからね」
「畏まりました」
ロッチンマイヤーがジェニファーに恭しく頭を下げ、ひとつ遅れてシャルル、ブランディーヌ以下全員が跪き頭を垂れた。
それを見て満足そうに微笑むと、ジェニファーは静かに部屋を出て行った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
シャルルはその日のうちに父王に謁見を願い出て、王位継承権の返上と廃嫡を自ら申し出た。廃嫡、つまり王妃アレクサンドリーヌの子としての権利を全て放棄することで彼は自身の失態と責任を認め、ブランディーヌの助命を自らの意思で願ったのだ。
そんな彼に父王であるアンリ41世は小さく嘆息しつつも、最後の最後に判断を誤らなかった我が子を褒め、彼の願いを全て叶えた。
シャルルとブランディーヌの婚約はシャルルが宣言した通りに破棄された。もちろん彼と王家の有責でだ。
今後はシャルルとローランの立場が逆転し、シャルルは婚約者のないまま王位を継ぐ者たちの“予備の予備”としての立場に甘んずることになる。
大方の予想通り、アクイタニア公爵は娘の婚約者の変更を黙って受け入れた。公爵家にも娘ブランディーヌにもほとんどなんの影響も出ないため、これは当然のことであった。
数日で話がまとまると直ちにシャルルの廃嫡と、併せてローランとブランディーヌの婚約が発表された。一応の決着を見たことで、あの卒業パーティー以来社交界を騒がせていた一連の騒動も急速に下火になっていった。
シャルルの側近候補だった三名は、やはりお試し教育当日のうちに各家の当主、つまり父親に事の次第を報告し、その日から自主的に蟄居に入った。
その後しばらくして正式な処分が下ったが、それは以下の通りである。
エドモンは例のお試し教育をセッティングした調整能力が買われて、予定通りに宰相府での出仕を許された。ただし、向こう三年は一切の昇進が見込めない下積み待遇を言い渡され、事実上平民と同等として扱われることになる。
父の宰相は、息子の不始末の責任を取って辞職を願い出て受理された。それとともに侯爵位を嫡男、つまりエドモンの長兄に譲り、首都を発って領地での隠居生活に入った。
ベルナールは実家の伯爵家とは切り離されて、一介の平民扱いで中央騎士団への配属が決まった。勘当こそ免れたものの、しばらくは伯爵家の援助を受けられない状態で一から出直さなくてはならないだろう。
父である騎士団長も宰相と同じく辞職を願い出たが、こちらは受理されなかった。代わりに副団長に降格され、地方騎士団の統括に回ることになった。
オーギュストは先のふたりよりもやや処分が重くなった。内定していた宮廷魔術師の就任は取り消され、伯爵家の嫡男であったが廃嫡された。
彼はそのまま領地へ引っ込んで一年間ほど自主的に蟄居を続けることになるが、これは魔術によるテロ行為の懸念を払拭するためである。魔術師としての才能はそれなりに高かったため、彼が王都に留まっていては処分を不服として暴発しかねない、という懸念が拭えないのだ。
もちろんオーギュスト自身にそのような意思は全くないのだが、世の中には魔術師だというだけで不安視する層が一定数いるものだ。
そして父の伯爵もまた、筆頭宮廷魔術師の職を辞して宮仕えからも引退した。ただし彼には息子がオーギュストしかいなかったため、今後は縁戚から養子を迎えるか、オーギュストの歳の離れた妹に婿を取らせるかしかないだろう。
エドモン、ベルナール、オーギュストの三名はまた、それぞれの婚約者とその家からも婚約を破棄された。そもそもが婚約者がいながらコリンヌにべったりだったのだから、これはある意味で当然のことであった。
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