06.不合格

 はぁ……、やっとお昼食べられるわ……。


 ということであたしたちがやって来たのは客人用の小食事室サラマンジェ。普段は地方から王城に派遣される使者や、国々を渡り歩く行商人など、さほど身分の高くない客人のために昼食をもてなす部屋だということだけど。

 何でもこの部屋を、国賓をもてなす大晩餐室だと思え、とのこと。

 あ、言ったのはもちろん逆三眼鏡オバサンね。あいつホントいちいちウルサイわ〜。


 部屋に入るとすでに食卓ターブルに用意がしてあって、輝く銀の食器クーテレリーを見るだけでテンションが上がる。あたしまだ成人したばっかりだから正式な御披露目デビュタンテもまだだし、こういうとした・・・食事の席・・・・にお呼ばれしたことないのよねえ。

 とはいえ、今はまだ食器が並んでるだけで料理も飲み物も来ていない。それはこれから給仕たちが運んでくるのよね。うふふ、楽しみ〜♪


「殿下殿下!早く座りましょう!」

「おっ、おいコリンヌ」


 上がったテンションそのままに殿下の手を取って食卓に駆け寄り、手近な所に座る。もちろんあたしは殿下の隣!


「はしたない!」

ピシャリ!

「ぁ痛あっ!?」


 なっ!?テーブルクロスナップ・ド・ターブルの下から膝叩かれた!?

 唖然としていると食卓の下から這い出て来たのは…………アンタかーい逆三眼鏡!!なんでそんなとこに隠れてんのよ!?アンタの方が全然はしたないじゃないの!


「全く、席次はおろか着席の作法さえ守れないとは。まさかこれほど駄目・・だとは」

「とか何とか大仰な言い方して!アンタも結局あたしを虐めたいだけなんでしょ!」


 もうなんか色々と我慢ならなくなって、とうとう大声で叫んでしまった。


「非を改めるどころかそのように大声で。淑女の何たるかも解らないのですか?」

「殿下ぁ〜!このオバサンクビにしてくださぁい!見てたでしょう今の!この人絶対あたしのこと嫌いなんですよぉ〜!」


 なんかブツブツ文句言ってるけど、構わず殿下に泣きつく。こうやって泣いて見せれば殿下は何でも言うこと聞いてくれるから、もうこれでこのオバサンもおしまいよ!


「………………いや、あのなコリンヌ」


「えっ?」


「今のはそなたが悪い」


「………え?」


 え、今もしかして殿下に怒られてる?


「時間割を見ただろう、コリンヌ。そこにこの時間、なんと書いてあった?」

「え…………えーと……」

「今確認してみろ。『昼餐ちゅうさん』と書いてあるはずだ」


 言われて慌てて時間割を探すけど、ない。

 あー応接室に置きっぱなだ!


「殿下の仰る通り。『昼餐』になっておりますわね」


 そこへ嫌味ったらしく完璧令嬢が時間割をヒラヒラさせてくる。それをひったくって見たら確かにそう書いてある、けど要は昼食のことよね?


「いいかコリンヌ。『昼餐』とは来賓を招いて催す正式な食事会のことだ。昼食なら『昼餐』、晩食なら『晩餐』という。正式な・・・、の意味は……分かるな?」


「まさか…………これも“王子妃教育”ってことですか……?」


「当然です。むしろ何故ただの昼食だと思えるのですか貴女は。王子妃となるからには当然、昼餐会や晩餐会のホスト役として来賓をもてなさなくてはならないというのに」


 殿下だけでなく、後ろから完璧令嬢にまで言われてしまって、もうどう返していいか分からない。

 知らないわよそんなの!これから覚えるんでしょう!?


「その通り。餐会の差配も“王子妃教育”のカリキュラムの一環だからこそ、本日の“無料体験”に組み込みました」


 逆三眼鏡オバサンまで冷たく言い放ってくる。

 ということは、つまり。


「席次の確認、着席する順番、出される料理の内容と順番が饗す来賓に合っているかどうか、料理そのものに来賓に対する敬意と配慮がきちんとなされているかどうか。

さらには守るべき作法がきちんと守られているか、給仕や同席者に来賓に対する失礼な振る舞いがないか、適切な話題を選んで来賓を楽しませる事ができるか。

そうしたことを見極めるのが本日のこの『昼餐』の授業・・でしたが…………さすがに始める前から不合格だとは思いませんでした」


 もしやと思ってターブルの下に控えていて正解でしたわ、とか何とかオバサンが言ってるけど、もう耳に入らない。

 それくらい今の一言がショックで。


「ふ、不合格………?」

「ええ、不合格ですわね。というより貴女、今までの授業でひとつも合格しておりませんわよ」


 えっ、待って?

 呆然として周囲を見渡す。


 半ば呆れたようなオーギュスト様。

 困ったように苦笑するエドモン様。

 ベルナール様は…………あ、これ雰囲気に合わせて渋い顔してるだけだわ。

 そして殿下は。


「コリンヌ。そろそろふざけるのは止めた方がいいぞ?ロッチンマイヤー女史は我が国で王子教育、王子妃教育を長年担当されていて、それだけでなく王族の側近たちの教育も統括しておられる御婦人だ。この方に合格を頂けないと、そなたは王子妃として認められないんだ」

「え……」


 それってつまり、ここにいる・・・・・あたし・・・以外の・・・全員・・がこのオバサンの“生徒”ってこと?

 そして、あたし以外は全員・・この授業に・・・・・合格・・してる・・・ってことなの!?


 …………そっか。

 みんなしてあたしをバカにしてるんだ。


 こんな事もできないのか、って。

 田舎者にはどうせ無理だろう、って。


「………………どうせ、」


「ん?」


 殿下が怪訝な顔してるけど、もういいわ。


「どうせみんなして、あたしのこと田舎者だってバカにしてるんでしょ?」

「……コリンヌ?」

「田舎者だから分からないって思って、子供でもできる簡単なやつだとか言って、本当は難しいやつばっかり選んでやらせてるんでしょ?」


「いや、それは違⸺」

「もういいわよ!」


 我慢できなくなって大声を上げたら、呆気に取られたように誰も何も言わなくなる。遮られないのをいいことに、あたしは激情のままに言葉を重ねた。


「どーせあたしは田舎者ですよーだ!こーんな難しい都会のマナーなんて、どーせ分かりっこないですよーだ!

でもねえ、せめて言ったことくらい守りなさいよね!10歳に受けさせる内容をやらせるって言ったんだから、こーんな難しいの・・・・じゃなくて10歳時の教育それ相応のを受けさせなさいよ!!」


 殿下はエドモン様たちと困ったように顔を見合わせあう。

 完璧令嬢サマは一瞬だけ驚いたみたいだけど、すぐに扇で顔を隠した。


「あら、よろしいのですか?」


 そんな中、最初に反応したのは逆三眼鏡オバサン。

 ちょっと意外そうな顔をして、それから「ふむ、なかなか根性だけはありそうですね」とか何とか言いながら小食事室を出ていった。

 だけどすぐに戻ってきたと思ったら、その手にはなぜか乗馬鞭ではなくて打鞭だべんが。


 えっ待ってそれ武器・・じゃない!?

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