02.王子妃になりたいかーっ!

「えー、本日はお忙しい中、皆様お集まり頂きましてありがとう存じます」


 ガリオン王国の首都ルテティアにある王城の一角。登城した者が取り次ぎを待つための応接室のひとつに、朝から数人の男女が集まっていた。


 公爵家令嬢ブランディーヌ。

 男爵家令嬢コリンヌ。

 第二王子シャルル。

 シャルルの側近候補で、宰相の三男エドモン。

 同じくシャルルの側近候補で、騎士団長の次男ベルナール。

 同じく、筆頭宮廷魔術師の長男オーギュスト。

 以上の6名である。


 この場をセッティングしたエドモンが司会役であり、まず挨拶から始めようとしたのが冒頭のセリフである。


 ブランディーヌ、シャルル、コリンヌ以外の三人は「コリンヌの付き添い」である。「コリンヌ応援隊」とも言う。彼らもまたシャルルと同じようにコリンヌを見初めて、日頃からその側に寄り添っている高位貴族の子息たちで、その親密さは学園内で知らぬ者もない。もちろんブランディーヌも把握済みである。

 ちなみにコリンヌは自分が今から何をやらされるのか分かってなくて、不安げにシャルルの腕に縋りついている。


 彼らが集まったのは他でもない。先日の卒業記念パーティーでブランディーヌが提案した、コリンヌの王子妃教育1日無料体験・・・・・・の実施のためである。


「えー、本日はお日柄もよく、」

「前置きはいい。さっさと始めるぞ」


 エドモンの挨拶が長くなりそうなのをシャルルがバッサリと斬り落とす。エドモンは頭がよく知恵も回るが、話が無駄に冗長すぎるのが欠点だ。


「えー、では早速。

⸺コホン。


みんなーっ!王子妃になりたいk」

「始めろと言っておろうが!」


 いつものことだと分かってはいるものの、つい声を荒らげるシャルルである。こういうよく分からないジョークをちょいちょい挟もうとするのもエドモンの欠点なので、シャルルも声を荒らげるもののそれ以上叱責しようとはしない。


「ちぇっ。ちょっとくらい良いじゃないですか殿下。今日のこれ、セッティングするのにどれだけ苦労したと思ってるんですか」

「知らん」


 卒業記念パーティーのあの日、ブランディーヌの問いかけに「ハッ。コリンヌの王子妃としての資質を問うつもりなら無駄だ。彼女の覚悟のほど、しかと見定めるがいい」と言ってコリンヌ本人の意向も確かめずにエドモンにセッティングを指示したのはシャルルなのだが、シャルル本人は指示しただけであとは丸投げだった。

 それからおよそ7日。関係各所に調整を入れて講師陣を手配したのは全部エドモンなのだが、シャルルにとってはそれは当たり前の・・・・・こと・・なのでいちいちねぎらうこともない。


「というか、王子妃になりたいのはコリンヌ嬢だけだろう?」

「分かりきった事を聞くなベルナール」


 腕を組み、片眉を上げて確認するベルナールに、それにいちいちツッコミを入れるオーギュスト。大雑把で直情的なのがベルナールの欠点で、細かいツッコミと訂正を挟みたがるのがオーギュストの欠点だ。


「…………えーと。では今回の王子妃教育1日無料体験を受けて頂くに当たって、筆頭教官のロッチンマイヤー女史からコリンヌ嬢へお話があります」

「まだ挨拶続くのかよ」

「だから黙って聞いてろ」

「だって殿下だって苦虫を噛み潰してんじゃねぇか」


 シャルルが今度は文句を言わないのは、彼自身がこれまでの王子教育でロッチンマイヤー女史に嫌というほど絞られてきたせいである。下手なことを言えば今後の王子教育でどんな罰、もとい宿題を出されるか分かったものではない。

 というかお試し体験なのにわざわざロッチンマイヤー女史まで押さえてあるとは。エドモンめ余計な手際を見せおって。


 ドアが開き、応接室に背の高い痩身の中年女性が入ってくる。上品で質の良い、だが飾り気の少ないロングドレスを身に纏った、逆三角眼鏡の気の強そうな御婦人だ。

 この御婦人こそがこの国で長年、王子教育と王子妃教育を担当してきたロッチンマイヤー女史である。


「皆さん。本日はようこそ我が『ロッチンマイヤー・ブートキャンプ』へいらっしゃいました。すでに受講済みの方もいらっしゃるようですが、本日は皆さんに王子教育、王子妃教育の何たるかを改めて学んで頂こうと思います」


 さすがは筆頭教官というべきか、教科書に載るレベルのお手本のような淑女礼カーテシーのあと、ニコリともしないままロッチンマイヤー女史の発した言葉に男子陣がざわめいた。


「えっ!?」

「俺たちもか!?」

「いやいやロッチンマイヤー先生!受けるのはコリンヌだけでしょう!?」

「ていうか『ロッチンマイヤー・ブートキャンプ』って何!?」


 女史の言葉に面食らう男子陣(シャルル含む)。

 対してブランディーヌは平然と済まし顔。

 コリンヌはこのあと何が起こるか分かってないのか、ぽやっとしている。


「黙らっしゃい!」


 そして全員が女史に一喝されて黙り込む。

 まあブランディーヌだけは全く動じていないが。


「そんなに慌てなくても別に問題ないでしょう。本日はお試しとのことですから、用意したカリキュラムは10歳時のものですし、ここにいる皆さんならば出来て・・・当たり前・・・・の簡単なものです」


 そう言われて、あからさまに安堵する男子陣。女史の言葉が本当なら、受講済みの面々にとっては単なる復習でしかないし、未受講のコリンヌにもそこまで難しくはないだろう。ちなみにエドモン以下三名も側近候補として、王子教育に準ずる教育を幼い頃から受けてきている。

 だが、それでもしコリンヌがこなせてしまったら、この1日体験を提案したブランディーヌになんのメリットがあるというのだろうか。ますます面目を潰されるだけではないのか。

 これはセッティングしたエドモンがブランディーヌの意向を捻じ曲げて簡単なカリキュラムを組ませたのかとも思えたが、それならそれでブランディーヌから抗議があって然るべきである。なのにその彼女は済まし顔のまま何も反応を見せない。


「なぁんだ。王子妃教育っていうからどんなお勉強させられるのかと思ったら、10歳の子供に受けさせるような簡単なやつ・・・・・なのね。ビックリして損しちゃった〜」


 コリンヌがようやく理解したといった感じで、安堵の息を漏らす。パッと花開いたように笑顔になって、それを見た男子陣が揃ってだらしない笑みを浮かべる。

 そんなコリンヌも男子陣も気付かない。感情を曝け出した彼らを見るロッチンマイヤー女史の目が、わずかにスッと細まったことに。

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