10
『くそっ。マックスがやられた』
『誰か、助けて』
『今俺が行く。持ちこたえ、うわあああっ』
青い昼の空に血液の赤が舞う。生徒たちは、突如襲ってきたシビセイの部隊と背後を押さえる正規隊の攻撃を凌ぐため、廃ビルの残骸を拠点に何とか猛攻を凌いでいた。しかし、四方八方から飛んでくる攻撃に、五秒に一人のペースで子供が死んでいく。約二百五十人いた子供たちと〈ソルダット〉は当初の半分近くまで減っていた。
ミサイルを撃ち尽くした〈クリーガァ〉がポッドを排除して、瓦礫を踏みつぶして前に躍り出る。そのゆったりとした足取りはどこまでも傲慢で、絶対者の風格を放っていた。
『対観測者殲滅陣形継続。六合器隊、続け』
機体から発せられた事務的なその声を皮切りに、〈クリーガァ〉後部に接続された人員輸送コンテナから、続々と緑の隊服を着た兵士が現れる。携える六合器は、SS-06可変式銃剣〈
兵士らが体形を組んで銃撃しながら生徒たちに接近してきた。〈クリーガァ〉のミサイル砲撃によって分断した生徒たちを補足し、一人が射撃で追い込む。そして回り込んだもう一人が死角から襲かかり、ソードモードにした刀身で呆気なく首をはねた。
シビセイの兵士は非観測者ばかりで構成されてるといえど、正規の訓練により統制、錬磨されたその動きと最新鋭の武装の前では、多少速いことだけが取り柄の子供ではまるで戦いにならない。兵士は二十人、〈クリーガァ〉は六機と、数の上では生徒たちに利があるものの、その程度では戦況に影響を与えることはなかった。
主砲が直撃したにも関わらず、何事もなかったかのように突進してくる〈クリーガァ〉にヨシノは苛立ち、コンソールを殴った。逆にこちらは一発が致命的になり得るので、慌てて同時に回避運動を取る。
『んだ、このチート。死ねクソカス。ナーフしろ。ナーフ』
その後ろでカササギは必死に正規隊への通信を試みてた。
『おい、どういうことだこれは、おい!』
『テロ組織風情が! 口利くんじゃねえ!』
ようやく返ってきた通信は、それきりでもう繋がることはなかった。カササギは全てを悟った。
『あいつら俺たちを売りやがった』
通信越しにその言葉を聞きつつも、夕星は顔色を変えずに、前線で〈騒早〉を振るって戦う。真っ向から打ち合っては力押しで負けるので、受け流すのが精一杯だった。
「やべぇ!」
下から振り上げられた兵士による一撃に、皐の手から〈騒早〉がはじき飛ばされる。がら空きになった皐に、別の兵士が突きの姿勢で背後から迫っていた。夕星は咄嗟に走り出し、迫る兵士を蹴り飛ばす。そして皐の首根っこを掴んで、前から振り下ろされる一太刀を躱して、その場から後退した。
一度陣の中に引いて、夕星は控えの部隊と交代する。息を整え、目の前で繰り広げられる一方的な虐殺に目をやる。そこにあるのは無残な子供たちの死体ばかりだった。もはや誰かも分からず、踏まれたことにすら気づかれず踏みつぶされていく。それでも、死にかけた少年が仲間の元へは行かせまいと、兵士の足を握る。
「意味のないことをするな」
兵士は〈白虹〉から弾丸を放って、禄に見ずに少年にとどめを刺した。
その通りだ。こんなゴミみたいに生きて、殺され、あいつらには、俺には生きている意味などあったのだろうか。
『ありまああぁす!』
『ない! ない! 行く意味なんてない! あいつらやっぱり死にそうじゃん! あ! そこ触んな!』
不意に光通信を通して少女と中年男性の言い合う声が響き渡った。生徒たちの誰もが困惑に包まれる中、陣にいた誰かが指さし、叫んだ。
「何か、正規隊の機体が一機こっちに突っ込んできてるんだけど!」
その場にいた全員がそちらを見やる。確かに正規隊仕様の〈ソルダット〉がめちゃくちゃな軌道でこちらに向かってきていた。迎撃しようとした瞬間、中年男性が制止した。
『こら! 撃つな。撃たないで。撃たないでくださーい』
戦闘区域にも関わらず開けっ放しにしているコックピットハッチから正規隊のドミニクと先ほど別れたはずのあの少女、ルナリアの姿が見えた。生徒たちが呆気に取られていると、そのまま〈ソルダット〉は陣に突っ込んできて急停車した。ルナリアは機体から飛び出し、目に涙を浮かべながら吐き出すように叫んだ。
「皆さんは騙されていたんです! 推薦なんて嘘です。お金と引き替えにあなたたちは、テロ組織の代わりとして殺されるんです。というか何で今まで逃げなかったのですか!」
そこにカササギ機の黒い〈ソルダット〉が滑り込んできた。コクピットハッチが開き、中からカササギが降りてくる。すぐさまアイガモ型自律思考メカが操縦する〈ラブダック〉が機体の背後に付き、弾薬とエナジーコンデンサーの交換を始めた。
「逃げるってどこにだよ。逃げられる場所なんてないだろう。ずっと」
カササギはルナリアを鋭く睨んだ。そして、目の前で続く光景に視線を移す。
「でも!」
カササギとルナリアの間に、地面を這いつくばりながら半泣きの皐が割って入る。
「そうだぜカササギ。逃げようぜ。もうどうにもなんねえよ」
「このままただ逃げても、各個撃破されてそれこそ終わりだ。俺たちが生き残るとしたらどうにか奴らに一泡吹かせて、突破するしかない」
諦めのない強い瞳だった。夕星はその瞳を眺め、ルナリアもまた誘われるように見つめる。コクピットから降りてきたヨシノはカササギと視線を交差させ、どこかに向かう。ルナリアは涙を拭うと、呟いた。
「伸ばせば遠く。重ねれば届く」
不意に放たれた言葉に、その場にいた全員の視線が注がれる。
「38万キロまで42回です」
「は?」
皐の声を遮るように、ルナリアは紙を一枚取り出した。それを、半分に折った。
「ここに一枚の紙があります。これは0.1ミリの厚さですが、こうやって折ると倍の0.2ミリになります。さらにもう一回折ると、また二倍になります。そうやってどんどん折っていくと、42回目で、距離にして約44万キロ、つまり月まで届くようになるのです」
「嘘つくんじゃねえ! そもそもそんなん折れるわけねえだろ。詐欺罪で訴えんぞ!」
「はい、折れません。ですが、理論上は可能なんです。一見どんなに無理そうなことでも、重ねていけばどこまでも届くんです。みんなの手を重ねていけば月にだって届きます。だったらあの人たちをやっつけることぐらい訳ないです。違いますか?」
カササギは鼻を鳴らし、笑った。
「言ってくれるな。だがお嬢さんの言うとおりだ。俺は何も諦めたわけじゃない。いいか、お前ら。理屈は簡単なことだ。俺たちが窮地に立たされているのは、目の前をシビセイに塞がれて、後ろを正規隊に取られているからだ。だったら目の前のシビセイの数を減らして、後ろの正規隊の包囲網を崩せばいい」
周りから否定や疑念の声が続々と上がる。けれども、カササギは自信を浮かべた表情で仲間たちを見渡した。
「幸運にも一つ手ができた。それがうまくいけばなんとかなるはずだ」
一方皐はおずおずとカササギを見上げた。
「それが失敗したら?」
「そのときは無能な指揮官を好きなだけなじって一緒に死んでくれ。けどな、その代わり俺の策が成功したら、お前ら黙って俺に命預けろ」
誰からも返事はなかった。カササギはさして気にした素振りもなく夕星を見つめた。
「お前はどうだ、夕星」
視線が交差する。夕星の眼差しは今と、そして過去のカササギを見ていた。
「別に何でもいいよ。でも、その人が言った重ねるってことと、カササギが昔言っていたことはたぶん同じだから、俺はそれをやるだけだよ」
「決まりだな。今内側にいる奴らは補給が完了次第、前衛の奴らと交代するぞ」
ドミニクがコクピットから遠慮がちに顔を覗かせた。
「あのう。俺は帰ってもよろしいですか?」
「ああ、もういいっすよ」
「うわ、いつの間に」
ドミニクはいつの間にか後部座席に座っていたヨシノに驚く。ヨシノはカササギに目配せを送ると、自らの〈ソルダット〉に戻っていった。カササギもまた機体に乗り込み、前を見据えた。
「それじゃまあ、腹くくっていこうか」
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