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彼らは既に出発した頃だろうか。夜明け前の空を眺めながら、ルナリアは〈ソルダット〉のコクピットに座っていた。開けっ放しのハッチから冷たい夜風が流れ混み、月光を浴びたそれとよく似た色の髪をなびかせた。前方の座席では確かドミニクと呼ばれていたひ弱そうな男があくびをかみ殺しながら操縦桿を握っている。
隣を走行する機体から音もない風に乗って、ゴールドとリッカルドの品性のない声がこちらに届いてきた。ルナリアは聞きたくもなかったが、嫌でも会話が耳に入ってきた。
「いやあ。リッカルド先生。今年も卒業シーズンがやって来ましたねえ」
「ええ。早いものです。なんだかんだ寂しくなりますね」
「そりゃもう、リッカルド先生は人一倍そうですよ。彼らを厳しくも暖かい眼差しで見守ってきたわけですからね」
「彼らには悪かったですが、下手に手を抜いて指導して、新天地で死なれた寝覚めが悪いからですね」
「その想い、きっと生徒たちにも届いてますよ」
沈黙が降りる。二人への心証をわずかばかり改めようかとルナリアが考えたとき、忍び笑いが起こった。次第にその笑い声は押さえようとも押さえきれず、爆発した。
「んなわけねえだろ、このバカチンがぁ!」
「しかし理事長、今回の仕事はどういう経緯で?」
「ああ。そういえば、どうもシビセイの新東京支部がシビュラと癒着してるって話を小耳に挟んだもんだから、思い切ってシビセイの方に話を持ちかけたんですよ。そしたら商談成立! あいつらの死体をシビュラに仕立て上げて、新東京からは討伐した体を装って普通に報酬もらって、シビセイからもお心を頂戴して、報酬二倍二倍! おまけにそろそろ不満が爆発しそうになってきた今の代のガキ共を在庫一掃セールできるときた」
「さすが理事長! お得意の“卒業試験”炸裂ですね!」
気をよくしたのか、ゴールドとリッカルドは歌い始めた。
「今ー別れの時ー。飛び立とう」
「飛び立とう」
「未来信じてぇー」
「弾む」
「弾む」
「若い」
「力」
「力」
「信じてー」
「この広いー」
「この広いー」
「この広いー」
「この広いー」
「大ぉー空にー」
満足そうに咳払いすると、ゴールドは高らかに笑った。
「これぞ人生からの卒業! なんつってな」
ルナリアの体から血の気が失せた。子細は不明瞭だが、とにかく彼らが無意味に殺されることは理解できた。絶望の中に身を置きながらも希望を信じて、夢を語って、ただそれだけを糧に生きてきたのに。それをこのような腐った大人たちに踏みにじられるなんて。
「ちょっとあなた。今すぐ彼らに連絡を取ってください。このことを知らせなくては」
ドミニクは露骨に顔をしかめた。
「はあ? 無理っすよ。そんなことしたら俺クビっすよ」
「あなた、それでも大人ですか!」
「三十三歳です!」
「私は十六歳ですけど!」
「若っ。つかこんだけ離れちまったら通信なんて無理っすよ」
「そんなことないでしょう。電話してください」
「電話ってねえ。そんなもん旧東京にあるとかないとかいうなんとかっつう塔が起こしてる電波障害で使い物にならないっすよ。そんなの小学校で習うでしょ」
「で、でも街の中じゃできるでしょう」
「そりゃあ、通信補助設備が整ってる街中だったらなんとでもなりますよ。でもこんな辺境の土地じゃできるわけないでしょ」
「ならば、私を彼らの元へ連れて行きなさい」
「はあっー!? 無理無理。無理に決まってますよ。そんなことしたらリッカルドの野郎にしばかれるし、あいつら戦ってんだろ。俺まで死ぬって」
「これは前金です」
慌てふためくドミニクの目の前に、ルナリアは自分の携帯端末の数字が並ぶ画面を突きつける。ドミニクは呆気に取られた表情で自分の携帯端末を取り出し、ルナリアの物と接触させる。その瞬間電子音が鳴り、ドミニクは増えた自分の手持ちに目を丸くした。
「もし連れて行ってくださるのなら、倍の金額をさらにお支払いしましょう」
「いざ行かん!」
それからのドミニクの行動は早かった。リッカルドに連絡を取ると、監督に行った者で一人具合が悪そうだったから役目を代わるとぬけぬけと嘘をつき、隊列から抜け出し、〈ソルダット〉の進路を反転させたのだった。
ルナリアは愛用の杖を胸に抱えて祈る。
「皆さん、どうかご無事で」
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