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 朝の静謐な空気が辺りを包み込む。朝日が灯り、灰色の土地を明るく照らすけれど、そこに温もりはない。瓦礫に埋もれた大通りを〈ソルダット〉の四肢がよじ登り、時折現れる大きな亀裂をワイヤーアンカーを駆使して飛び越えていく。「早稲田通り」と掠れた文字で書かれた甲板を踏みつぶして、彼らは置き去りにしていく。


 斥候部隊からの情報により、ターゲットであるシビュラの拠点を割り出した。かつては駅前の繁華街として親しまれていたビル群や、商店街を改造して根城にしているらしい。周辺の地形データも入手、解析し、カササギは段取りを決めた。


「各員通達。概ね事前の打ち合わせ通りの手順で攻める。LPCD展開後、それぞれ送った座標の位置に着け。ここら一帯、神嘗戦かんなめせん時代の激戦区だ。地盤が脆いから足取られないように気をつけろよ。先制攻撃で一気に落とすぞ」


 返事はいずれも威勢が良いものばかりだったが、疲れを隠すための虚勢に過ぎないことは明白だった。各機体から無数のLPCD(Laser and particle communication drone)が空に向かって打ち上がり、円盤状の本体からトレミー粒子が辺りに散布されて、粒子通信領域を形成する。同時に光通信の範囲も拡張された。じりじりと緊張感が辺りを包み込み、カササギはついに号令を下した。


「エイハブ、仕掛けろ!」


 第一班班長エイハブが駆る白い機体を筆頭に、多連装ロケット砲を装備した〈ソルダット〉が一斉にロケット弾を放ち、シビュラの拠点に降り注いだ。


 爆炎の合間を縫って、虫のように敵ドール部隊がわらわらと這い出てきた。鳳凰科技公司製〈黒猫へいまお〉。〈ソルダット〉に比べると曲線を多様とした形状の機動性に優れた機体だ。


 接近される前にダメージを与える。カササギが指示を出そうとした瞬間、それよりも早く後方の廃ビルの屋上から弾丸が放たれた。見事装甲の薄い脚部関節を貫き、〈黒猫〉が一機足を挫かれる。カササギがそちらに振り返れば、第九班班長アリが乗るモスグリーンの〈ソルダット〉の120mm滑腔砲が敵を鋭く牽制していた。コクピットの中ではアリの褐色の無表情が今日もそこに淡々と構えているだろう。


「さすがだなアリ。カモたちは今のうちに次弾補給急げ」

『グワ!』


 カササギの指示を受け、後方に控えていたドールを小型化したような外見の補給支援機、愛称〈ラブダック〉が動き出す。いずれの機体もカモミールの兄弟機であるアイガモ型自律思考メカが搭載されており、ドールの補給や整備が役目だ。


「俺たちは一気に詰める。オモト、ミケ先輩、道を切り開くぞ」


 前に出たカササギ機に追従して、ミーケニーケ率いる十五班のショッキングピンクの〈ソルダット〉が敵陣に突撃していく。計四門からなる30mm機関砲が弾幕を張り、敵の足を止めた。その隙を突いて、カササギ機が機体側部に装備された大型ブレードを展開して、敵を一撃で両断する。さらにその頭上を通常機よりも増設されたワイヤーアンカーを駆使して、ビル群を曲芸じみた動きで飛び渡る影がある。第四班班長オモトが操縦する水色の〈ソルダット〉が敵機の頭上に急降下し、取り付く。そのままコクピットに汎用アームをあてがい、ゼロ距離からパイルドライバーを射出して、串刺しにした。


 戦況は生徒たちが優勢だった。カササギら前衛は、確実に敵の数を減らし、敵の本隊は、ケレス率いる第六班の大型シールドを装備したパープルカラーの〈ソルダット〉を中心にして押さえられている。


 しかし、カササギの表情に余裕はない。ヨシノは操縦に集中しながらも、そのわずかな機敏を前を向いたまま悟った。


「どうしたん?」

「どうも違和感がある。装甲が薄く、機動性が売りの〈黒猫〉なのに、ほとんど回避しないで突っ込んでくるばかりだ」

「確かに。オートか? 駆動関節もぎちぎちして整備してねえんじゃねえの、あれ」

「歩兵が出てこないのも気になるな。これが大手PMCや、五大勢力の正規戦力をも手こずらせるあのシビュラ様か? それに」


 カササギは後方に目を眇める。正規隊はいつも通り採点の名目で、手を貸すことなどせず生徒たちから離れて後方に待機している。平時の光景だ。しかし。


「超放任主義のあいつらがあんな近くにいやがるのも気になるな」

「さすがに卒業試験だからじゃね」


 突如、戦域で今までとは毛色の違う爆音が轟き、カササギとヨシノはそちらに反応する。〈黒猫〉が〈ソルダット〉に肉薄した瞬間爆発したのだ。


「特攻? トレミー粒子纏ってんだ。あの程度の爆発で〈ソルダット〉やれるわけねえだろ常識的に考えて。情弱乙」


 ヨシノが言うように、自爆を受けた〈ソルダット〉は多少のダメージを受けただけで健在だった。とても有効的な戦術ではない。そこでカササギは気づいた。


「ヨシノ、敵機をスキャン」

「おけ」


 即座にヨシノは指示通り動いた。すると、カササギの期待していた答えがそこにあった。


「やっぱり生体反応がない。各機、今相手にしてるのは全部無人機だ。となるとこれは」


 コクピットにアラートが鳴り響いた。前方に座っていたヨシノが珍しく緊迫を露わにした顔で振り返った。


「カササギ! 両サイドから反応あり!」

「やっぱり囮か。全機一度下がるぞ!」


 奇襲が読まれたのか。カササギは行動を振り返った。みんな疲れてはいたが、斥候の際には細心の注意を払っていた。相手に気取られた様子はなかったはずだ。どこで間違えた。


 生徒たちの駆る〈ソルダット〉が一斉に後退する。増援が放った弾丸が戦場を一閃した。搭乗していた生徒は自分が死んだことにも気づかなかっただろう。上部装甲を貫かれた機体は一瞬のうちに爆散した。爆発の衝撃を感じながらヨシノは慌てて操縦桿を切る。


「一撃? 何だこのクソゲー。〈黒猫〉の火力ってレベルじゃねえぞ」


 砲撃してきた機体をモニター越しに認めて、カササギは目を見開いた。


「〈クリーガァ〉だと。まさか」


 DHM-040〈クリーガァ〉。〈ソルダット〉の面影を感じさせながらも、その体躯は一回り大きく、140mm滑腔砲をはじめとした各種装備類も、それと比べて遙かに洗練されている。無機質な白い装甲は、命を刈り取る死神じみた雰囲気を放っていた。しかし、カササギが驚いたのは機体そのものよりも、そこに描かれた小さなマークだった。七つの星と船が描かれた象徴。カササギは振り絞るように言った。


「シビセイだ」

「ま? シビセイ!? 何で治安維持組織様がテロ宗教の加勢すんだよ」

『きっと俺たちがシビュラと勘違いされてるんだ。おーい。俺たちは敵じゃない。おーい』


 機体のハッチを開けて、一人の生徒が〈クリーガァ〉に向かって手を振る。されど、応じたのは140mm滑腔砲だった。またしても呆気なく命が散る様を見て、カササギは奥歯を噛みしめた。


「各機、シビセイは俺たちを狙ってる。試験どころじゃない。全員、最大速度で逃げろ!」


 なりふり構わず生徒たちは逃げ出す。その退路に弾丸の雨が飛んできた。消耗した一機が集中砲火を受ける。普段なら誰かしらが即座にカバーに入っていた。けれども、異常事態を前に誰もが反応に遅れた。最後の言葉すら残す間もなく、ただ爆音と舞い散る装甲の破片だけを辺りにまき散らして、消えていく。


 カササギは全く予期していなかった方角からの攻撃に唖然としながら、思わず立ち上がって、コクピットハッチを開いて振り返る。何故ならそちらからの攻撃は全くあり得ないはずから。何故ならそちらにいるのは曲がりなりにも味方だから。


 正規隊の〈ソルダット〉の砲身から弾丸が放たれた。

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