5

 司令官を失い、混乱する夜明けの帚星を尻目にセムアーク生徒たちは戦場から撤退を開始する。しかし、司令官を討てば、即戦闘が終了するわけでもなく、各地で小規模の戦いが続き、犠牲者の数は止まらない。


 備品も知識も心許ない名ばかりの生徒たちによる医療班にユリウスを引き渡した後、カササギ班は比較的安全圏にたどり着けた。それから二時間経過し、ようやく銃声は鳴り止み、わずかばかりでも辺りに弛緩した空気が流れる。昼の青を浮かべていた空もいつの間にか茜色に変わっていた。戦闘時とは打って変わって、低速で進む〈ソルダット〉はくたびれて見えた。


 カササギに命じられると、カモミールはコクピットの専用ハードポイントに鎮座し、機体の操縦を代行し始めた。カササギとヨシノはシートを倒し、一息つく。アスタは〈騒早〉の整備、皐はコンテナの上部ハッチを開け、甲板に上がって足を放り出し、夕星はコンテナ内で黙って座り込んでいる。


 静寂に沈む。そこに、件の少女が声を張り上げた。


「私はルナリアと言います! 将来の夢は王様です!」


 夕星以外のカササギ班の面々が、突発的な大声に面食らう。しばしの沈黙の後、各々が反応を示した。


『王?』


 カササギ。


『怪電波乙』


 ヨシノ。


「俺、皇城皐」


 皐。


『グワ』


 カモミール。


 アスタは怪訝な視線だけを送り、夕星はコンテナの隅の油汚れに目を落としていた。


「先ほどは助けていただきありがとうございました。荷物までいつの間にか運んでいただいて」


 ルナリアと名乗った少女は丁寧に頭を下げた。その優雅な様からは確かな教養が窺える。コンテナの隅にはルナリアの所有物だという大きなスーツケースがあった。カモミールが夕星たちが戦っている間に回収した物だ。カモミールは戦場で金目な物を見つけるとよく拾ってくる。したがって善意で回収したわけではない。


 夕星は向かいに座るルナリアをちらりと見た。よく手入れされた春の淡い月光のような長い髪に、きめ細やかな刺繍が入った上等な赤い袴と艶を放つブーツから察するに上流階級の人間であろう。年齢は夕星らとそう変わらない十代半ばだろうか。足を痛めているらしく、胸には大事そうに杖が抱えられていた。ただその杖は一般的な歩行補助用とはかけ離れた造形をしており、身の丈に迫る大きさから儀典用な趣があった。


『一ついいか、お嬢さん』

「はい。何でしょうか?」


 スピーカー越しのカササギの声に、ルナリアは姿勢を正した。


『何だってあんなところから落ちてきたんだ』


 このような身なりの少女が戦場の真っ只中に落ちてくるなど、常識的ではない。したがって、カササギは真っ先に敵の何らかのユニークな策と判断し、アスタにルナリアのボディチェックを任せた。しかし、不審な点は見られず、単なる非常識的な民間人と判断し、状況も状況なので、何も分からないままとりあえず連れて行くことにしたのだ。


 ルナリアは幾ばくかためらってから口を開いた。


「実はお恥ずかしながら旅の途中、あのビルに登ってみたくなってしまったのです。ああいった過去の文明にわくわくしましたし、眺めも良さそうでしたから。そしたらいつの間にか戦いが始まってしまい、降りるに降りられなくなって困っていたところを助けて頂いた次第です」


 開けっ放しの上部ハッチから皐が下を覗き込んできて、指をさした。


「こいつ馬鹿だぜ。馬鹿は高いとこが好きなんだ。ぎゃははは」

『おまいう』


 ヨシノがぼそりと言った。当のルナリアは辺りをきょろきょろ見回し、面々の顔を順に見て首をかしげた。どうやら自分こそが該当者だと気づいていないらしい。さしもの夕星も小さく口が開いた。


「案内の方にもいつの間に置いてかれてしまっていたので、本当に助かりました。重ね重ねお礼を申し上げます」


 ルナリアは夕星の顔を見て、にこりと笑った。夕星は目を逸らす。


「ところで、皆さんは何をされている方々なのでしょうか?」

『一応学生だな」

「まあ。それは素敵ですね。なるほど。そのおそろいの服と首輪も、制服なのですね。よくお似合いです」


 戦いの惨状など露知らない天真爛漫な笑みだ。話が首輪に及んだ途端、アスタが奥歯を噛みしめて俯く。それに気づいたのは夕星だけだ。ルナリアは訝しげに周りを走行する〈ソルダット〉やアスタが整備していた〈騒早〉、つまりは兵器を見つめた。


「でも、学生ですか?」

『ああ。セムアークってとこで。傭兵の』


 カササギが言いかけると、ルナリアは平時ですら大きい翡翠色の瞳を見開き、胸元で小さく手を叩いた。


「セムアーク! なるほど合点がいきました。それにしてもなんという僥倖でしょう。実は私そのセムアークを目指していたのです。セムアークといえば、恵まれない子供たちを保護して、職業を斡旋している人道的な学校と聞いています。私のことも助けて頂いたことですし、さぞすばらしいところなのでしょうね」


 スピーカーからカササギの乾いた微笑が漏れ聞こえる。笑うしかないだろう。


『で、お嬢さんはうちには何か依頼でも?』

「ある場所までの案内と護衛を頼みたかったのです」


 唐突に機体内に荒々しい通信が入った。


『生徒諸君、傾注!』


 走行していた〈ソルダット〉が一斉に停車し、顔を見合わせたかのように、辺りに緊迫と困惑が生じていった。生徒たちは経験則で理解している。正規隊隊長兼教師代表、リッカルド・ヴァサッロが声を張り上げたとき、ろくなことが起こった試しがないと。


 どことも知れぬ朽ちた民家が建ち並ぶ道路で生徒たちが立ちすくんでいると、一台の正規隊仕様の〈ソルダット〉がゆったりとした歩調でやってきた。そして、その背後から鼻歌が聞こえてきて、どんどん近づいてきたと思うと、自転車に乗った野暮ったい長髪の中年男性が現れた。セムアーク理事長、ゴールド・インフィニティである。ゴールドは生徒たちの前に進み出ると、自転車を降りて、髪をかき上げた。


「はぁい。お前らー。注目ー。ホームルーム始めるぞー。席に着けー。外だから席なんかないけどな。あははははは」


 白ける生徒たちに対して、ゴールドは何が楽しいのか一人で笑い続ける。不意に笑みを止め、髪をもう一度払った。


「皆さんには明日、卒業試験を受けてもらいます!」

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