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 観測者。タンザクシステムを扱える因子を持つ者たちの通称である。六合器にタンザクを装填することで、脳内にエネルギー結晶生命体、六合獣りくごうじゅうを形成。その獣と神経接続を行うことで、反応速度の向上、思考能力の拡張、脳内による直接データ処理などが可能となる。これによって無学の子供も、戦闘訓練を積んだ大人を凌駕する兵器へと即席に変貌させる。


 夕星らが対峙する相手らが使っているのは疑似タンザクという六合獣をオミットしたものだ。トレミー粒子による身体防御、慣性制御などの操作こそオリジナルと遜色なく可能なものの、誰にでも扱える反面、観測者たちのような超反射能力は得られない。 


 階段を駆け上がりながら、夕星は上階に直接乗り込んだマッハ班との連絡を試みる。ここまでそれらしき人物に出くわさなかったことを鑑みるに、討伐対象は上階にいるはずだ。


 速度を上げ、一気に到達。その瞬間、無数の弾丸に見舞われ、野太い怒声が飛んだ。


「またガキか!」


 夕星は咄嗟に皐を掴むと、一人の少年が楯代わりに隠れている瓦礫の山に飛び込んだ。


「夕星さん!」


 マッハ班員のユリウスの半分悲鳴になっている声が夕星を迎える。幼さが色濃く残るその顔には鼻血が垂れていた。夕星は素早く周囲を探った。向こう側に敵は六人。今こちら側にいるのは夕星と皐を除けばユリウス一人だ。


「僕以外、全滅しました」

 

 消え入りそうな声だった。辺りを注視すれば、マッハ・ジョーとその仲間らしき亡骸と、コクピットを破壊された青いソルダットが横転していた。


 マッハとは特段会話した記憶はなかった。ただせっかちで、任務で外に出ているとき、川を見つけると真っ先に飛び込みたがる奴だったことは覚えている。マッハは現在のセムアーク生徒の中で、トップの撃墜数を誇る男だった。


 そんな奴でも簡単に死ぬんだな。


 夕星はそう思った。そして、自分の口元がにやついていることを自覚した。


 銃撃の嵐が瓦礫を吹き飛ばしていく。


「わ、わあ、もう無理。無理これぇ」


 皐が頭を抱えてその場でうずくまる。ユリウスの呼吸が乱れ、苦しげな表情に変わっていく。そんな中、ただ一人夕星の息は整っていた。〈騒早〉の柄を握りしめる手に力が入る。ユリウスが一度怪訝な表情をした。


「駄目だ、夕星さん!」


 ユリウスの叫び声は、既に夕星の背後にあった。夕星は床を蹴り上げると、一直線に最短距離を翔る。


 人間にはオーラがある。それはいわゆるスピリチュアル的なものではなく、その者の外見、所作、あるいは接する周りの人間の態度から醸し出される独自の雰囲気。夕星は直感的に、その中の一人を夜明けの帚星指導者ゼファー・ナイトシェードだと判別した。何より他の兵士が守りを固めているのが論より証拠であろう。


 全ての火線が夕星に集中する。トレミー粒子の前では、いくら銃弾が致命傷にならないといえど限度がある。同じ箇所に断続的に当てられ、粒子を剥がされ、再形成の速度を上回れれば、ただの丸裸の人間と化す。


 夕星はただただ突き進む。最低限回避したり、刃で弾丸をはじき飛ばすものの、体を纏うトレミー粒子はみるみる削がれていった。


“粒子形成率低下。左脚部粒子形成率77% 右腕部粒子形成率67% 頭部粒子形成率54% 胸部粒子形成率43%”

 

 危険領域。脳内でアラートが鳴り響く。しかし、夕星はそれを他人事のように聞き流す。


 38% 25% 18% 12%


 夕星と対峙する者たちの表情に恐怖が浮かび上がった。ようやく夕星が何があろうが、たとえ自分の命が失われようが止まることは決してないと悟ったのだろう。夕星は〈騒早〉の刀身を突き立てた。


 8% 5%


 1

 

 血が体から噴き出す。


「頭!」


 夕星が一手早かった。突っ込みながら剣先で串刺しにすると、そのまま勢いを殺さずに壁際まで押しつける。ゼファー・ナイトシェードがぴくりと体を震わせ、反撃を試みようとした。しかし、夕星はあばらに突き刺した刀身をねじると、零距離で鍔部の射撃機構から弾丸を連射し、とどめを刺した。


 刀身に突き刺さった死体を、夕星は乱雑に投げ捨てた。振り返ると、一瞬のうちにリーダーを殺され、立ち尽くしていたその仲間たちが我に返り、夕星を狙っていた。もう一発でも食らったら終わりだ。


 死ぬ。夕星は全く臆することなく、他人事のようにただそう思う。


 打ち棄てられ、元から崩れかけていた廃ビルだ。それがこの戦闘で限界を迎えたのだろう。目の前で突然部屋の真ん中が崩落した。夕星を殺そうとしていた男たちは、瓦礫の山と共に暗い底へと落ちていった。


 夕星は一つ息を吐くと、何事もなかったかのように、対岸にいる皐とユリウスに声をかけた。


「出よう」


 ガラスがなくなっている窓から飛び出し、夕星らは崩落するビルから脱出する。最後に一度振り返ると、動かなくなった仲間たちが降り注ぐ瓦礫に消えていった。落下しながら外壁を蹴飛ばし、夕星は地面に着地した。


「夕星!」

「グァー、グァー」


 そちらを見やれば、人員輸送コンテナに乗ったアスタとカモミールがいた。カモミールはドールやコンテナと接続することで、一人で自由に操縦することができる。カモミールがここまで回してくれたのだろう。少し遅れて皐とユリウスも合流する。二人を先に乗せ、夕星もコンテナに乗り込もうとした瞬間だった。ヨシノから通信が入った。


『ゆうちゃん! 上から熱源。生体反応だ。敵がまだ』


 夕星は反射的に〈騒早〉を構えた。しかし。


「わぁああ」


 体が反射的に動いていた。持っていた〈騒早〉を放りだし、夕星は腕を伸ばす。春の暖かい月光のような淡い金の長髪がひらりと舞う。


「わあ。わあ。わあ?」


 手に収まった赤い袴を着た少女と夕星は目が合った。前方から夕星らを迎えに来た〈ソルダット〉が停止する。


 コクピットハッチが開き、顔を出したヨシノが叫んだ。


「親方! 空から女の子が!」

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