3

 アマガワリアクター稼働正常。トレミー粒子形成クリア。熱源感知。生体反応三。非アクティブ六合器視認。脳内で戦闘ステータス画面が瞬く。部屋の広さは300平方メートルほど。デスクの残骸や崩れた天井が当たりに散見している。旧時代のオフィスのようだ。奥に階段が見える。夕星の視界に六合器を携えた成人男性が三人いる。武装組織夜明けの帚星の構成員の末端だろう。


「何だこいつ」

「敵襲か。いつの間にこんな切り込まれてんだ」

「おい、上も攻められてるぞ」

 

 三人は突如現れた夕星への狼狽もほどほどに、それぞれ六合器を構え、タンザクを起動させた。


“tristan”

“Isolde”

“nibelungen”


 三人一斉に六合器にタンザクを装填すると、突撃してきた。アスタが転送してきた情報が自動的に脳内で処理された。それによると、先行してきた二人の持っている剣型はそれぞれ〈トリスタン〉と〈イゾルデ〉というらしい。そして、後方に下がった一人が今まさに夕星に向けているカービンライフル型が〈ニーベルング〉。いずれもワーグナー社製で、その他細かいスペックやこぼれ話なども記載されていたが、夕星には関係ない。殺せばただのガラクタだ。


 射撃。後衛が放った銃弾が飛んでくる。夕星にはそれがキャッチボールのようなゆったりしたものに感じられた。

 

 弾丸の雨が空を切る。地面を蹴り上げた夕星は、既に敵の眼前に迫っていた。それは跳躍というには、滑走に近く、実際のところ、六合器から散布されるトレミー粒子の慣性制御効果により浮遊していた。〈騒早〉の鍔部に増設された牽制用の射撃機構を相手に向け、脳内でトリガーを引く。放たれた一撃に男たちが怯んだ。その一瞬に飛び込む。コートの黒がはためいた。


「わ」


 夕星のすぐ真横で首から分離した顔が宙を舞う。別の男が動く気配。切断した頭部が地面より落ちるより早く、夕星は〈騒早〉の刀身を次ぎの一撃に備えるべく翻す。


 この男は戦い慣れているのだろう。目の前で仲間が瞬殺されたというのに、全く動

じず最小限の動きで夕星を殺そうとしてきた。しかし、夕星にとってそれはあまりにも遅い。その一振りはせめてあと一秒早く振るべきだった。


 夕星の頬に返り血が飛ぶ。心臓を一突きされた男は床へ崩れた。残された最後の一人は、〈ニーベルング〉を構えるのも忘れ、一瞬の光景に唖然として夕星に目を見張った。


「こいつ、観測者だ! お前ら、気をつけろ!」


 残された最後の一人が出し抜けに伏せた。その瞬間、夕星は彼を最後の一人と形容したのが過ちだったことに気づく。伏せた向こうから、いつの間にか〈ニーベルング〉の銃口が三つに増え、夕星を狙っていた。


「いくらすばしっこかろうが!」


 回避不能。


 嵐であった。瞬刻、夕星の体を無数の銃弾が殴りつけた。着弾の衝撃で体が揺れる。しかし、夕星が倒れることはなかった。血の一滴すら流していない。体を纏う不可視のトレミー粒子が弾丸の直撃の瞬間、複層に展開され、威力を和らげたのだ。


 夕星は脳裏のステータス画面をちらりと参照する。

 

“粒子形成率低下。胸部粒子形成率78% 右腕部粒子形成率90% 左脚部粒子形成率82%”


 夕星は尚も続く銃撃に堪えながらサブタンザクを取り出し、表面をタップして起動させた。


“shield”


〈騒早〉のサブスロットに装填すると、目の前で粒子が瞬き、収束した。透明な障壁が形成され、そこに驟雨が如く弾丸が降り注ぐ。


“bomb”


「夕星、伏せろ!」


 背後から聞こえてきた皐の声に夕星は伏せる。粒子で形成された爆弾が弧を描くように夕星の頭上を通過した。


 爆風がコートの裾を翻す。同時に敵の体も吹っ飛んできた。


 まだ生きている。

 

 夕星は素早く飛び上がると、地べたに伏せる敵の喉笛を四つ切り裂いた。


「うわ、バリグロぉー」


 容易く行われた行為に皐は顔をしかめたが、夕星は間をつなぐ雑談のように気安く口を開く。


「遅かったね」

「コンテナに頭ぶつけてよぉ。これじゃ馬鹿になっちゃうぜ」

「皐は大丈夫だよ」

「そうか? ま、俺の頭はいいから、頭いいもんな」


 元々馬鹿なのだから改めて馬鹿になることはないだろう。考えを胸中に秘め、夕星は歩き出す。わずかに気配を感じて振り返った。


「観測者め」


 憎悪に満ちた目だった。切り裂かれた喉から血が吹き出すと事切れた。物言わぬ屍になったそれを夕星は気にも留めない。

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