第74話「聖王国の勇者」

「儂はな、前世でもここでも、ずっと一人だったのじゃ」


 アルトロアの勇者キョウゴク・タロウ・アルトロアは、訥々とつとつと自らのこれまでを語った。



 彼は『ちょんまげ下天』とあだ名されるカシロウの名を聞いて、恐らく同郷であろうと当たりをつけていた。


 そして言葉を交わすうち、確かに同郷だとは知れた。けれど彼はカシロウよりも後の時代を生きたウナバラよりも、さらにずっと後の時代、東京と呼ばれる街に産まれた。



「儂が前世で一人だったのは完全に自業自得。そればっかりは自責の念しかない」


 京極太郎の前世は悪逆非道。直接誰かを殺めた事は無かったが、彼の行動で結果的に命を失った者は多々いるほどには悪かった。


 安い土地を買い叩いては、景気を見てそれを高く売る。


 言葉にすればただそれだけだが、買うのも売るのも合法とは言い難い手法で稼ぎまくった。


 そんな彼に多数の取り巻きはおれど、友と言える者は一人もいなかったのだ。


 そして四十八歳の時、逮捕どころか遺族を名乗る者に呆気あっけなく撃たれた。



 倒れゆく時には色々と悟り、もし生まれかわったなら、誰かの役に立ち、知らぬうちに友達ができるような、そんな奴になろうとそう決心して死んだ。


 しかし、再び生を受けたこの世界でも、彼に友達ができる事はなかった。



「それは儂のせいではないと考えておる。国じゃ。アルトロアという国のせいじゃ」


 無から産まれた転生者キョウゴク・タロウには、カシロウとは違い普通の生を与えられる事はなかった。


 赤子のうちに勇者認定を受け、アルトロアの名を与えられ、それは同時に王族の末端としての地位を与えられる事に他ならない。

 しかしそれが、彼の思いとは大きな齟齬そごを生んでゆく。



 アルトロアにとっての勇者、それは他国をおびやかす兵器であると同義なのだ。



 彼は明けても暮れても剣と魔術の訓練を強要され、同世代の者達が送るような、普通の日々を送る事は許されなかった。



「――で? 何故そのようなお主がこんなところで魔獣と過ごしていたのだ?」


「……嫌んなったのじゃ。十歳になる前か、もう我慢ならなくなってな、教育係も王も王族も、全部叩き斬ってやったのじゃ」



 彼は前世から、割りとすぐに腕力で解決しようとするタイプ。十年近くもよくもった方だと言える程度には短気で短慮で短絡的である。



 そして唯一人の王族となった彼は、なんと『聖王』となった。

 ただ彼しか王族が居なかったからというシンプルな理由で。


「王になってもな、部下は出来たが友達は出来なかったのじゃ。だからな、友達を求めて魔獣の森へ単身出掛けて、そのまま二年経ち、今に至るわけじゃ」



 少しの沈黙ののち、カシロウが大声で笑い出し言った。



「わはははは! お主のどこが『聖王』なのだ!」


「言うなカシロウ。儂かてそう思うておるわ! わはははは!」



 笑う二人に釣られてヨウジロウらも笑い出し、「さて」と切り出した天狗の声で腰を上げた。


「日暮れ前にはブンクァブに戻ろう。だからあの子たち、埋めてあげようか」


 カシロウが斬りまくった魔獣を指差して天狗が言う。


「助かる。連中には悪いことをしてしまったのじゃ」

「私もです。結局は罪のない魔獣たちを私が斬っただけですから」


「まぁ済んだ事だよ。前見て進まなきゃね」



 皆で手分けして魔獣たちを埋めてゆく。

 幸いヨウジロウとタロウがあけた大穴があるため、埋葬はスムーズに進んだ。


 埋め戻した大穴に向かい、皆で手を合わせた後、タロウが森へと向けて大声を張り上げた。


「儂はもう森には戻らん! 今まですまんかったのじゃ!」


 そしてカシロウらに向き直り、さらに続けて言う。


「貴様ら魔王国にもすまんかったのじゃ。儂のわがままで迷惑かけたな」


「それこそ済んだ事、気にするな。そんな事より早くブンクァブへ戻ろう。いい加減ヨウジロウが寝てしまう」


「…………はっ。だ、だいじょぶでござ、ござる、よ……」



 目を擦るヨウジロウを尻目に天狗が仕切る。


「さぁ帰ろ、と言いたいとこだけど、ハコロクさん」


「なんでっか?」


「遠回りで帰ってね。ほったらかしのトミーオ班に声掛けてちょうだい」





⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 ブンクァブへと駆ける道すがら、タロウがカシロウへと問いを投げた。


「なんだ?」


「ずっと気になってはいたんじゃが、その肩の鳥……鷹か、貴様から出たり入ったりしておるが……なんなんだ?」


「これか? これはトノだ。また詳しく説明してやるが……、私の魂に住む……相棒だ」


 己れの胸をトントンと指差したカシロウがそう答えた。


「ほう? 相棒か……。良いな貴様は、友達が多くて」


「お主にも住んでいると思うが、心配するな、お主ならばすぐに友達も増える」


「そ、そうか? ははは初めてのととと友達が言うんだからそうに違いないな! 楽しみじゃ!」



 そして道中、序列七位ヴェラ・クルスへ脅威は去ったと報告し、ホッと胸を撫で下ろしたヴェラと共にブンクァブへと戻った一行に――



「シャカウィブ滞在中のリオ様が斬られました」



 ――またしても凶報が届いた。

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