第73話「同い年」

「はーい、そこまでそこまで。この勝負、僕が預かるよー!」

「天狗さま! 助かったでござる!」


 ハコロクを伴った天狗が杖を手に、ホッホッホと高らかに笑って現れた。



「なんじゃこの越後の縮緬ちりめん問屋どんやジジィは。貴様の言う事なぞ聞かんわ」


「まぁまぁそう言わないで。年長者の言う事には耳を傾けるものだよ」


 ふむ……、と頷くキョウゴクマン。


「一理ある。貴様、いくつじゃ」

「三百と二歳だよ」


 それを聞き、柄へと伸びたキョウゴクマンの手が下がり、真っ直ぐに立って腰を折った。


「確かに年長、聞く耳を持とう」


 それを見たカシロウも柄から手を離し口を挟む。


「なぁおい、私も明らかに年長者だと思うぞ?」


 カシロウは現在四十歳、キョウゴクマンはどう見ても十を幾つか過ぎた頃、せいぜいヨウジロウと同い年程度の少年である。



「儂はな、今は十二じゃが六十じゃ。貴様せいぜい四十前後じゃろうが」


「あら? 合わせて六十って……ひょっとして?」


 そう言った天狗がカシロウへと視線を向けた。


「……同い年ですね。私も合わせてちょうど六十」


 現在四十のカシロウ。前世では二十歳でその命を散らしている。



「ほう? 貴様も転生者だと? しかしどうせアレじゃろう? こちらの体に宿るタイプのアレじゃろ。儂は違う、なんと言ってもレア中のレア、『無から産まれた転生者』じゃからな!」




 再び場を沈黙が支配した。




「……なんじゃ貴様ら。嫌な感じの間を取るが……、もしや貴様も無から……?」


「その通り、私も無から産まれた転生者だ」



 『無から産まれた転生者』とは、キョウゴクマンの言う通りレア中のレア。

 なので当然、話の展開はなっていく。



「ではお主が――」

「ならば貴様が――」


 カシロウとキョウゴクマンが同時に口を開いた。


「聖王国アルトロアの勇者か?」

「魔王国ディンバラのちょんまげ下天じゃな?」



 二人はお互いに睨む様に見つめ合う。

 そして少しの沈黙ののち――


 わはははは!


 ――と笑って肩を叩き合った。



「父上? キョウゴクマン殿?」


 首を捻るヨウジロウらを置き去りに、カシロウとキョウゴクマンだけは楽しそうに笑い続けていた。



 カシロウは合点がいった。


 なぜ三十ほども下の子供に厳しく当たってしまったか、それは無意識にを感じ取ったから。


 さらに他には全くいない、『無から産まれた転生者』という境遇も同じ。


 そして安心もした。


 いつかディンバラにあだを成すのではないかと思われたアルトロアの勇者が、こうしてお互いの境遇を知っただけで笑い合える相手であった事に。




 キョウゴクマンも腹の底から笑っていた。


 幼き日に聞いた、この世代で唯一人、自分と同じ『無から産まれた転生者』がいると。


 無から産まれるとは、単純に言って父母を持たぬという事。


 それは、例え二度目の生であろうとも耐え難いもの。


 カシロウには幸い、フミリエやユーコー、それにリストルがいた。

 今ならばハルもヨウジロウもいる。


 しかしキョウゴクマンには、誰一人として、家族とも友人とも言える者は居なかったのだ。



 そしてこのカシロウとの邂逅は彼にとって、生涯を通して最高に大事なものとなる。





京極キョウゴク太郎タロウ・アルトロア。それが儂の名だ、よろしく頼む」


 キョウゴクマン改めキョウゴク・タロウは先程までと打って変わって、ピシリと姿勢を正し、深く腰を折ってそう名乗った。


山野ヤマノ甲士郎カシロウ・トクホルム、こちらこそよろしく」


 お互いにきちんと名乗り、そして手を握り合った。


 先ほどまでのいがみ合った素振りなど微塵みじんも見せ――


「それでマン太郎? お主これからどうするつもりだ?」

「マン太郎言うなバカ! このちょんまげ野郎!」


 ――ぬ事もなく、手を握ったままで再び二人は睨み合う。握る手に力を込めて締め上げて、そして同時に手を振り痛がった。



「儂は貴様らについて行く。この森に住むことはもうない」

「そうか。うん、分かった。ついて来い」



 先程まで二人の間に立って頑張っていたヨウジロウ、二人の顔を順に見遣って問いを投げた。


「……二人は友達になったんでござるか?」


 この問いに過敏に反応したのはタロウ。


「な!? と、とととと友達じゃと――!? そ、そそそそんな……とととと友……だ……ち?」


 真っ赤な顔でワタワタと、どもりまくるタロウに対し、落ち着いた顔のカシロウが言う。


「ああ。私達はもう、今日から友達だ」

「……な!? と、とととと友達じゃと!?」


「なんだ? 違うのか?」


「いや! そそそそうじゃない、貴様がそう言うのならそうじゃ! 儂らはそう、ソレ、とととと友達じゃ!」


 より一層顔を赤くして、ダラダラと汗を流すタロウへ向けてヨウジロウが言う。


「父上の友達ならばそれがしも友達でござる! よろしくでござるぞマンタロウ殿!」


「マンタロウ言うなバカ! でもよろしくじゃヨウジロウ!」


 いきなり二人も友達が出来たと、内心で喜んでいたタロウ、実は顔に出まくっていた。

 デレデレの中のデレデレだったよね。


「じゃあ僕も友達だね!」

「ワイも友達でんな!」


 空気を読んだ天狗とハコロクも、さも当然というようにタロウの友達へと立候補。


 その日はキョウゴク・タロウ・アルトロアにとって、その併せて六十年の生で初めての友達を、一挙四人も獲得した歴史的快挙を遂げた日となったのである。

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