第72話「キョウゴクマン」

「なんかおかしな事になってるみたいだね」

「何者ですやろな、あの子供。なんかえらい強いみたいやけど」


 天狗とハコロク。

 二人は一町110m近くも離れたカシロウらと謎の少年とのやり取りを盗み聞きなり読唇なりしていた。


 二人ともに目も耳もとても良いのだ。



「助けんで良いんでっか?」

「ま、いざともなったらね。とりあえず様子を見よ」




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 少年は下ろした覆面を再び上げて顔を隠し、やや大股で立つ。

 そしてゆっくり両腕をクルリと回し、グッと、なんだか香ばしいポーズを決めて言った。


「儂の名は――――キョウゴクマン!」


『「「………………」」』



 沈黙が辺りを支配する。


 遠く離れた先で天狗が腹を抱えて笑っていたが、カシロウらがそれに気付くことはない。


 一番最初に沈黙から解き放たれたのはヨウジロウ。


 ポーズを取ったまま動かないキョウゴクマンに、恐る恐る話しかけてみた。



「……それでその……キョウゴクマン……殿は、魔獣たちと友達なんでござるか?」


「そうじゃ。儂はな、この森でもう二年近くも暮らしておる。仲良くもなろうというものじゃ」


 キョウゴクマンは握ったままだった大剣を、背に負う鞘へと収めながらそう言った。


 それに合わせてカシロウとヨウジロウもそれぞれ兼定を納刀する。



「それをじゃぞ。こうザブザブと斬られては腹も立とうというものじゃい」


 辺りを見回しカシロウが斬った魔獣たちを指差して、キョウゴクマンが文句を言う。


 その時、先ほどキョウゴクマンの声で気を失った魔獣たちが目を覚まし、三人の方を見てすぐに、色をなくして森の奥へと駆け戻って行った。


「見よ。可哀想に貴様らを見て怯えておるではないか」


 なんとなくだが、これまでの魔獣の様子と雰囲気が異なったが、確かにそうかも知れぬとヤマノ親子も納得せざるを得なかった。


「それは大変申し訳なかったでござる。しかしそれがしらも魔獣がこちらへ押し寄せて困っているでござるよ」



 ヨウジロウは落ち着いて、これまでの経緯を掻い摘んで説明した。


 ほど前からこの森から魔獣が現れ出したこと。最近に至っては強力な魔獣が現れるようになり、此度こたびは刀熊なる魔獣さえ現れた為に己らが派遣されたこと。



「そんな事はなかろう。連中は気の良い者たちじゃ。現に、毎日ヒーローごっこで悪役をしてくれているのじゃ」



「ひーろーごっこ? ちょっとそれは分からんでござるが……」


「なにほどの事はない。儂はキョウゴクマンという名のヒーロー……正義の味方ゆえな、訓練の一環として彼らを悪役と見立て毎日格闘しておる訳じゃ。それをこの二年間ずっとじゃ」


 カシロウにはなんとなく、なんとなくだがある考えに思い至るものがあった。


「なぁおい…………魔獣たち、お主に怯えて逃げ出したのではないか?」


「…………な!?」



 キョウゴクマン、腕を組んでぼんやりと宙空を見詰め、しきりに何かを思い出そうとしているらしい。


「そ、そんな事はなかろう。儂は最初にここを訪れた際、熊より大きな悪しき雷狼いかづちおおかみを叩き伏せてな。うっかりやり過ぎて殺してしまったが、それから彼らと共に毎日楽しく過ごしておったのじゃぞ?」


「魔獣にとっては恐怖の対象が変わっただけではないのか?」



「はぅっ――!」



 どうやら思い当たる節のあるらしいキョウゴクマンは、驚いた顔で胸を押さえ――


「…………もしかしたら……連中、儂のことあまり好きではないのでは……、と……思わなくはなかったのじゃ……」


 ――しょんぼりと肩を落として、そう力なく呟いた。



「そそそそんな事ないでござるよ! わわわ分からんでござるが!」


「いや。私には分かる。きっと好きでないどころでなく嫌われていたに違いない」


「ぐはっ――!」


 ヨウジロウのフォローを遮るカシロウの言葉に貫かれたか、キョウゴクマンがガクリと崩れ落ちて四つん這い。さらには顔の真下の大地を濡らし始めてしまった。


「父上! 相手は子供でござらんか! 何より父上らしくないでござるぞ!」


 確かにカシロウもそう思う。


 子供にこれほどキツく当たる己ではないはずだと、そうは思うのだが、何故かちっとも罪悪感を覚えない己が不思議でさえある。



「こ、このちょんまげ野郎……、やはり気に食わん奴じゃ。叩き斬ってくれるわ」

「望むところだ。仕切り直しといこうか」


「ちょっ、二人とも待つでござ――」



 ヨウジロウの言葉に一切耳を傾けず、柄に手を掛けた二人の間の空気が張り詰めてゆく。



 カシロウは雪駄を履いた指先に力を込める。

 キョウゴクマンは背に負った大剣を抜き打たんと前のめる。

 ジリジリとその距離が縮み――


 そしてこういったシリアスを吹き飛ばすのは、いつも通り決まってあの人。


「はーい、そこまでそこまで。この勝負、僕が預かるよー!」


 ――天狗が割って入って緊張感が霧散した。

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