第75話「色違いの竜」
――シャカウィブ滞在中のリオが斬られた――
その情報はカシロウらがブンクァブに着いた夜半、ある者から
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カシロウらはブンクァブに着いてすぐ、昼前に仮眠を取った建物へ直行し
夜通し駆けて来たのだから当然である。
トミー・トミーオとディエスに至っては、『一体何しに駆けてきたでヤンスか……』と残念そうに呟いて眠った。
逆にヴェラとキョウゴク・タロウだけは昨夜普通に寝ているため、特には昼寝をせずに湯浴みと食事を済ませてのんびり過ごしていた。
見た目は十歳と少しの少年であるタロウはなんと、魔人族ゆえ若く見えるが三十近く年上のヴェラに一目惚れしたらしい。
友達を一挙に獲得したからか、気を良くしたタロウは広間で二人きりになった途端に求婚した。
「わわわわ儂のよよよ嫁になってくれ!」
「お申し出は嬉しいんだけどぉ、お断りするわぁ。こう見えてワタシぃ、新婚の人妻なのよぉ」
タロウは詳しく話を聞く。そしてヴェラの旦那も下天の一人、リオ・デパウロ・ヘリウスという男らしいと理解した。
「……な、ならば仕方ないのじゃ。で、ではせめて……、友達になってはくれまいか……」
「ワタシぃとアルトロアの勇者の貴方がぁ、お友達ぃ?」
「だ――だめか?」
ニコリと妖艶に
「良いわよぉ。カシロウのとこのヨウジロウちゃんの方が可愛いけどぉ、貴方も眉毛が凛々しくって素敵だわぁ」
タロウは頭と顔に巻いた白布を剥ぎ取り素顔を晒している。
ヨウジロウと同い年ではあるが、もう二つ三つは年上に見え、確かにヴェラが言う通りに凛々しさを感じさせる顔立ちである。
「そ、そうか! ならば貴様も儂の友達じゃぞ!」
ヨウジロウの方が可愛いと言われはしたが、そんな事より友達が増えたことの方が嬉しいタロウ。
喜色満面、ニコニコと指を五つ折り、自分の友達全ての顔を思い浮かべた。
「なんだタロウ。ヴェラまで友達になったのか?」
「おおカシロウ! 儂にも遂に女の友達が出来たのじゃ!」
階段を降りて広間にやってきたのは、袴を脱いだ着流し姿に兼定を差したカシロウ、それに天狗も後に続いていた。
「もう起きたのぉ? ほとんど寝てないんじゃなぁい?」
「魔獣を斬りすぎたせいかな。気が昂って眠れんのだ」
「天狗ちゃんもぉ?」
「いや僕は戦ってないもん。ひとり寝が寂しくて寝付けないだけだよ」
二人が加わり、新たに四人でテーブルを囲んで座った時、カシロウの胸の辺りから――にゅっとトノが姿を見せてテーブルの上へと降り立った。
「これがぁもしかしてアレなのぉ? 亡きリストル様が求めた不思議な力ぁ……?」」
トノは
『…………』
「トノなんて?」
「混ざる、だそうです」
「へぇ、そっか」
そして話題は宿り神についてとなる。
カシロウと天狗から
「良いよ。調べたげよっか?」
「頼むのじゃ!」
「お願ぁい」
天狗が両掌で作った円でそれぞれ順に二人を覗く。
「ヴェラさんの宿り神は『クジャク』だね。派手目の
カシロウもタロウにトノも加わってその掌の円を覗き、ほぅ、なるほど、などと呟き合う。
「嫌ぁね、そんなに女の秘密をぉ、覗くもんじゃないのよぉ」
などとヴェラが抗議するも、ヴェラ自身、結果を聞いて満更でもない素振り。
「タロさんのは…………、ちょっとこれ見てよヤマノさん」
『…………』
カシロウよりも先に覗いたトノがそっぽを向くのを尻目に、カシロウもその円の中を覗き込む。
そして息を呑む。
「……こ、これは……ヨウジロウと――同じ……」
「そう、色と細部こそ違うけど、ヨウジロウさんのと同じ『竜』だよ。さすがにビビっちゃうねぇ」
「竜じゃと? 竜ってあの……ドラゴンか?」
「どらごんが何か分からんが、物語なんかでよく見る、あの竜だ」
りゅう……、そう呟いたタロウは、さらに小さな声でぶつぶつと言ったかと思うと唐突に笑い出した。
「わはははははは! やはり儂はヒーローじゃ! 竜を宿すヒーローじゃ! これからはキョウゴクマン改めキョウゴクマン・ドラゴンと名乗ろうではないか!」
飽きる事なく高笑いを続けるタロウに対し、青い顔のカシロウ、面白そうな顔の天狗。
――その時、コンコンコンと扉を叩く音。
「七軍の連中かしらぁ?」
「いや、たぶん僕のお客さん。良いよ! 入って!」
失礼しますと告げ、扉を開けて入ってきたのは単身痩躯の黒装束。
タロウの白布のように、頭も顔も、さらに首から足の爪先までを黒で統一した何者か。
「やはりこちらでしたわね、天狗様」
「その声は
見るからに怪しい姿であるものの、天狗の知り合いらしい。
「オーヤさん? どなたですか?」
「天狗の里のオーヤさんだよ。ほら、ハルさんのコレ」
天狗がカシロウに向けて、小指を立てて示して見せた。
「おぉ、あのオーヤ嬢! ハルの! しかしその格好は一体……?」
「僕の里に住むうちの何人かはさ、僕の秘密諜報部員なんだ。オーヤさんも里長夫人もその一人さ」
「ご無沙汰しておりますわ、ヤマノ様」
「それでどうかしたの?」
オーヤが膝をついて居住まいを正して報告する。
「シャカウィブ滞在中のリオ様が――斬られました」
「……あのリオが!? 一体なにがあった!?」
「誰がなんて事よりぃ、リオは無事なのぉ!?」
カシロウとヴェラがそれぞれ問うが、オーヤの答えははかばかしくない。
「ごめんなさい、どちらも……分かりませんの」
「……斬られたまでは確かな情報なんだね?」
「間違いありませんわ。里長夫人が命懸けで持ち帰った情報ですもの」
天狗山からシャカウィブまでは割りにほど近い。
神王国パガッツィオからの五万の軍――その襲来を受けて天狗の里からも諜報部が動き出した。
シャカウィブ監視に向かった里長夫人は、何者かにリオが斬られるのを確かに確認した。
けれど勘付かれてそれ以上の調査は断念し、命からがら天狗の里へと逃げ延びてオーヤに情報を託した。
そしてオーヤも全力を尽くしてここ、ブンクァブの天狗の
「そぉ、分かんないのねぇ。ならぁ、どうすれば良いかしらぁ?」
カタカタと震える指を押さえ、ヴェラがいつも通りの声音を装ってカシロウへと尋ねる。
「案ずるな。あのリオだぞ? リオとヴェラと私と、幼い頃からよく知っておろう。少々斬られたとても心配ないさ。それに――」
カシロウは敢えてニコリと笑顔を作る。さらにヴェラの肩を掴んで力強く続けた。
「――それに私がすぐに向かう。リオと私を信じて待て」
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