第42話「笑んだカシロウ」

「やっ! お招きに預かり参上したよ!」

「――なっ、天狗殿!?」


 剽げた声の主はあの、カシロウには見慣れた笑顔の天狗であった。


 その様子に最も驚いたのはウノである。

 驚愕の目を向けて口を開く。


「……御仁、どのようにしてここまで入られた」


「どの様に……って普通に門脇の扉くぐって階段登ってここまで来たよ?」


「……警備の者どもは」

「ん? ああ、気付かなかったみたいだね」


 ウノの驚愕は止まらない。

 王城警備の人影じんえいには荷が重くとも、ウノ直属の部下である二人の天影てんえいの目を盗んでの侵入。

 噂に聞く天狗であるならばそれも可能なのであろう。

 しかし天狗に連れられた男にまでも容易に、今夕侵入された庭ならばともかく、ここ、王の間まで侵入を許すとは信じられなかった。



「悪いと思ったんだけど、大事な話してる気がしたから勝手に入っちゃった。ごめんね」


 両掌を併せてぺこりと謝った天狗が続ける。


「ついでに重ね重ね悪いとは思ったんだけど、途中から話も聞いちゃった。皆さんお悩みのビスツグくんの護衛、とっておきの人を連れて来たよ」


「…………え?」


 驚いたのは天狗に連れられて来た男。


「え? それまさかワイでっか?」


 男は当然、つい先程ビスツグ暗殺未遂をおこなったハコロクである。



 間髪入れず、音もなく忍び寄ったウノが短剣を抜いてハコロクへ迫るのを、カシロウが鋭い声で呼び止めた。


「ウノ殿! 待った!」


 何が起こったのか全く分からなかったのはリストルただ一人。

 武力的にリストルだけは、一般人のそれと大差ないからだ。


「……この男の『訛り』、ダグリズルの一部地域のものと思われるが?」


「確かに口調は近い。しかし体格も声音も異なる。慌ててはいけない」

「姿形や声音を変えるすべもございます」


「だからそう、慌ててはいけない」

「……精査したいが宜しいですか?」


 カシロウの言を受け、ウノがハコロクへそう問いかけた。


 あうあうしながらハコロクが天狗を見遣ると、ニヤニヤしつつも唇の形で『ガ・ン・バ・ッ・テ』と寄越した。


 垂れた眉毛をさらに垂れさせハコロクが頷く。


「お好きな様に調べたってや」


 両手を上げたハコロクの服の上からウノがまさぐっていく。


「……酒臭いですね」


「ああ、ごめん。ここ来る前に二人でちょっと呑んで来たんだ」


 謝ったのは天狗。それには特に触れずにウノが調べていく。

 結局は下帯一本にまでされたハコロクだったが、どうやら疑いは晴れたようだ。


 驚くべき事に柿渋装束の先ほどに比べ、背はそれでも小さいとは言え明らかに高く、肉付きも小太りと言って差し支えない程に体積が増している。

 カシロウの目を持ってしても同一人物とは考えられぬ程に。



「失礼しました。持ち物等には死んだ男との類似点は見られませんでした。信じましょう」


 さすがにとまではいかなかった。



 ウノの言葉にハコロクは――やっぱし兄貴は死んだんやな――と改めて理解し、そしてそれは忘れる事にした。


 ――なんやよく分からん展開やけど、ちょっと面白おもしろなってきたわ。


 どうやらこの天狗と呼ばれる老爺。先ほど行われたような凶行に対し、ビスツグその標的ハコロクその実行犯を護衛に付けようと考えているらしい。



「天狗殿のお連れであることだし、仮に先程の刺客であったならばこうまで堂々と現れぬであろうよ」


 そう言ったリストルに対し、いや実は本人ですねん――とは口が裂けても言えないハコロク。



「天狗殿、お初にお目に掛かる。余が魔王リストルでございます。お見知り置きを」


 玉座に座ったままではあるが、キチンと頭を下げて丁寧に挨拶したリストルを指さし天狗が喚く。


「なんて腰の低い王様! ちょっとヤマノさん、今の見た? そんな王様、僕見たことないよ!」


 天狗はギャーギャーとひとしきり騒いでから――


「丁寧にありがとうございます。僕が天狗、よろしくね」


 ――いつも通り軽い言い様ながら、キチンと腰を折って挨拶した。


「で、こっちがハコロクさん。話が途中になっちゃったけど、彼をビスツグくんの護衛にどうかなーと思って連れて来たんだ」


 やっぱりそうでっか、とハコロクは心の中で溜息をひとつつきつつ色々諦め天狗同様に頭を下げた。


「ハコロク言います。よろしゅう頼んます」



「しかし氏素性うじすじょうも腕の方も分からぬ男をビスツグ様の護衛につけるというのは――」


 そう言ったのは、歯にきぬを着せぬ男ラシャ。しかし至極当然である。


「腕の方はともかく氏素性は信用してよ。僕の顔に免じて」


 さっき初めて会ったクセにシレッとそんなことをのたまう天狗。それをハコロクが呆れた視線で見遣る。


「武については分かりませんが、間諜としての腕で言えばそれなりに信用できるでしょう。誰にも見咎められずにここまで侵入できるだけでも相当なものです」


 ウノやウノの部下が警戒する中、王の間まで辿り着くのは容易ではないのだ。


「そうでんな。あんまり強いの来たら勝てんかもせんけど、護るくらいなら大概大丈夫ちゃいますかね」


「なら決定だね! 良い? リストル様?」

「こちらからお願いしたいぐらいでございます」


「じゃ決定ね! と言うことで、ハコロクさんにもう一人の死んだ男の様子見せときたいんだけど良いかな? もう焼いちゃった?」





⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


 ウノの部下が案内する城内地下への階段を、天狗、ハコロク、それにカシロウが後に続いてくだって行く。


「地下があるのは知っていましたが、入るのは初めてです」

「そうでしょうね。基本的に地下へは我々天影のメンバーしか入る事はありませんから」


 案内の彼に名はない。コードネームとして21ニーイチが与えられているのみ。

 天影上位の中の一番下がディエス。それ以下になると二桁の数字で11イチイチから30サンレイが与えられるのが通例であり原則である。



「忙しいのに悪いねニーイチさん。どうしても見ておきたかったんだ」


「ウノの指示ですからお気になさらず」




 階段を全て降り、少し通路を歩いた先。

 突き当たりの扉にニーイチがそっと掌を当てた。どうやら魔力の波長を順に変える事で開くロックらしい。


「こちらです。御三方なら大丈夫だと思いますが、なかなか凄いですから覚悟してください」



 開いた扉から順に入る一行。

 随分と湿度を感じるカビ臭い部屋、その中央に無造作に置かれたハコジの遺体。



「あそこのスリットが開くと堀の水と共に魚が入り込みます。大っぴらに出来ない死体はこう弔う慣例だそうで」



 天狗とハコロクがハコジの横で中腰になり、手を合わせた。


「いやしかし凄い有り様だねヤマノさん。……って聞いてるヤマノさん?」

「……え? あぁ、呼びましたか?」


「何をぼんやりしてるのさ。ヤマノさんも手合わせといた方が良いんじゃない?」

「あ、そうですね。そうします」



 カシロウも天狗の隣で片膝をつき、目を閉じ手を合わせる。


 横たわるハコジの体、その腹の上にゴロンと置かれた首から上と右腕。

 そのハコジの顔は、カシロウを向きニタリと笑う様な表情で固まっていた。


 目を開いたカシロウもそれを見て、僅かに口角を上げた。



「何を死体と一緒になって楽しそうに微笑んでるのさ。ぱっと見キモチ悪いよ」


「あ、いや、そういう訳では……」



 天狗の言葉を否定したものの、確かにんだ自分を不思議に思うカシロウだった。

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