第41話「手が足らん」

「誠に申し訳ないでござる!」


 カシロウ一行がリストルの間へ足を踏み入れ開口一番、ヨウジロウが土下座で言った。


「それがしが付いていながらこの様な仕儀と相成りまして……、かくなる上は腹を切るでござる!」


 キン、と僅かに金属音を立て、ヨウジロウが腰に差した兼定二尺を引き抜こうとしたが叶わなかった。


 慌てて椅子から腰を上げたビスツグが、ホッと安堵の吐息を一つ。

 音もなく現れた黒衣の男がその柄頭を押さえていたからだ。


「おめ下さい。今回の事で腹を切るのであれば、それは我々がすべき事にございます」


 ポカンと男を見遣るヨウジロウ。


 男が何者なのか、いつの間に現れたのか、なぜ彼が腹を切るのか、何一つ理解が追いつかないでいた。


「ウノ、調べは済んだか?」


身許みもとが分かるものは何一つございません。ヤマノ様から伺った『訛り』は恐らくダグリズルの一部地域のものだと思われますが、ダグリズルの刺客なればああまで明白あからさまには話しますまい」


 ディエスが所属する天影の筆頭ウノ。

 忠誠が厚い事この上なく、カシロウでさえもその忠心には目をみはるものがある。


「と言う事はウノ。依頼人は皆目見当つかぬと、そう言う事じゃな?」


 そう問うた序列三位グラスに――


「その通りにございます」


 ――恭しくウノが答えた。



 この場にいるのはリストル親子に加え、カシロウ親子にディエスにウノ、それにグラスとシュオーハの八人。

 カシロウの同僚である四青天の三人は軍事に忙しく不在だが、その他の下天の面々は既に帰宅後か休日であった。



「……ビスツグ。部屋に戻っても良いぞ。良いかシュオーハ?」

「毒の影響はもう全くありません。ゆっくり寝て疲労をとってさえ頂ければ」


「そうか。ではヨウジロウ、付き添ってやってくれるか?」


 ビクン! と大きく体を震わせたヨウジロウがおすおずと口を開く。


「それがしの様な役立たずが付き添いで……、良いでござる……か?」


「何を言う! ヨウジロウが居なければカシロウが駆けつけてくれる前に私は死んでいた。礼を言わねばならんのは私の方だ!」


 珍しく語気荒く言うビスツグにヨウジロウが目を白黒させた。


「ヨウジロウ、付き添ってくれるかい?」


 ビスツグが上げた腰を再び椅子に下ろし、ニコリと笑顔を向けてヨウジロウにそう言った。


「…………もちろんでござるよ」


 涙と鼻水を拭い、ヨウジロウが土下座からそのままだった正座を崩して立ち上がり、足の痺れに僅かにフラついた。


 それを駆け寄ったビスツグが支える。


「これじゃどちらが付き添いか分からないね」

「全くでござる。面目ない」


 お互いに笑みを浮かべ、残る面々に頭を下げて奥の間に繋がる扉からその場を後にした。




「……二人の様子は大変良い光景であったが、マズい流れなのだ」


 充分に間を空けて、重い口調でリストルがそう零した。


「マズい流れ、でございますか?」

「そう、流れがマズい。ウノ、説明してくれ」


 はっ、とウノが応えて説明したのは以下の様な事。



 昨今の魔王国を取り巻く状況が非常にせわしない。


 ディンバラから北西に位置する民王国ダグリズルとはそれなりに良好な関係を築いてはいるが、今回の事でいくらかは諜報活動に力をかねばならない事。


 北東に位置する神王国パガッツィオは、自国で崇める神が全てという何を考えているか分からない国。しかしながらこの大陸最大の勢力であり常にその動向を探る必要がある事。


 真東に位置する聖王国アルトロアは最も獰猛で排他的。さらにくだんの『勇者』の存在も不気味であり、最も警戒が必要である事。


 その警戒および諜報の全てをウノが率いる総勢三十名の天影が担っている中、アルトロアとの間に位置する『魔獣の森』からの魔獣流出の件に魔王国軍が交代で出張でばっている。


 その中での刺客、さらにその一人には逃げられてしまった。



人影じんえいの者ではあのレベルの刺客に対応できんが、この城を影から守る天影のメンバーはウノを含めて、現在三名しかおらん。圧倒的に手が足らんのだ」


 魔王国は代々、他国への侵略の意思をほとんど持たないが、豊富な地下資源と国土の割に少ない人口ゆえ、いつでも他国から侵略の的にされていた。


 それもこの数十年は落ち着きを見せていたため軍縮傾向にあり、対応が後手後手、要は油断が招いた事なのであるが。



「ただでさえ王子が二人いるというな状況の今、ビスツグが暗殺されるなど絶対に許される事ではないのだ」


 カシロウ、合点がいくものがあった。


 ビスツグにヨウジロウを引き合わせ、その側にはべらせたのには、の意味が大きかったのだと。


「ビスツグ様が狙われる懸念が元々おありだったのですか?」

「なんじゃヤマノ、お主知らんのか? 城下ではそんな噂がチラホラ聞こえるぞ」


 あっけらかんとグラスがそう言う。


「なんと? それは誠でございますか?」


「……言いにくい話題をあっさり出したなグラス。余も逆に気が楽になるわ」



 持ち切りという程ではないが、確かに小さな声ながらチラホラと『ビスツグ廃嫡』『ビスツグ暗殺』、その噂や懸念が国民に蔓延はびこっていた。


「余が『王妃キリコに夢中』という噂が最も大きいらしい。それを否定はせんが、それで国家の舵取りを間違う程に愚かなつもりはないのだがな」



 リストルが死ぬ事でしか、次代の魔王がどちらとなるのか分からないという問題がある。

 容易に廃嫡などは出来ぬし、当然、容易にビスツグで決定という訳にもいかない。



「……不遜な事を申し上げますが……」

「ああ許す。何でも言え」


 おずおずと口を開いたカシロウをリストルが許可する。どうやら質問の内容について薄々察しているらしい。


「今回の件、依頼人は王妃さまだと……お疑いでございますか?」


 リストルののさらに奥、キリコ達がいるであろう王族専用区画にチラリと目を遣ったカシロウ。


「当然その線も有ると考える。無い、と信じたいが否定するには根拠が薄い。それに何よりこの件が知れ渡れば……」


「国民はそう考えるじゃろうな」


 皆一様に押し黙る。


 『呪い』のせいもあって、基本的に国民はリストルに悪感情を抱かない。しかし、その王子や王妃は対象外なのだ。

 当然国民はそう考えるだろうとの理解は容易だった。



「ビスツグ暗殺などは絶対に認められん。魔王としても父としてもだ。ウノ、お前がビスツグの護衛に回ってくれぬか」


「拒否します。私はリストル様の護衛が最優先です」


「……そう言うと思っておった。なら天影の残りの二人は――」


「連中は十席未満、ヤマノ様が手を焼く程の相手では荷が重いでしょう。逆にディエスであれば武力的にはなんとかなるかも知れませんが、奴には不向きな任務です」


 天影トップのウノが言う通り、ディエスはひとつ所にジッと出来ないタイプ。

 それがリストルの警護であればともかく、ディエス的には何とも思っていないビスツグが対象では期待する方が間違えているとさえ言えた。


 現にディエスは反論する事なく、膝をついてこうべを垂れたままだ。


「ほらな? 手が足らんのだ」



 ならば私が――、そうカシロウが声をあげようとした時、扉が開き、剽げた声が響いた。


「やっ! お招きに預かり参上したよ!」


「――なっ、天狗殿!?」


 扉を開けて入ってきたのはニコニコと片手を挙げた天狗と、眉尻の下がった小太りの男だった。

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