第43話「許す。励めよ」
リストルの間に戻った一行。
もう夜遅いため解散となったが、ハコロクは早速ビスツグの護衛を開始した。
護衛と言っても堂々とピタリくっつく訳にはいかない。
大っぴらにくっついては、ビスツグが狙われていると知らせる様なものだからである。
父から教わった
――前世の親父は天井裏に潜んで三日も四日もじっとしてたらしけど、石造りの城やと天井裏なんかあらへんし。これけっこう骨が折れまんな。
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ヨウジロウを連れて王城内を歩くカシロウが天狗に声を掛けた。
「どうぞウチへ。部屋に余裕もありますから」
「ありがと。けど野暮用があるんだ」
天狗が片目を瞑って立てた小指を示してそう言った。
見るからにはにかんでいる老爺。これはこれで可愛らしいが、その後の天狗の言葉は可愛らしいものではなかった。
「実は三日も前からトザシブに着いてたんだ。すぐにお城に来たら良かったんだけど久しぶりの街だっからさ、ね、ちょっと羽目を外そうと思ってさ、ほら、あるじゃない、そういうお店。なんとなく選んだらこれがさ、そんな若くはないんだけど色気のある情の深い娘でさ、もう持ってたお金ぜんぶ預けちゃったの」
言いにくそうにしながらもダラダラとはっきりと包み隠さずそう話して、じゃぁまた明日! と告げて天狗が走り去った。
「小指? そういうお店ってなんでござるか?」
「ん……。女の子の…………友達が出来たらしい」
「そうでござるか。友達が出来るのは良い事でござるな」
帰宅後すぐ、ヨウジロウが床に手をついてカシロウへ頭を下げた。
「今日は誠に面目ないでござる。折角貸して貰ったこの刀も全く活かせんでござった」
そう言って腰に差した
「気にするな。お前は良くやったよ。それからこの兼定はお前にやる。大事に使え」
「……え! この刀をそれがしに!? でもこれは父上の大事な――」
ヨウジロウが言い終わらぬ内に、トノがカシロウから飛び出した。
「トノ。トノから頂いた兼定、よろしいですか?」
『……………………』
胸を反らせて精一杯の威厳を示すトノ。
それを見て微笑むカシロウ。
「トノは何と言ったでござるか?」
「『カシロウの子、ヨウジロウよ。許す。励めよ』と仰せだ」
「ありがとうでござるよトノ!」
腰を上げトノに飛びついたヨウジロウがすり抜けてドスンと床に転がった。
「あいててて……。
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翌朝。朝一つの鐘が鳴って半刻、定刻通りにカシロウの部屋に現れたハルへ、現場監督のボアへの言伝を頼んだ。
今日は天狗と共に参内する手筈になっていたが、非番ではなかった為だ。
「ボアなら私が居なくても上手いことしてくれるだろうが、すまんと伝えてくれ」
「合点でさ。ところでカシロウ様、噂を知ってやすか?」
ハルが少し声を抑えて耳打ちする様にそう言った。
「噂?」
昨日リストルの間でグラスに聞いた噂かと思って嫌な予感がしたが、その話題ではなかった。
「ケーブ達から聞いたんでやすが、この四、五日ほど城下町で辻斬りが出るらしいでやす」
「辻斬り……。そうか、知らなかったな。多いのか?」
「毎晩一人か二人はヤラれてるらしいんでさ」
「多いな。明日の道場で
朝二つの鐘が鳴る少し前、カシロウはヨウジロウを連れて参内し、ヨウジロウはそのままビスツグの下へ、カシロウはリストルの間で天狗を待った。
「ここのところ色々とバタバタしている中、不謹慎に聞こえるかも知れんが余の宿り神がなんなのか天狗殿に見て頂くのが楽しみでしょうがないわ」
この場にいるのはリストルと二白天のブラド、それにカシロウの三人だけである。
当然ウノもどこかには潜んでいるだろう。
昨夜の内にウノが人影の手を使い、ウナバラらには昨日の事件について報せが届いている。
とりあえずは鎮静化したことを受け、普段通りに過ごすようにという
リストルの宿り神、これについてカシロウは少し頭が痛い。
『ハルのハマグリ』の件がある。
リストルにおいてもそういったケースが無いとは言えないのだ。
「それにしても遅い。リストル様、刻限は約しましたのか?」
「刻限? どうだったカシロウ?」
「あ、いや、どうだったでしょうか。じゃぁまた明日! とは仰っておられましたが……」
「…………見えられたら呼んでくれ」
そう言ってブラドは執務室へと姿を消した。
その背を見遣るリストルが言う。
「カシロウ、お前は
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ビスツグの部屋の扉をノックし、ヨウジロウが元気よく中へ入って挨拶した。
「おはようでござる! ビスツグさま今日は勉学でござ――」
その最中、ヨウジロウはいきなり駆け出した。
驚いたビスツグを尻目に、さらに
「ひっ! ……どどどどうしたんだヨウジロウ?」
ゆっくりと刀を抜いて刀身を見詰め、クローゼットを開いて中を覗くヨウジロウ。
「……気のせいでござったか?」
クローゼットの中に不審なものは何もない。
「人の気配を感じた気がしたでござるよ」
「……それって昨日の……?」
「分からんでござるが……」
震えるビスツグを背に回し、用心深く周囲を警戒するヨウジロウ。
「人を呼ぶ方が良いでござろうか……。今なら父上も近くに居るでござるし……」
クローゼットの真裏にある洗面室から、はぁ、と溜息が一つ聞こえた。溜息と共に現れたのは頭から爪先までを紺で統一した男。
男は頭巾を上げて面頬をずり下げ、その垂れた眉ごと顔を露わにし口を開いた。
「あんさんの親父から聞いてまへんか? ワイはハコロク言います。よろしゅう頼んます」
一瞬ヨウジロウもビスツグも、その訛りから昨日の柿渋男を連想したが、服の色はともかく体格が全然違うことにすぐに思い至った。
「あ! 父上から聞いてたでござるよ! うっかりしてたでござる!」
ててて、とハコロクの所まで近付いたヨウジロウが頭を下げ言った。
「ヤマノ・ヨウジロウ・トクホルムでござる! どうぞよろしく!」
そう元気に挨拶を投げた。
ヨウジロウのフルネームに本来『ヤマノ』は付かないが、どうも本人的に『ヤマノ』を付けた方がしっくり来るらしい。
「ビスツグさま、こちらは新たにビスツグさまの護衛に付いてくれるハコロク殿だそうでござるよ」
「……そうなんだ。ビックリしてごめん。私はビスツグ・ディンバラ五世。よろしくお願いします」
――うっかりで危うく殺されるとこやった……シャレんならんでこのクソ餓鬼。
それは心に秘め、垂れた眉毛をより垂れさせて、揉み手で媚びつつ愛想を振りまいた。
「ビスツグはんにヨウジロウはん。ワイが来たからにはもう心配いらんで。どうぞご贔屓に」
――依頼失敗したんもうバレるやろ。そうなったらここが一番安全やもんな。
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