第17話「赤ちゃんがした事」

「……触っても?」


「ごめん、それは無理。すり抜けちゃう。ここに居る様に見えるけど、白虎は僕の魂に住んでるからね。この白虎は虚像なんだ」



 そうですか……、とカシロウは残念そうな声音で呟いた。


「先程の築山を吹き飛ばした力は、この白虎の力にるものなのですね」


「そうそう。白虎の『神力しんりょく』を借りて撃ち飛ばしただけだね」



 神力……。そう再び呟いたカシロウに天狗が慌てて口を挟む。


「言っとくけど、宿り神も神力も、僕が勝手にそう呼んでるだけだからね。色々と試したからそう的外れじゃないとは思うけど」


「……その神力とは、宿り神が使うものですか? それとも宿主が?」


「宿主だね。基本的に宿り神は何にもしない。ただ共にあるだけ」


 天狗がチラリと白虎に視線をやると、その像が徐々に薄れて消え去った。

 音もなく消えた白虎にヨウジロウが声を上げたが、ぐずる事なくニコニコとしてくれていた。


「で、ここからが本題だよ」

「はい、お願いします」


 里長とのやり取りなどの枕が長すぎたが、ようやく本題に入ると聞いたカシロウの肩に力が入る。



「ヨウジロウさんの不思議な刃。あれも神力を飛ばしたものだろうね」



 カシロウはきつく目を閉じた。


 やはり――


 話の流れからそうではないかと当たりをつけてはいた。


 しかし、出来る事なら息子の仕出かした事ではないと聞きたかった。その思いを抱かずには居れなかった。


 義母フミリエの指を斬り落としたのも、ハルとクィントラの耳も、自分の体中もあのヴォーグの命も。

 ――斬り刻んだのはヨウジロウ。


 父親としてどうしても思わずにはおれない。

 何か不可視の精霊や悪霊が仕出かした事なら、どんなに良かったか。


 どうしても、あのヴォーグの最期の顔が忘れられない。

 何が起こったのかさえ分からずに死んだであろう、あの表情が。





 カシロウは前世において、旧主と共に出た戦で戦死した。


 それはを守る為には譲れない、一千対三万の、勝ち目のない戦さ。



 それでも一時は三万を撃退し幾らかの首級を上げ、数日間に渡り敵を堰き止めた。それにより、旧主が仕えた男は生き延びたらしい。


 生き延びたというのは、カシロウよりずっと後の世を生きたウナバラから聞き及んだ為に確かな情報である。



 しかしさらに数を膨らませた敵に抗うことあたわず、そして旧主は落命し、後を追ってカシロウも自ら腹を切って果てた。


 旧主を守れず先に逝かせた悔いはとてつもなく深く、悔やんでも悔やみきれないけれども、旧主共どもやるべき事をやって果てた我が死には、幾ばくかの満足を感じるものだった。



 それに比べてヴォーグの様な死には恐れを感じる。

 侍とは、何の為に生き、何の為に死ぬか、それが最も大事だから。




「まぁそんなに悲観する事はないさ。どうせ赤ちゃんがした事。食べたくなくて茶碗をひっくり返すくらいは誰だってやる。それと同じだよ」


「いや、そんな……、程度というものがあるでしょう」


「同じ同じ。そんな程度なんて些細な事、力の強い赤ちゃんなら茶碗もよく飛ぶさ。問題は今後どうするかだよ」


 ……まぁ、そうか。そうかも知れない。


 カシロウも天狗の『軽さ』を見習う事に、努めてそう前向きに考える事にした。


 嘆いたとしても何も変わらないのだから。

 義母上ははうえやハルには謝ろう。クィントラには…………絶対に隠し通そう。カシロウはそう心に誓ったとか。



「単純に、ヨウジロウさんの不思議な刃を止める事、出させなくする事はできると思う」


「え? 出来るのですか?」

「出来るよ。しばらくは、だけどね」


 天狗から具体的な話を聞いた。


「今ヨウジロウさんは生後半年。はっきりとした自我を持たない今なら、僕の白虎でヨウジロウさんの宿り神に干渉してふた――神力に触れられない様にできる、と思う」


「はっきりした自我を持ったなら?」


「この神力の大きさだもの、いつかはおのずと気づくだろうから、そこからはヨウジロウさん次第だね」


 カシロウは膝の上のヨウジロウを見遣る。


 視線を感じたか、ヨウジロウも体を捻ってカシロウを見詰める。



 視線で会話する様な、親子の眼差しが絡み合った結果――――二人はニコリと笑い合った。


「天狗殿。とりあえず先の事は後回しにします」

「うん。それで良いと思うよ。なら早速ふたしよっか」


 天狗は正座のままで畳に手をつきヨウジロウへとにじり寄る。腰を上げ、両掌で円を作ってヨウジロウへ向けて覗き込む。


「ははぁ、こりゃ凄い。思ってた以上だよ」

「何がどう凄いんです?」


 カシロウの声が少し上擦うわずった。


「後で教えたげるね」


 そう言うと天狗は両掌の円をヨウジロウの胸へと押し当てて目を閉じた。


 くすぐったいのか何かが面白いのか、ヨウジロウはキャッキャと声を上げて天狗の肘の辺りをペチペチと叩いて喜んでいる。


 天狗の両掌がぼんやりと滲むように光る。

 見るからに天狗の集中が深まる。


 その両掌の光が一瞬、カッと光った後、徐々に光が薄れて消えた。


「ふぅ、上手くいったよ。これでしばらくは安心」


 天狗が額に滲んだ汗を手の甲で拭い、腰を下ろして再び正座で座った。


「天狗殿、誠にありがとうございます」


 キョトンとするヨウジロウを尻目に、カシロウがそう言いながら頭を下げた。


「ところで何がどう凄いんです?」

「いやぁ、ヨウジロウさんの宿り神がね。驚いた事に、白虎なんて目じゃない『竜』なんだよね」

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