第18話「親父の威厳」

「ところで何がどう凄いんです?」


「いやぁ、ヨウジロウさんの宿り神がね。驚いた事に白虎なんて目じゃない『竜』なんだよね」


「竜? ってあの……竜ですか?」

「そう、その竜だね。見る?」



 天狗が再び腰を上げて、ヨウジロウの頭上に両掌で円を作ってみせた。


 カシロウがその円を上から覗き込むと、円の中にはこの世界とは明らかに異なる球状の空間が広がっていた。


 その空間の真ん中に、とぐろを巻く蛇のような体にワニの様な頭、カシロウが前世の絵草紙で見た、そのままの竜がいた。


 カシロウは驚いて頭を上げ、天狗を見る。


 コクリと頷いた天狗を目にし、これがヨウジロウの宿り神かと認識した。


 再び頭を下げて覗き込むカシロウ。見れば見るほど竜そのものだった。



「これは……、まごう事なき竜、ですね」

「でしょ? 神力の大きさも洒落しゃれになんないけど、分かる? 竜のいる空間の大きさ」



 比較できるものが周りにないにも関わらず、明らかにその竜と球が巨大である事をカシロウは理解していた。


「ええ。竜よりもさらに何倍も大きいですね」


「それ、常人の何百倍もの大きさだよ。それがヨウジロウさんのなんだ」


「魂の……器……」


「その器がいっぱいになるまで、この竜は成長するんだよ」


 天狗が手を引っ込めて、畳に手をついて元いた場所にずり下がった。


「こんな塩梅あんばいさ。先が思いやられるね」

「いやはや……、我が子のことながら驚かされました」


 青い顔のカシロウに、天狗がいつもの軽さを持って言い放つ。


「ま、神力の大きさだけが全てじゃないさ。ビビることぁ――」


 ――その時、盛大にが鳴った。


「あっ! こ、これは私とした事が……」

「話が長くなっちゃったね。今日はもう晩ご飯にして、続きは明日だね」


 障子の外の明るさは、カシロウが目を覚ました時よりもすっかり橙色だいだいいろが濃いようだった。




⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎


「悪いけど今朝もまだお粥だよ」

「いやぁ、それくらいがちょうどいいです。な、ヨウジロウ」


 この数日間、乾飯ほしいいとヨウジロウが残した三分粥さんぶがゆを啜るだけの食事だったカシロウは、昨夜久しぶりに一人前の粥を食べた。


 少なめの量だと言うのに、ちょっと涙が出た程の満足感だった。



 息を吹きかけて冷ました粥を、匙で掬ってヨウジロウへ。

 どうやらヨウジロウもここの粥をお気に召したらしい。


「先日ビショップ倶楽部で粥を食べたのですが、こちらの粥も負けず劣らず美味いですね」


 カシロウは改めて粥を掬って眺め見る。


 ビショップ倶楽部の粥は、鰹出汁をベースにした昆布出汁との合せ出汁あわせだしで生米から炊く。

 いま思えば、合せ出汁とは言え鰹が強く出た動物性の出汁だった。


 比べてこちらの粥は、完全に植物性の出汁。


 何から出汁を取ったか。

 実は一目瞭然、茸だ。細かく刻んだ椎茸が具としても入っているが、出汁との調和が抜群だからだ。


 そこまでカシロウが粥の味について考察した時、開いた障子から里長夫人が顔を覗かせた。


「あらあら、ビショップ倶楽部だなんて、そんな大層なものじゃあありませんよ」


 布団に座って食事していたカシロウ親子。


 カシロウが膳台に茶碗を置くのを見計みはからったかのように、里長夫人が側に座ってカシロウにしなだれ掛かろうとしたが――


 その里長夫人の襟首を天狗が掴み阻止した。



「げふっ――、あらあらまぁまぁ。天狗様ったら嫌ですよぉ」

「嫌ですよぉ、じゃないよ。また里長に叱られても知らないよ?」


「何も浮気しようってんじゃないんです。若くて美しい異性がいれば愛でる、当然でございましょう? 天狗様だってそうでございましょう?」


「……そりゃそうだけど、僕ぁ独り身だからね」


 正論を繰り出され、ぐっ、と言葉に詰まる里長夫人の首根っこを掴んだ天狗。

 容赦なく「退場!」と告げて隣の部屋に放り投げた。



「ごめんごめん。どうにもここはにぎやかでいけないねぇ」


「いえいえ。里長殿も奥方様も大変奥ゆかしいご夫婦ですね」


「変わり者夫婦さ」


 天狗が肩を竦めてそう纏めた。



「ま、そんな事は本当にどうでも良いんだ。これから先、どうする?」


「その事なんですが。私はどうすれば良いでしょうか……」


 カシロウはひと晩、様々なことを考えた。


 ヨウジロウが歳を重ね、竜の力を使いこなして魔王国を守る想像。


 又は、世界を破壊すべく暴れ回る想像。


 想像の中のヨウジロウは、そのどちらもが可能な程の力を持っていた。

 カシロウはその想像を天狗にそのまま伝えてみた。


「そうだねぇ。どっちも有り得るねぇ」

「ですよねぇ……」


 肩を落としつつも膳台の上の茶碗に手を伸ばしたカシロウ。基本的に美味しいものには目がない男である。


「ヤマノさんの悩みを解消する、というかとりあえず取るべきスタンスが……そうだね、すごく大雑把に言って三つある。聞く?」


「是非に!」


 ガチャンと茶碗を置いて、カシロウが藁にもすがる様な表情を天狗に向けた。


 天狗が指をひとつ立てる。

「そのいち、ヨウジロウさんを今の内に


 無の表情となったカシロウに天狗が尋ねる。


「あれ? 驚いたりしないの?」

「……まぁ、驚きは、ないです。それが最善かもと、思った事がない訳でもないですから……」


 酷く沈んだカシロウがそう答えた。


「……まぁ、そ、そんなに暗く考えないで」


 これだから真面目な人は困っちゃうよね。

 なんて天狗は思ったらしいが噯気おくびにも出さずにふたつ目の指を立てた。


「その二、とりあえずもう丸っと全部忘れておいて事が起こってから考える。僕のオススメはこの案」 


 現状もっとも楽なのはこの案だろうとカシロウも思う。

 思うが、しかし、親としてそれはどうかと思わなくもない。


「うーん……」


 間髪入れず天狗が指を三つ立てる。


「その三、ヤマノさんが強くなる」


 ちょっと端的すぎてカシロウの理解が追いつかない。少しの間のあとカシロウが口を開いた。


「……私が、強く? ですか?」


「そう。悪い子に育ったら殴り飛ばせば良いのさ。名付けて『親父の威厳』作戦だね」


 ――私に可能だろうか。一歳にも満たないヨウジロウの刃を防ぐだけで精一杯の私に。


 カシロウの表情はそう伝えている。


 が、パァンと自らの両頬を挟む様に叩くカシロウ。


 ――出来るかどうかはこの際問題じゃない。やるか、やらないか、だ。


 カシロウの心はそう決意する。


「その三で行きます、というか考えるまでもない。私の……、親父の威厳を……、見せつけてやります!」


 カシロウがそう、拳を握り締めて高らかに宣言した。


「ヤマノさんならそう言うと思った。なに、きっと大丈夫さ。ヤマノさんの『鷹』も良い宿り神だからさ」

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